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白色マフラー

子羊さんは相変わらず狼さんに振り回されてます。

編み物って好き。

どんな色でどんなものを作ろうかな~って考えるのも、ひと目ひと目見つめながら編んでいくのも。

だから手芸部に入ったの。手芸部は先輩も友達もみんな良い人たちで毎日部活が楽しい。

今は本格的な冬に向けてマフラーと手袋を作ろうと考え中。


「よりちゃん、何やってるの?」

「う、わ……っ」


放課後。今日は部活がないから沙織ちゃんと帰ろうって約束して、ここで待っていた。

やることもないし編もうと思って買ってあった白い毛糸を取り出してちょうど編み始めたところだった。

そしたらいつの間にか目の前に須藤くんが。


「な、なな、何ですかっ?!」


私は慌てて棒と毛糸を鞄の中にしまい込む。

別に見られたところで問題なんて何もないんだけど、でも編み物してるのを見られるのは何だか恥ずかしかった。

慌ててたからやっぱりドジな私のこと。毛糸が鞄の中に入りきらずにごろんと机の下の、しかも須藤くんの足元に転がった。

ああっ、白なのに。……じゃなかった、何やってるの私っ。


「はい」

「あ、ありがとう」


ずい、と差し出された毛糸を受け取ろうと手を伸ばす。

それなのに、掴んだ毛糸が須藤くんの手から離れない。


「す、須藤くん、あの……?」

「よりちゃんって編み物するんだね」

「えっ?あ、……うん」

「そうだ、手芸部だもんな」


須藤くんはにっこり笑った。こ、怖いよう。

須藤くんは学年の中でもとてもモテる人だ。その笑顔がいいと何度も聞いたことがある。

けれど私にはどうしてもそうは思えない。何と言っても須藤くんには前科があるから。

「お気に入り宣言」されてもう半年近く経つ。私たちが付き合ってる、なんて噂をする人たちもいるけど滅相もない。

そりゃ、きききキスはしたけどっ。

でも、あれは教室で、突然で、何て言うか、あれは須藤くんのいつものからかいの一環だって思ってる。そう思うことにしてる。

だって。

私は案の定頭が真っ白になってしまって何が起こってたかよく憶えてないし、須藤くんはあの日からも特にいつもと変わらずだし。

まるで私は須藤くんというハンターに狙われた獲物みたいな気分だった。

だから私は須藤くんに好きとかそういう種類の気持ちを持ってもらえているわけではないと思う。


「は、放してくれないでしょうか」

「ダメ」


そ、そんな。

目の前の須藤くんは私のおろおろぶりにいたく満足しているようだ。

本当は突っぱねてしまえばいいんだと思うけど、でも、私にはそんなこと出来ない。


「ねぇよりちゃん」

「ぁっ、は、はい」


持ったままの毛糸を手前に引っ張られたおかげで須藤くんの方によろけてしまった。

そうしたら、須藤くんの顔がどアップに。

思いっきり仰け反る。


「キスしていい?」

「だ、ダメですっ」


そんなことを言い出すから、思い出してしまった。柔らかかった須藤くんの唇。

かぁっと顔が熱くなる。


「どうして?」

「どうしてって、えっと、……どうしてもですっ」

「ふぅん」


突然須藤くんが手を放したもんだから、私はどすんとイスにお尻をついた。

う……な、何。

須藤くんがじっと私を見つめてる。

前から思ってたけど、須藤くんって本当に視線が強すぎる気がする。

まるで針に刺されているみたいに感じるもの。見られると動けなくなるし。


「じゃあ俺にマフラー編んで?」

「えっ?」

「嫌なの?」


嫌って言うか。だってこれは私のだし、手芸部とは言え不器用だからきっと冬までかかっちゃうし。


「でも、これしか糸持ってない、から……」

「これでいいよ。これがいい」

「でもっ」

「じゃあキス、いい?」

「だ、ダメっ」

「意地っ張り」


い、意地っ張り?!

な、何で?

目の前にいる須藤くんはちょっとむくれてしまっている。

どうしてそういうことになっちゃうの?

まるで断ってる私が悪いみたいじゃない……。


「マフラーかキスか。どっちかだよ」

「うぅ……あ、編みます……」


根負け。というか迫力負け、というか。

しぶしぶそう答えると、須藤くんはそうすることが当然だと言わんばかりに満面の笑みで頷いた。



須藤くんには編んでいるところを見られたくない。だって、机に頬杖をついてじっと私の方を見ているんだもの。

ふと視線を感じてそっちを向くと、「続けて」と言わんばかりの笑顔。こ、怖い……。

須藤くんの笑顔はそりゃあ、かっこいいけど……怖いの。まるで「編まなきゃならない」脅しを受けているような感じがするんだもの。

でも沙織ちゃんも里奈ちゃんも絵理ちゃんも「よりちゃんが羨ましい」って言う。そんなことないのに……。

一体これのどこが羨ましいんだろう?ビクビクすることなんてないのかな?ただの私だけの思い込みなのかな?


とにかく早くこの感じから抜け出したくて必死に編んだ。編むのが遅いから、それでもすごく時間がかかってしまったけれど。




「す、須藤くん」

「何?よりちゃん」


11月も終わりの放課後。

サッカー部は須藤くんが部長、速水くんが副部長で動き始めていた。

ただでさえうちの学校は強いみたいで部員もとても多いし、部長なんてよくやれるなぁって思うんだけど、教室にいる須藤くんはずっと変わらない。毎日普通に暮らしている。

あの後席替えがあるたびになぜかいつも隣の席になってしまった私たち。

毎日同じようにからかわれて、微笑まれて、何だか不思議な感じがする。

でもね、須藤くんが教室にいないときの居場所なんて訊かれたって分からないよ。別に行き先告げてくれるわけじゃないんだし。

でも女の子やクラスメイトはそう言っても全然信じてくれない。「よりちゃんなら知ってるはずだよ」……って一体どんな確信ですか?!


「あの、これ、ハイっ」


半ば脅し気味に頼まれたのにいざ渡すとなったら私が緊張してしまう。声をかけるのも毎度のことだけど戸惑う。

俯いたまま渡すと、頭の上で須藤くんの笑いを噛み殺したような声がした。

恐る恐る顔を上げる……と。


「……っ!?」


少しかがみこんだ須藤くんの顔がすっと離れていく。

私は目を見開いたまま須藤くんをじっと見つめてしまった。

元の姿勢に戻った須藤くんはやっぱりにっこり微笑んだ。

私は思わず須藤くんのあの唇が触れたほっぺたを押さえる。途端にのぼせるくらいに顔が火照った。


「ありがと、よりちゃん」

「すす、須藤くんっ!」

「お礼お礼♪」


笑顔のままぽんぽんと頭を撫でられて、須藤くんは部活に行ってしまった。

その手には私の首に巻かれるはずだった白いマフラー。



その後、須藤くんは毎日そのマフラーを学校にしてきた。

黒い学ランにはその白が鮮やかで、すっと整った顔を余計に目立たせている。

須藤くんは相変わらずだ。わざわざ大きな声でみんなのいる教室の中で私にお礼を言った。

それからと言うもの、須藤くんが嬉しそうに真っ白いマフラーに顔を埋めて歩いてる姿を見たよ、と色んな人に言われる始末。

そんなにマフラーが欲しかったのかな?それとも……。

とにかく私は、そのことで注目されるのが恥ずかしくて恥ずかしくて、しかもだんだん話の矛先がヘンな方向に進んでいってしまって困り果てているんです。

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