いつまでも続く青
仲良し4人組のクラスメイトのお話。
「じゃあウメコはそういうの許せるのーッ?」
「うん、あたしはそーゆうこと結構キャパおっきいから」
「うげっ、だからあたしたちっていつまでも彼氏出来ないんじゃないのっ?」
「モモ、その言い方じゃあんたも含んでることになるよ」
モモは私の大事な友達。
タイプは全然違うけど、いつだって一緒にいた。
こうやって他愛もないことでもいつまでだって話していられる。
それは相手がモモだから出来るのであって、他の誰かじゃ代わりにはなれない。
「何の話よ、お2人さん」
「男どもには関係ないおハナシ」
「ちぇっ、つれないなーさっちんは」
「さっちん言うなトラ男」
この男はいつだって当然のようにあたしたちの話に割り込んでくる。
でもそんなのは日常で、割り込まれたことなんて気にもしない。
あたしがこいつを睨むのは、呼ばれたくない名前で呼ばれたことに対してだ。
あたしがそう呼ばれるのが嫌だと分かってて、こいつは面白がっている。
ホント、そのふやけた笑顔の下にはどんな黒い血が流れてるんだか。
「ひぇっくしょいっ」
「あれ、獅水風邪ひいてんの?」
「あ?知らね」
そして、後ろから現れたもう1人が厚かましくもやっぱり当然のようにあたしの隣の椅子に座った。
こっちは無愛想にも程がある。
見るたびにその顔に擦り傷だのが増えていた。
日が当たらない世界に生きているのに、やたらと存在感の強い人。
自分のやりたいようにやって、生きている。
そしてその、日が当たらなくたって彼が自分で放つ光に女子たちは惹かれずにはいられない。
あたしもこっそりと吸い寄せられていた。
その彼が、今日は鼻をぐずぐずいわせている。
「ほらさっちん、夏風邪はなんとかがひくって言うだろぉ?」
ほらほら俺なんか元気でさぁ、なんて言うトラ男をあたしと獅水とで睨み付ける。
こう見えてもトラ男は学年一の秀才君なのだった。言い返せない自分が悔しい。
「で、桃ちゃんは浮気な男はそんなに許せないんだ」
「聞いてたんじゃない、地獄耳」
あたしたちが元々何の話で盛り上がっていたかと言うと、モモのお母さんが今ハマっているという昼ドラの男たちのことだった。
主人公の好きな男は無類の女たらしで、付き合っても他の女とも遊んでる、そんな男。
だから主人公は毎度毎度泣かされるんだ。
モモは受験勉強の合間に録画までして見るドラマのその主人公に母親共々入れ込んじゃって、その男のことを悪魔呼ばわり。
主人公はさ、弟くんにしちゃえばいいんだよ!そんな男、やめちゃえやめちゃえ!
そう豪語する。
女たらしの兄を持つ弟は、兄とは間逆の寡黙な男。将来有望な若者で、主人公に想いを寄せていた。
静かに、でも真っ直ぐに主人公を見守り続ける弟。
それはまさに、モモのツボだった。
「だってさ、ミカはあんなに一郎のことが好きなのに、どうしてあんなに不誠実でいられるのか分かんないッ」
「そうかな」
「ミカが可哀想っ」
「その2人ってまるで俺たちみたいじゃね?謙」
「はぁ?何言ってんのお前」
「その兄者が俺で、弟君が謙、お前ね。ほら、俺って女の子大好きだしぃ」
「・・・バカか」
「でもそうなると、桃ちゃんのタイプはお前ってことになっちまうな。そこんとこどうなの、桃ちゃん」
「あっ、あたしはっ、そーゆうことを言ってるンではなくってっ」
あたしの可愛い相棒は、顔を真っ赤にして強がる。
だけどあたしにはその強がりにこの子の気持ちが透けて見えるから、敢えて口を挟まなかった。
言わないから、いつまで経っても自覚出来ないのかもしれない。
ふと渡来と目が合う。にこって笑顔で返された。
ふーんだ、何でこんなときだけそうやって笑うんだろうな。
気付いてるくせに。
あたしの気持ち。
モモが図星を指されていつも以上にあたふたしてること。
獅水がそれを見て笑うこと。
トラ男だって、モモのこと気になってるくせにさ。
たぶんトラ男にも分かってるんだ。
いくら頭が良くたって、手が届かないものがあること。
あたしと同じで、いざとなったら本当に欲しいものには手を出せない性格だから。
きっとこいつは、無愛想な相棒が本気を出したら引いてしまう。
そうなったら傷つくのは分かってて、でも相棒の幸せの方をどうしても考えずにはいられない。
渡来にとっての獅水は、あたしにとってのモモと同じなんだ。
あたしもモモが本気で隣に座ってる男を求めたら、席を譲ろうと思ってる。
モモは知らない。
ドラマのあのお兄ちゃんは、弟の気持ちを知ってるからそういう行動を取るんだよ。
主人公が自分じゃなく、弟を選ぶように。
そして、ホントはお兄ちゃんの方がずっとずっと前から主人公のことを好きだったの。
主人公が自分自身すら気付いてない、小さい頃の弟への淡い気持ちを知ってて、それをお兄ちゃんへの想いとすり替えてるのを知ってるから、ますます酷いことをしちゃうんだ。
突き放して、傷つけて。
憎まれればいいと思っている。
それで行き着くところが、元の鞘だったらいいと願っている。
「モモをいじめんな。阿呆トラ」
「ウメコ~」
「よしよし、モモはあたしが守ってあげるから。獅水なんかにゃやんないよ」
「あたし一生ウメコについてくーッ」
親にじゃれる子供のように、あたしに頬を寄せる親友。
それを見ていた獅水と渡来は呆れたみたいに笑ってた。
もう少しだけ。
もう少しだけ、この子と2人でいさせてほしい。
あり得ないけど、もしも2人がいつか、この子を挟んで敵同士になったとしても、そのときだったら笑い飛ばせる。
今はまだ、モモを見るときだけ眩しそうに目を細めることを認めたくない。
あたしの心の薄皮はまだ、刺したら生々しく血を流してしまうから。
そうしたら、あたしはあたしのモモを一生失う。
そんなのは嫌だ。
この恋を失うのは大丈夫でも、この友情を失ったら生きていけない。
あたしはこう見えて、案外臆病だった。
モモ……白鳥桃
ウメ……梅木幸代
という名前の女の子たちです。