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忘れない日々  作者: 秋野真珠
最後の夏休み
7/14

ノリオの合図とともに、一斉にフェンスの向こうに向かって水鉄砲を発射した。

「うわぁっ?!」

驚いた男に、見事命中した。

慌てた男は、黒い縁の眼鏡を落としている。

「あはははは! てんちゅうだー!」

「今は子供の時間だぜ! 大人は出て行けー!」

「てんちゅうー!」

「なっ、なんっなんなんだっ?!」

男に向かって水鉄砲を連射するノリオたちに、男は落とした眼鏡を探して地面を這う。

それも面白くて、大きな声で笑った。

「――リオ!!」

その騒ぎに気付いた詩央が、ノリオたちの後ろから怒った声をかける。

「何してるの! いたずらじゃすまないわよあんたたちは!」

さっきは楽しんでるのか楽しんでないのか解らなかった顔は、今はとりあえず怒っていることが解る。

ノリオたちに怒鳴った詩央は、攻撃を止めたノリオたちの前に出てフェンスの向こうに向かって頭を下げた。

「すみません! 大丈夫ですか?!」

「だっだいじょうぶかって君ね! いったい僕になんの恨みがあってこんなことを――」

フェンスの向こうから、頭を下げる詩央に偉そうに言う男が、ノリオのお腹をさらにムカムカとさせる。

「根暗は向こうに行け!」

「イイトコロに入ったからって偉そうにするなばか!」

「フシンシャはセンセイに言う決まりなんだぜ!」

ノリオが口火を切れば、水鉄砲から口に切り替えた攻撃が始まる。

詩央はそれに振り向いて、また怒鳴ろうと口を開くが、持ったままだった詩央の日傘に、上から水が落ちてきた。

ばしゃばしゃばしゃ、とかかるのは、水鉄砲の水だ。

撃ったのはリツだった。

小さいプールに足を付けて、空に向けて撃った水がちょうど詩央の日傘に落ちたのだ。

「めいちゅうー」

にこっと笑うリツに、詩央の目が据わった。

「・・・あんたねぇ、いい度胸してるわねぇ」

低い声が詩央から聞こえる。

ノリオはやばい、と思ったが、詩央の手のほうが早かった。

「あんたたちそこに並びなさいっまとめてお仕置きよー!」

詩央はノリオから水鉄砲を奪い、まず最初にリツにお仕置きを開始した。

「逃げろ!」

「応戦だ!」

ノリオたちは口々に叫び、小さいプールに入って水鉄砲の応酬を繰り返す。

最初はノリオたち対詩央だったのだが、そのうちに誰でも相手は良くなった。

水を掛け合うことが楽しくて、最後には水鉄砲なんて使わず手で水を掬って投げた。

全員が水に濡れて、水着を着ていない詩央もびしょ濡れになったころ、静かに監視員の笛が響いた。

「水鉄砲もケンカも禁止! すぐにあがりなさーい!」

怒られたのと、疲れたのでプールから上がるころ、全員が笑顔だった。

詩央も、怒ってない。

一緒に笑っていた。

ノリオはようやくお腹のムカムカが取れて、心から笑った。

ふと気づくと、水をかけた男はフェンスの向こうにはもういなかった。

プールから帰る頃には、そんなことも忘れてしまっていた。

帰り道、詩央がアイスを買ってくれた。

みんな服に着替えたけど、着替えのない詩央はノリオのタオルを肩からかけている。

濡れたままの髪が気になるのと、Tシャツの下にタンクトップを着ていると乾きにくいから、という理由だ。

二つでひとつのソーダアイスをノリオたち6人で分けると、詩央はチョコレートのアイスを手にしていた。

「あっなんで姉ちゃんだけチョコの?!」

それはひとつで100円もして、ノリオたちにはいつも買えないものだった。

ソーダのアイスも美味しいけれど、一人だけ違うものを食べていれば羨ましくなるのが当然だ。

「「ずーるーい! ずーるーい!」」

全員で合唱しても、詩央は美味しそうに独り占めだ。

「うるさい! 高校生だからいいの!」

その理由も理不尽だ、と思ったが、ノリオたちに一口づつチョコのアイスを分けてくれた詩央に、やっぱり姉ちゃんだな、とノリオは少し胸が痛くなったのに気付いた。

しかしその理由がなんなのか、解る前にすでに団地に帰っていた。


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