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ノリオの大声に反応したのは、幼馴染たちだ。
さっきまで怒られていたのに、心配をたくさんかけてしょんぼりとしていたのに。
そのすべてを忘れて、全員が振り返り駈け出した。
「あいつだ! 逃がすなー!」
「まてー!」
一番驚いたのは、子供たちに一斉に襲いかかられた男だっただろう。
あっけにとられたのは、怒ることを止めて家に帰ろうとしていた家族たちだ。
いったい何が起きたのか、すぐに解るものはいなかった。
「カンネンしろー!」
「逃げるなこのやろー!」
「手を捕まえろ! 足をもて!」
「うぁあっいたっいたい! なんだ!? なんなんだお前らっやめろー!」
襲いかかったのは、今日3度目に見る大学生の男だった。
イイトコロに入ったらしい、根暗で陰険に見える男だ。
ひょろりとした男は、背は高くても小学生6人に襲いかかられてはひとたまりもなかった。
あっという間に地面に倒されて、ノリオたちはそれを押さえつける。
「ポケットだ、ポケットを探れ!」
「待てよ、ちょっと暗くってどこがポケットなんだよ?」
「や、やめろー! なんだお前らそんなとこ触るなっ」
「俺だってお前なんか触りたくないよ!」
「ポケットどこだよ?」
全員で男の身体をごそごそとし始めると、そのすべてを止めるような声が響いた。
「何をやってるの!!」
詩央の声だった。
どうして止めるんだ、とノリオが振り向けば、赤鬼みたいになった詩央がノリオたちを睨んでいる。
「やめなさい、お前たちも、ほら!」
他の大人もノリオたちを男から引き剥がすように掴んでいく。
あとちょっとなのに。
ノリオの欲しかったものが、目の前にあると解っているのに。
いったいどうして止めるんだ、とノリオが詩央を睨むと、赤鬼だった顔が崩れたようになっていた。
びっくりしていると、その顔を隠すように詩央は男に向かって頭を下げた。
腰から折って、深く深く、頭を下げた。
「ごめんなさい――すみません!」
詩央の声は硬くて冷たくて、何の感情もないみたいだった。
さっきまでの怒鳴っていたほうが、怒りと言う感情を強く出していた。
詩央や周りの大人が口々に謝ると、地面に倒された男はずれた眼鏡を直しながらよろよろと立ち上っていた。
そして混乱していながらも、怒っていることだけは隠さず、口を開いた。
「なん、なんなんだあんたたちは! 僕が何をしたっていうんだ?! そもそも、昼間だっていきなり水をかけてきたじゃないか! いったい子供にどういうしつけをしているんだ!?」
プールで水を掛けたことは他の大人は知らないことで、それぞれの子供たちに本当なの、と事実確認をしている。
本当だった。
むかついたので、水をかけた。
それが解ると、またみんなで頭を下げた。
その中でも、一度も顔を上げない詩央に、男の目がまっすぐに向いていた。
「そもそも、母親がいないからダメなんじゃないのか? 高校生が子供を育てることが、まず間違って――」
「だまれ」
低い声はノリオの声だった。