星に願いを
生徒会の王様と宰相のその後。
「織谷、明日朝7時に学校来て」
「……今、何て?」
「え?」
「今のセリフもう1回言ってみろって言ってんのよこのバカ会長!!!」
スティックのりを投げ付けたら、ひょいって軽々と交わされた。
しかも知らん顔して作業に戻ってるし。む、むかつく~っ!
思わず立ち上がっていた私は桐谷くんと里奈になだめられてようやく腰を下ろした。
今日は9月6日。あっという間に学園祭前日だった。
私はこんなに怒りっぽい子じゃなかったはず。真面目な優等生で通してた。
生徒会に入ったのだって、前の生徒会役員の先輩に推薦されて仕方なく、だ。
だから、普通に過ごしていれば私の生活は実に平和で、なおかつしっかりと思い描いていたように進んでいるはず、なんだけど。
斜め向かいに座っている男子生徒。生徒会長の上田克彦。私の宿敵。
いつだって突然で、だけど計算ずくで、無謀なのに完璧。
いちいち私の神経を逆撫でするヤツ。
こいつがいるせいで、いっつも生徒会は余計な仕事をやるハメになるし、やたらと生徒会室にいる時間が長くなるし、必要以上に周りの人から頼られるし。
いいコトなんて1つもない。
大体、生徒会は週に1回、月曜日の放課後に集まるだけだったはず。
それが現実はどうよ?今日で2週間、学校内を見回っていろんなクラブの問題を解決しに走り回る傍らで、時間が空いたら黒い布と格闘してる。
問題解決に奔走するっていうのはまぁ生徒会の仕事だから仕方ないんだけど。何、今私がこの手に持ってる布とキリは!
「克彦、明日は無理じゃないか?朝からやること山のようにあるし。大体俺たち、今日帰れんのかな……それ自体が不安なんですけど」
うんうんうん。大いに同感。さすが桐谷くん。
ハッキリ言って、今はのほほんと会話をするような余裕だってないのよ。
クラブの問題なんて、片付けても片付けても際限なく湧き上がってくるんだから。
それに、何しろ学園祭を明日に控えたこの時点で、この作業は終了の目処すら立ってない。
どっかのバカ生徒会長が突然7月に決済が降りた状況で提案してきた爆弾企画。それは生徒会主催のプラネタリウムだった。
私は天文部に所属していて、本来ならクラブの出店にも協力しないといけないんだけど、それこそ本当に無理。
部長に言って免除してもらった。その代わり、ちょびっとだけだけど予算上乗せしたわよ。それくらい、この茜サマにかかったらちょろいもんだわ。
だけど。
それでも文化部全体の企画会だの、各部の予算編成だの(まぁこれは里奈のフォローなんだけど)、やることは本当に多い。
その上、プラネタリウムよ?笑顔でしれっとそんなことを言うこいつを何度殴ってやろうと思ったことか。
上田は普通にしてたって余計な仕事を背負い込んでくるのに、そういうのを飄々とこなしてしまうからムカツク。そういうことも当たり前、みたいな態度に腹立つのよね。
私は一生懸命やってるのに、余裕ぶちかましてるこいつに負けるなんてありえないでしょう?
「大丈夫大丈夫。何とかなるよ」
ならねぇよっ!!
今ここにいる、バカ男以外の全員がそう心の中で突っ込んだに違いない。
いつもながらその根拠のない自信はどこから来るんだか。
「会長、この図の通りに穴開けるの止めたらもうちょっと作業進むの速いんじゃないんですか?」
「ダメ。それじゃ意味ない」
「だって別に誰も気付きませんよ。オリオン座とか北斗七星とかなくったって」
「やるからにはとことん、ね」
私はこの状況にしてその発言をした上田に当然のように怒鳴り、それでも折れなかった上田の頑固さが原因で作業はもちろん困難を極めた。
*
そして、学園祭当日。朝7時。
私たち生徒会役員4人は生徒会室にいた。
昨日までのことはもう二度と繰り返したくない思い出になっていた。
「はい、これ」
「何、これ」
「ん?誕生日プレゼント」
「え、えぇっ?!な、何で?」
「何でって……今日だろ、織谷の誕生日」
「……っ」
いや、そうだけど。ってチガーウッ!!
私は何で上田が私にプレゼントをくれるのかってことが聞きたいんですけど!
って言うか何で赤くなってんのよ、私!
「開けてみてよ。大丈夫、これは僕の私費だから」
「……」
「開けてみてくださいよ、先輩」
目の前のバカ男は笑っている。
何で中身を知ってるこいつが期待に目を輝かせてんのよ。
里奈までそんな目で見るから、私は無言のまましぶしぶ袋から中身を取り出した。
「わぁ、輩オルゴールですよっ」
「開けて。聞いてみて」
♪~
うわ、可愛い。私、こう見えても可愛いのとか大好きなんだよね。
曲は、『星に願いを』だった。
「うわー、偽物だけど、夜空の下で『星に願いを』ってロマンチック~」
里奈の言葉に、上を見上げた。
朝だけど、満点の星空。苦労して昨日の夜遅くまでかかってやっと飾り付けたシロモノ。
思わず見入ってしまった。本当に満点の星空の下にいるみたい。
「このプラネタリウムは織谷のために作ったから。最初に見せられて良かった」
にこにこしている上田。その目と瞬間的に目が合ってしまってものすごい慌ててしまう。
な、何でドキドキしてんのよ、私。
どうにもこうにもならなくて、私は唇に手の甲を当てて鼻から深呼吸。
「やるじゃん、克彦」
「うん。会長、カッコイイです」
「これを聞いて、織谷がもっと素直になってくれればと思ったんだ。織谷っていつも怒ってばっかりだからさ」
……ナンデスト。
手を外す。すーっと熱が冷めていく。
「織谷はもうちょっと素直になればもっと人生楽しくなるのに、そういうのすごい不器用なんだよな」
「……お、おい克彦」
「誰のせいで苦労してると思ってんのよバカ男っ!!私はアンタのそのバカ頭が少しでも正常になってくれればって願うわよッ!!!」
「あ、ほら、眉間にシワ」
「うるさいっ!!!」
そんなこんなで結局私は17の誕生日もバカ男に怒鳴り散らしていた。
散々だった文化祭だったけれど、後夜祭で行われた人気投票でこの簡易プラネタリウムが「本格的だったから」という理由で1位になったことには悔しいから触れないでおくわ。