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自分でも驚くくらい、低い声が出た。
どうしても、男の言葉を止めたかったのだ。
詩央は頭を上げない。
でも、男が母親がいないって言ったとき、肩が揺れたのをはっきり見た。
俯いた顔が、どんな顔をしているかなんて解らないけど、笑っていないことは確かだ。
「なっめ、目上に向かってなんて口の聞き方をっ」
「だまれって言ってるだろ!」
ノリオはお腹がむかむかした。
上手く理由は言えないけど、どうしてもこの男がしゃべるのが嫌だった。
しゃべるたびに、詩央が震えている気がするからだ。
詩央を笑わせたかった。
喜ばせたかった。
それだけで、こんな時間まで必死になっていたのに、そのすべてが上手くいかず、そして今、詩央はきっと笑っていない。
ノリオは頭を下げたままの詩央の前に立ち、男を睨み上げた。
その隣にはリツが並んだ。
他のみんなも、男を睨んで並んだ。
「なんだその目は――!」
「お前なんか、怒鳴っても怖くない」
ノリオの声に、男は口をパクパクさせた。
それに、リツが問いかける。
「どうして知ってるの」
「・・・な、なんだ?」
何を言っているんだ、という男に、リツも睨みつけた。
「どうして、ノリオと詩央ちゃんにお母さんがいないって知ってるの」
同じ団地であれば、自然とその家族構成は解るものだ。
それに付け加えて、ノリオの家は少し込み入った事情もあって、ノリオの家族の話は誰も外ではしなかった。
団地に住んでいない人間が、ノリオの家の家族構成を知っていることがおかしい。
リツの言葉に周りもそれに気付いたのか、男が黙り込んだのもあって自然とその場所に沈黙が落ちる。
団地の前の、外灯からの明りだけが変わらなかった。
誰がどうでるか――みんなが探り合っていたとき、呑気な声が暗闇から聞こえた。
「あれぇ? みんな何してんの? もしかして、出迎えてくれてんのー?」
暗い場所から、外灯の明りの中に入ってきたのはTシャツのジーンズ、その上にジャケットを羽織り、さらに暗いのにサングラスをした男だった。
まだ20代位に見える、若い男だ。
「嬉しいなーあ、今日はさ、肉買ってきたからみんなで焼き肉にしよ!」
空気を読まない声にあっけにとられたものの、それが誰か解って最初に口を開いたのはノリオだ。
「とーちゃん!!」