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空を掴む

弓道少女と彼女の好きな人。

私の恋は、それはもうあっけなく玉砕した。






佐藤(さとう)、わり、ストップウォッチもう1個持ってきてくれるか?」

「分かりました!」


高校に入ってすぐ、好きになった人。

それはクラスメートでも先輩でもなく、体育の先生。

長島達郎(ながしまたつろう)先生。弓道をやっていただけあってぴんと伸びた背中。

綺麗についた筋肉にかっこいい笑顔を見て、夏になってプールサイドで騒いでいた女子は多かった。

でも私は、スポーツテストのときにはもう先生を見つけていた。

垂直跳びで模範演技を見せてくれた先生。

そのしなやかな跳躍に、先生の両手は空を掴めそうな気がした。

それ以来3年間、ずっと真っ直ぐに先生だけを見つめてきたんだ。

弓道部入部から始まって体育委員に体育祭実行委員。

少しでも先生に近寄れる状況が作りたくて、必死に手を伸ばした。


好きですと初めて告げたのは1年のバレンタインのときだった。

先生は面食らった顔をして、それでもみんなに見せてくれる優しい笑顔でチョコを受け取ってくれた。

でも答えはノーだった。

そのとき言われたありがとうの言葉に泣きそうになったことを今でも憶えている。

それでも好きで。

ずっとずっと好きで。

だって嫌いになる要素がないんだもん。

2年になって先生の誕生日情報を仕入れると、私はめげずにまたぶつかった。

答えはあくまでもノーだったけれど、私のアプローチがあまりにあからさまだったのか先生の方から歩み寄ってくれて。

「卒業してもそれだけ想ってくれてたら考えるよ」なんて言ってくれた。


だから私は。

その言葉だけを信じて3年間、どれだけ砕けてもまた先生にぶつかっていった。

きっとこの3年ですごく忍耐力がついたと思う。

でもそれは全然辛くなかった。だって好きなんだもん。

好きって気持ちにこんなパワーがあること、今まで知らなかった。

こんな風に恋をさせてくれた先生に大声で感謝の気持ちを叫びたいくらい。

まぁ本当にそんなことをしたらいつもやり過ぎたときにそうするみたいに、放課後呼び出しされるだろうけれど。



そして本当に卒業のときを迎えようとしている私。

本当にあっという間すぎて、まるで夢でも見ていたかのよう。

卒業式の日の空はどこまでも高くて、蒼かった。

6時に駅前で会う約束をした後みんなと別れても何となく帰れなかった。

教室を出てグラウンドを横切って弓道場に向かう。

卒業証書を持った手を高く、高くかざした。

今なら私にも、空が掴めるだろうか。

上を向いて太陽の光に目をつぶる。

……先生に会いたかった。


「佐藤」


願い事は叶うまで願い続ければ必ず叶う。

小さい頃お母さんがよく言ってくれた言葉が蘇る。

会いたいと思っていた人の声が聞こえた。

ゆっくりと目を開ける。


「先生」

「こんなところで何やってるんだ?」


ん?とやっぱり優しい顔。

卒業式に備えて切ったんだという髪。

先生はいつにも増してかっこ良かった。

春になろうという風がさーっ、と目の前を通り過ぎていく。

急に胸が痛くなった。


「手を伸ばしてたんです。空を掴めるかなと思って」

「空?」


先生が私の隣に立つ。

私と同じように空を見上げた。


ねぇ先生。

先生ってまるで空みたいです。

こうやって手を伸ばせば掴めそうなのに、本当は全然手が届かない。

どんなに空が欲しいと願っても、それは叶わない願いなんでしょうか?


私はそっと隣の先生を見上げた。

先生もそれに気付いて私の方を向く。


「卒業おめでとう」

「ありがとうございます。それから……今までいろいろありがとうございました。お世話になりました」


先生が微笑んで、私の髪をくしゃくしゃと撫でる。

その指先さえ愛しくて、ふいに泣きそうになってしまった。


「泣くなよ」

「だって……だって私……」


もう明日からはここにいない私。

明日からもここで同じように生徒を教える先生。

結局最後まで生徒の1人でしかなかったんだっていう現実が突き刺さった。

だったらせめて最後は笑顔で。


「やっぱり好きです、先生のこと。きっとずっと好きだと思います。迷惑だったかもしれないけど、私、先生と出会えて本当に良かった」


震える口の端をきゅっと上げる。

まだ潤んだままの目で先生を見上げた。


「ああ、もう……っ」


えっ―――……?!


ちょっと、こっち。と手首を掴まれて。

引っ張られて辿り着いた先は、校舎と校舎の間のほとんど人目のないところ。

何事かと先生を見た瞬間、息が止まった。


「せ、んせ―――」

「……まだ学校出てないってのにな」


ぎゅっと吸い込まれるほど強く、きつく抱きしめられていた。

額を先生の胸に押し付けると、零れ落ちていた涙が先生のYシャツに染み込んでいった。


「ある日突然お前が目の前に現れて俺のこと好きだって言ってからずっと気になってた。教師と生徒だって何度もいい聞かせたけど……袴は寒いって女子連中と騒いでるのとか、走り回るとポニーテールが揺れるのとか、笑顔で物を取ってきてくれるのとか、気が付いたらずっとお前のことを見てたんだ」


先生が静かに、でも熱く私に語りかける。

先生が言葉を口にするたびに触れている場所が共振した。


「俺、佐藤のことが好きだ」


見上げると苦笑いをしているみたいな先生。

どんな先生でも、大好き。


「ちょ、ストップ……っておい」


抱きつこうとしたら制されてしまった。

私は少しむくれて先生を見る。


「分かってるか?31日までまだお前は俺の生徒なんだぞ」

「先生こそ分かってるんですか?ここ学校ですよ?」


笑いながらべー、と下を出したらこつんと拳が額に当たった。


「調子に乗るな」

「ふふふ……」

「大体こんなオヤジでいいのか?お前」

「オヤジって先生まだ28でしょ?」

「お前は18だろ」


きょとんとして先生を見ると、先生はそんな私に噴き出した。


「ま、いっか」

「はい」


もう一度手を伸ばす。

空はどこまでも蒼く続いていた。今私に向けられている先生の笑顔のように。

指先が本当に空に届いた気がした。


願い続けよう、叶うまで。

そして掴もう、空も恋もすべて。

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