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忘れない日々  作者: 秋野真珠
最後の夏休み
4/14

怒り狂った西小の声に、戦闘は始まった。

離れた電柱の陰から、パチンコで小石が飛んでくる。

こっちも負けずとやり返す。

だけど電柱の陰に隠れてでは、決着がつかない。この距離だと水鉄砲は使えない。

そのうちに、リツが合図を出した。

「強行突破だ。ノリオは先頭、最後は俺だ。みんな、援護して走りぬけろ!」

ノリオたちの団地に帰るには、敵の前を通過しなければならない。

そして電柱の隣は家の壁があって、逃げ道がない。

リツの合図に、全員が一気に走りだす。

でも向こうだって負けてはいない。

「待てこのやろう!」

「みすみす逃がすと思ってんのかよ!」

パチンコの応酬と、水鉄砲の攻撃を繰り返し、どうにか敵前を走りぬき、そして路地へと逃げ込む。

この辺りはまだ家が新しく、建っている家と空き地が混在してる場所だ。

迷路のようになっているところも、ノリオたちの遊び場でもあった。

「土管の空き地だ!」

リツの声に、先頭を走っていたノリオは方向を変えてスピードを上げる。

土管の空き地は、きっと工事途中になっている場所で、でも工事が始まるわけでもなさそうで、そしてノリオたちが入り込むにはもってこいの土管がたくさん置いてあるため、よく使われる戦闘場所だった。

水鉄砲の弾を補充する水道が置いてあるのも便利だった。

敵と味方の陣地に分かれて、真ん中に水道があり、そこで補充するものに攻撃はしてはならない暗黙のルールもある。

それを守りながら、ノリオたちの第二戦は始まった。

太陽はじりじりと動き、ノリオたちを上から見下ろす。

水鉄砲で濡れても、すぐに乾いてしまう。

中間地点が水浸しになるころ、先頭終了の声が響いた。

「――コラァっ! お前ら! ここで遊ぶなと何度言ったらわかるんだ!!」

頭の黒いところが少ないオジサンが、血管が切れそうなくらいの大声で空き地に入ってくる。

「やべっ」

「撤収だ!」

両サイドからの声に、全員があっという間に空き地から走り逃げる。

足の遅そうなオジサンが追いかけてきたことはない、捕まるなんてカッコワルイこと出来るはずがない。

自分たちの団地に帰ってきてから、ノリオたちは笑った。

「今日もよく戦ったな!」

「あのオジサン、なんか見るたびに頭白くなってないか?」

「あーっ俺もそう思ったー!」

「だよなぁ? 今度毛生え薬をプレゼントしようぜ」

笑っていると、後ろから詩央が帰ってきた。

「あんたたち、何をしたらそんなにびしょびしょになれるの?」

呆れた顔をしてノリオたちを見る。

言われてお互い見ると、まだ乾ききってないのかTシャツがみんな湿っている。

「そのうち乾くーなぁ、昼ごはんなに?」

詩央が帰ってきたということは、もうお昼に近いのだ。

いつのまにそんなに時間が経ったんだろう、と思うが、詩央を見ればお腹が空いていることに気付く。

ノリオの声に、詩央はあっさりと答えた。

「お素麺」

「ええぇー! また素麺!? 暑いからって毎日素麺!」

もう飽きた、と拗ねるノリオに、詩央はつん、と顔を背ける。

「いつも5把は食べるくせになに言ってんのよ。それにお素麺湯がくのだって暑いんだからね」

「暑いなら他のにすりゃいいのに」

「そんな我儘言うノリオには、さっき駅前で買ってきた唐揚げはあげません」

「あー! うそうそうそ! もうわがまま言いません!」

詩央の掲げる手の先には、駅前の弁当屋で売られる唐揚げが入った袋があった。

それでさっきからこの辺りに良い匂いが漂っているのだ。

これではますますお腹が空いてしまう。

「からあげ・・・」

ぽつりと言ったのは、結構食い物に目がないハルジだ。

それを聞くと、全員の目が詩央の手に集まる。

詩央はまったく、とため息を吐いてその袋から透明のパックを取り出した。

「お願いしますくださいって言ったら――」

「「おねがいしますください!!」」

詩央が言い終わる前に、全員の声が重なった。

それに、詩央は堪えきれないように笑う。

「あはは! もう、あんたたちって馬鹿ねぇ。いっこずつよ、すぐにお昼だからね!」

唐揚げはまだ熱かった。

肉汁がじわっと溢れて、すごく美味しい。

そして、笑った詩央を見てどうしてか嬉しくなってしまう。

ノリオたちは唐揚げを食べながら、マンションの入り口へ向かう。

そして笑っていた詩央が、そっと不安そうな顔できょろきょろしているのに、最初に気付いたのはリツだ。

「――詩央ちゃん、なにか探してるの?」

手鏡を探していることは、秘密だ。

リツに言われて、詩央は気付いたように顔に笑みを張り付ける。

「あ、ううん、なんでもないの。リオ、服が乾いたら上がってくるのよ」

みんなもね、と付け加えて、詩央は先に中へ入って行った。

唐揚げを飲み込みながら、全員気付いていた。

詩央は、無理をして笑っているのだ。

大事にしていた鏡がなくなって、楽しいはずがない。

唐揚げでとりあえず満たされたはずなのに、ノリオたちは何も言わず、服が乾くまで陽の下でじっとしていた。


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