4
「あんたは本当、毎日楽しそうねぇ」
素麺を作った詩央に言われて、ノリオはたっぷりのつゆに付けながら首を傾げた。
「だって、夏休みなんだぜ?」
「それもそうだけど・・・あー私も小学生に戻りたいわ」
詩央は入りたい大学があるらしく、毎日勉強しているのをノリオは知っている。
勉強が嫌なら、勉強を止めればいいのに。
ノリオはそう言いたいが、言ったらもっと違うことを言われそうで黙っていた。
それなのに、
「遊ぶのもいいけど、リオ。小学生にだって宿題があるんだからね? 最後になって泣きついてきても、今年は姉ちゃん手伝わないからね?」
何も言ってないのに余計なことを言われてしまった。
ノリオは俯きながら、ずるずると素麺を飲み込み、
「・・・いいもん。だってとーちゃんが見てくれるって言ったし」
ぼそっと言ったのだが、詩央は呆れた顔で返した。
「お父さんがその日にうちにいるかどうかわからないでしょ? あてになんないわよ」
ノリオたちの父は、仕事でほとんど家に帰らない。
出張と称して一ヶ月くらいは平気で空けるし、家に帰っても朝早くに出て夜遅くに帰り、ノリオと生活時間が違うためあまり会わない。
二人きりの生活に慣れてしまったが、ノリオはそれでも父親が家にいると嬉しい。
たまに帰ってくると、全力で遊んでくれるからだ。
でも遊びに夢中になって、オトナのくせに全然手を抜かなくて、ノリオは勝ったことがなくて、それがむかついてもう帰ってこなくていいのに、と毎回思う。
「でも、そうねぇ・・・もう夏だよね」
詩央は暑い外を見てため息を吐いた。
そこで、ノリオはなんとなく思いついたままに口を開く。
「姉ちゃんもたまには勉強止めて遊べばいいよ」
「は?」
詩央は聞き返したが、ノリオは名案だ、と思った。
食べかけの素麺をテーブルに戻して、ベランダに駆け込む。
「リツーテツーシュウーハルジーカツジー!」
部屋の上下に向かって、大声を上げる。
みんな窓を開け放してるから、ここで呼べばみんなに聞こえるのだ。
ほどなくして、ノリオの右となりからリツが、その上からテツ、ひとつあけたとなりからハルジ、その上にカツジ、そしてもうひとつ向こうからシュウが顔を覗かせた。
「なにー?」
みんな食べている途中なのだろう。箸か茶碗を持って出てきた。
それらにノリオは提案する。
「昼からプールな! 用意して集合―!」
集合場所はいつも決まっている場所だ。
もう決定事項にするノリオに、横からリツが声をかける。
「ちょっと待てよ、ノリオ、だってまだ・・・」
秘密のミッションは完了していない。
まだ、詩央の鏡は見つかっていないのだ。
でもノリオはそれよりもこっちのが楽しそうだと思えたのだ。
「姉ちゃんも行くからーあとでなー!」
行って、ノリオは部屋に戻った。
さっさと食べ終わって用意するためだ。
部屋にいた詩央は当然ながら、ノリオの声を聞いて目を丸くしている。
「ちょっと! 私はプールなんて行くって言ってないでしょ!」
「なんで? 夏なのに?」
ノリオは詩央が行かないというほうが不思議だ。
素麺を食べ始めたノリオに、詩央は諦めたようにため息を吐いた。
「・・・解ったわよ、引率すればいいんでしょ」
引率ってセンセイみたいなのじゃなくて、一緒に遊べばいいんだよ。
そうノリオは言いたかったのに、口の中は素麺でいっぱいでもごもごとしか声が出なかった。
「飲み込んでからしゃべりなさい!」
詩央に怒られて、ノリオはさっさと食べることに集中した。