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忘れない日々  作者: 秋野真珠
最後の夏休み
2/14

「リオー! 早くおきなさーい! ラジオ体操遅れるわよー」

ドアも窓も開け放してるせいでキッチンで叫ぶ姉の詩央(しお)の声が部屋まで聞こえる。

ノリオは目を擦りながらゆっくりと身体を起こす。

欠伸をしてカーテンを開けると、早朝の風が入ってきた。

晴天だった。今日も暑くなるだろう。

でも、最初の日はこうでなくてはならない。

雨だとテンションも下がるし、最初って感じがしない。

パジャマにしているタンクトップとハーフパンツを脱ぎ捨ててTシャツとズボンにはきかえた。

大きく背伸びをして、自分の部屋を大きく飛び出した。

六年生の夏休みが始まったのだ。

小学校ではこれが最後。

誰に気兼ねするでもない、最上級生の夏休み――最後の夏が、始まったのだ。


ノリオの住むマンションは団地で、出来た時に入ったのは若い夫婦が多かったらしい。

お蔭で、幼馴染には事欠かない。

3つ並んだ同じマンションの真中の広場で、小学生が集まってラジオ体操するのが夏休みの習慣だ。

ノリオと特に仲が良いのは、同じマンションに住む幼馴染たちだ。

ハルジとカツジとテツとシュウ――それから、リツだ。

リツ以外は産まれたときから一緒だし、何をするにも一緒だった。

遊ぶのも、怒られるのも、悪戯するのも一緒で、気心が知れたアイダガラというやつ、というのは少し前にシンジの父が言っていた。さすが小説家だ。難しいことを教えてくれる。

リツは去年の春に引っ越してきた。

知り合って1年と少しなのに、他の幼馴染たちと全く変わらないくらい仲が良くて楽しい。

初めて会ったときから、気が合うって思った直感は間違ってないらしい。

少し都会から来たリツは、新興住宅が建ち始めたけど少し外れれば田舎も残るこの町が珍しく、いろんなことを教えていくのもちょっと嬉しかった。

同じ団地には女子も何人かいるけど、オンナなんかとは一緒に遊べたもんじゃない。

いっつもくっついてベタベタして気持ち悪いヤツラだ、とノリオは常々思っている。

あと、大通りを挟んで向こうにある団地は、そっくり同じ形だけど、ノリオたちは東小学校、道から向こうは区画が違うらしく、西小学校だ。

つまり――ヤツラは敵だ。

ノリオたちは時々、いろんなものをかけてバトルを繰り広げる。

今年に入っては12戦7勝というところ。

今年も絶好調の予感がする。


当番のオジサンがラジオを持ってきて、そこから流れる音楽に合わせて体操をする。

それが終わるとカードにハンコをもらって、解散だ。

そこからがノリオたちの時間の始まりだった。

「おはよーっす」

「おう、おはよー」

口々に言い合ってノリオたちは広場の中にある遊具の、一番高いジャングル滑り台のてっぺんに集まる。

そこがノリオたちの定位置だからだ。

「今日どうするよ? プールには行くだろ?」

「川の奥にさ、基地作んね? ほら、去年途中で終わっちゃったし」

「うーん、どっちも捨てがたいなぁ」

「あ、明日は、カブトとりにいこうぜ?」

晴れた夏休み最初の日。

何でも出来る気がして、でも何からしようか迷って、ノリオたちは会議を続ける。

その時、地上から3階分上から声が降りてきた。

「リオーっいつまでしゃべってんの! 早く帰って朝ごはん食べなさい!」

ベランダからの詩央の怒鳴り声だ。

ノリオの家は母親がノリオが5歳の時に死んで、今は父と詩央とノリオの3人家族だ。

母親が死んでから、家事は詩央の仕事になった。

「詩央姉ー! 今日のおやつなにー?」

呑気なテツが上を見上げて聞き返す。

この団地の子供はノリオたちから上は高校2年になる詩央しかいない。

自然と、詩央はみんなの姉のようになる。

口うるさい姉だけど、でも、母親に似て綺麗になったわねーっておばちゃんたちが言ってるのも最近よく聞く。

ノリオは正直、写真の中でしか母親の顔を覚えていない。

だから、首を傾げてしまうのだ。

「朝も食べてないのになんでおやつの話なのよ。馬鹿なこと言ってないで早く帰ってきなさい!」

詩央は下を睨みつけてさっさと部屋に入ってしまった。

テツは上からノリオに視線を戻して、

「なんか機嫌悪くない?」

「なんかあったの?」

訊かれて、ノリオは頷くとも頷かないとも言わないように顔を下げる。

「姉ちゃん、最近機嫌悪いんだよ」

「なにやったんだ?」

「え、どのいたずらがバレたわけ?」

「いや、いたずらじゃなくって・・・鏡がなくなったんだ」

「かがみ?」

不思議そうに聞き返されるのも無理はない。

たかが、鏡だ。

でも、詩央にとってみれば何より大事な鏡なのだ、とノリオは知っている。

「かーちゃんの、手鏡。こんくらいの、赤いやつ。鈴が付いててよくちりちり鳴ってる」

ノリオは両手の親指と人差し指を繋げて輪を作った。

「家じゅう探したんだけどなくって、学校とか通学路とか、毎日探してるけど見つかんないみたい」

詩央は毎年誕生日に、父親からプレゼントとして母親の何かを貰う。

初めて貰ったのがその手鏡で、ずっとずっと大事にしててちょっと剥げかけてたりしてるけど、それでも毎日もっていた。

それがなくなって、機嫌が悪い。

ヤツアタリもいい加減にしてほしい、とノリオはため息を吐いた。

「それにしよう」

それまで黙ってたリツが、突然言った。

「へ?」

「今日することだよ。詩央ちゃんの手鏡を探して見つけるんだ」

「ええー?」

なんだかメンドクサイ、と声を上げたけど、リツがもう決めた顔をしている。

こんなとき、誰が何を言っても無駄だった。

都会から来ただけあって、ちょっとスカしたとこもあって、リツは大人しそうに見える。

だけど、いたずらの計画はリツが来てからグンと緻密に、見つかりにくいものになった。

「今日見つけると、きっと喜ぶだろ? いつもおやつ作ってもらってるしさ」

「今日・・・」

言われて、全員が思い出した。

夏休み最初の日。

それは、詩央の誕生日だった。

いつもいつも、ノリオに口うるさくする詩央は、母親より母親っぽい。

ノリオのすることにいつも怒ってばっかで、うるさいけど、笑ったら、きっと、嬉しいんだろう。

「よし、ノリオは帰って詩央ちゃんの学校までのルートを詳しく聞いてきて。テツとシュウはおばちゃんたちに落し物が届けられてないか確かめるんだ。ハルジとカツジは捜索に必要な道具を集めること――朝ごはんを食べたら、ここに集合だ」

ノリオたちの軍師が指示を出すと、全員を止めるものなどない。

目を合わせ、頷き、そして行動開始だ。


これが最後の夏休みの、最初のミッションだった。


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