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忘れない日々  作者: 秋野真珠
最後の夏休み
12/14

11

「ノリオー会いたかったよー帰ってきたよーただいまー」

再会を喜ぶノリオの父、隆児だった。

ノリオを腕に抱こうと両手を広げる隆児を、ノリオは強くはねのけた。

「なに呑気にしてんだよっ」

「えっだって久しぶりに会えたんだぞ?! ――て、あれ? みなさんそんな顔してどうなさったんですか? てゆうか、今何してるんですか?」

軽そうに笑って状況を聞く隆児は、少なくとも35歳にはなっているはずだった。

しかし高校生の娘がいるとは思えない若さでもある。

ひとりの男を前に、団地の住人が囲って追いつめているようにも見える。

いっけん、いじめているのかともとれる状況だが、隆児は左右に首を振って両方共を見た。

「あの男が悪いんだ! だってあいつは――」

「リオ! いい加減にしなさい!」

ノリオが隆児に言い終わる前に、詩央が止めた。

それに乗ったのは他の誰でもない、大学生の男だ。

「その子供のお父さんですか? あなたはいったいどんな教育をされてるんですか? その子供は何もしていない僕にいきなり殴りかかってきたんですよ!」

「なぐったんじゃない、捕まえようとしたんだ!」

「リオ! 止めなさい! 本当に――すみませんでした」

言い返したノリオを止めた詩央が、また頭を下げる。

隆児は他の親たちと目を合わせ、そして男を睨む子供たちと、頭を下げる詩央をゆっくりと見渡して、自分の腰くらいまでしかないノリオを見降ろした。

「なんで捕まえようとしたんだ?」

ノリオはようやく理由を聞いてもらえた、とはりきって大声で言った。

「姉ちゃんの鏡をあいつが持ってるんだ!」

その声に、子供たち以外が驚いた。

詩央自身もびっくりして、怒っていたのか悲しんでいたのか解らない顔で瞬いている。

男もびくり、と身体を揺らすが、慌てたようにきょろきょろとあたりを見回す。

「なっ何を言ってるんだ! 僕がどうしたっていうんだ! 勝手な言い掛かりをつけるのはやめてもらえないか!」

どこかおどおどして見えるのに、声だけは強気だった。

隆児はもう一度ノリオを見て、

「鏡? 典子の?」

ノリオたちの母親の名前を言った隆児に、ノリオは何度も頷いた。

その時の変化を、外灯に照らされて、全員が見ることになった。

隆児は口元に緩く笑みを浮かべたままで、長い指でゆっくりとサングラスを外した。

「――へぇ? そうなんだ? 君、鏡持ってるの?」

子供のノリオでさえ、その笑顔が怖い、と怯えるほど、隆児の顔は壮絶に綺麗だった。

左右対称に整った目と、強い眉、すっきりとした鼻筋に、薄く見える唇――綺麗な顔は、誰もが見たことのある顔だった。

「――っみ、みやっ宮、リュウっ?!」

初めて素顔を見た男だけが、うろたえる様に慌てた。

隆児は芸名を宮リュウと言う、日本人なら誰もが知っているほどの、俳優なのだ。

綺麗な顔が笑顔で向かってくることが、これほど怖いとは誰も知らなかっただろう。

隆児はゆっくりと、しかし数歩で男との距離を詰めて、にっこりと笑った。

「鏡、出して?」

手を差し出されたものの、男は何も言えず、ただ汗だけをどっと流しながら首を左右に振った。

「触っていい? 取るねー」

隆児はそんな返事も待たないまま、男のズボンのポケットに手を入れ、中から丸いものを取り出した。

あっさりと出てきたのは、手鏡だった――その先に、小さな鈴のついた。

チリン、と涼しげな音を立てて、隆児はそれを男に見せる。

「これ、君のじゃないよね? なんで君のポケットに入ってんの?」

「そ――っそれ、それは、僕、僕の、母のでっ」

赤い鏡は男の持ち物には見えず、男の言い訳に隆児はひとつ頷いて手鏡を合わせた両手のなかに挟んで、軽くきゅっと捻った。

ノリオたちも驚いた。

鏡がそんなふうに取れるなんて、知らなかったからだ。

隆児の両手にあるのは、鏡の部分と、側の部分だ。

その鏡の背面に、筆で書かれたのだろう綺麗な文字があった。

典子、と。

「これ、僕の奥さんの字なんだけど――?」

綺麗なはずの笑顔は、やっぱりその場にいる誰より怖いものだった。


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