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第2話 女神の役割

「はぁ~~~」


 その後案内された個室の、大きな天蓋付きベッドに倒れ込み、私は盛大にため息をついた。

 昨日まで東京のワンルームで、飼っているグッピーのぎょたろうを眺めていたはずなのに、なぜ『女神様』なんて呼ばれているんだ?


「もー、わけわかんない! こういう時は寝るに限る!」


 夢ならいいけど、もしこれが現実なら――


(ぎょたろう……今頃、お腹空かせてるかな……)


 瞼をぎゅっと閉じ、ひとり暮らしの自宅で待つ小さな命に思いを馳せながら、私は眠りに落ちた。





 ◆◆◆◆◆





――コンコンコン


 木の扉を叩く音が聞こえて、慌てて上半身を起こす。


 スマホもないし、家じゃないから目覚ましも何もないんだった。


 大きなアーチ窓からは明るい光が差し込んでいた。


 昨日はあまりの現実感のなさに、化粧も落とさず寝てしまったことを激しく後悔する。


 改めて周囲を見渡すと、自分の家でも病院でもない。大きなベッドに赤いカーペット、繊細な意匠の家具の数々。


(夢じゃなかったのか……)


「おはようございます。女神様、入ってよろしいですか?」


 扉の向こうで若い女性の声がした。


 どうやら昨日のファンタジーな世界はまだ続いているらしい。


 寝起きの姿はあまり他人に見られたくないけど、扉の前で立たせたままなのも悪い気がして、私は「はい!」と裏返り気味の声で応えた。


「失礼いたします。お初にお目にかかります、女神様。私はこの屋敷のメイドのシャルロット・メイヤーズと申します。この後行われる報告会のお仕度の手伝いに参りました」


 ふわふわの綿あめみたいなピンク色の髪を左右に結んだ、お人形さんかの如く可憐な女の子が、銀のカートと共に現れた。


「事情は執事長より聞いておりますので、何か必要なものやお困りごとがございましたら、遠慮なくお申し付けください」


 すべてがお困りごとと言っても過言ではないけど、とりあえず顔を洗ってから考えることにした。


 身支度の最中、何か聞きたそうな顔をしていたので、こっちから尋ねてみると、


「あ、えっと……その、昨日は女王の変装をすぐさま見抜いたとの噂を聞いて、女神様というのは不思議なお力を持っているのだなぁ、と。背格好などは私とそれほど変わらな……たっ大変無礼な発言をお許しください!!私ごときが女神様を同列に語るなど……!!」


 いやいや、背丈はそうでも、艶々お肌や「ばぃん」って効果音が付きそうな胸のサイズは君のが確実に勝ってるじゃん……なんて虚しいツッコミを心の中で返していると、おでこが膝にくっつくんじゃないかというほど頭を下げていた彼女に、私は慌てて面を上げるよう告げた。


 こんな二十歳そこそこのお嬢さんに頭を下げさすなんて、傍から見たら完璧パワハラ上司だよ。そうだ、話題を変えよう。


「昨日もチラッと聞きはしたんだけど、女神って一体なんなんでしょう?」


 話題を変えたような変えてないような微妙な質問ではあったけど、彼女は立派な胸を張って語りだした。


 シャルロット曰く、“女神”というのはおよそ百年に一度、特定の条件下でしか召喚できない象徴的存在らしい。


 この国は小国ながらもここ何世代かは大きな戦争や飢饉・災害もなく、それらはすべて女神のもたらす祝福だそうで、その加護は年月をかけ土地に神気として宿り、女神の死後もしばらくは継続するんだとか。


 かつては竜と闘ったなんて伝承もあるけど、シャルロットからすればそれは子供時代に母親が読み聞かせるお伽話だという。


「ん?じゃあ女神って何する人なの?」


 私の中で素朴な疑問が生じた。


「女神様は多少の王宮行事に参加される以外は、基本何もする必要はございません。だって存在自体が尊い御方なのですから」


 満面の笑みで返されたが、私の漠然とした不安は何一つ解消されなかった。






 ◆◆◆◆◆






 もはや懐かしさすら感じる、昨日の広間に再び呼ばれた私は、柄にもなく緊張していた。


 日中のこの場所は、昨日の妖しい雰囲気とは一変、西洋の美術館のような厳かさに包まれていた。


 朝着替えさせられたモスグリーンのドレス(これでも一番地味なのを選んだ)は、ヨレヨレのブラウスよりマシとは言え、防弾チョッキ並みに重いし動きづらい。

 それと、髪を結んでいたゴムがどこかにいってしまったことをシャルロットに話したところ、器用な手つきで低い位置のシニヨンヘアに結い上げてくれた。


 真ん中にぽつんと立たされた私の後ろに並ぶ面々を一瞥するに、昨日見た顔と初見が半々といったところか。背中に刺さる視線が痛い。


 じろじろ見返してやりたい気持ちを抑えつつ、正面の玉座に着くであろう人物を待った。


 ほどなくして、正面上手の戸口から、2つの足音がした。


 私含め、背後の全員にも緊張が走る。


 現れた一人は白髪のナイスミドル――昨日国王と名乗っていた男性だ。


 そしてもう一人は、赤毛を高く編み込み、身体の一部かのような王冠を頭上に載せたクレア女王その人だ。


「お待たせしました。昨日はよく眠れましたか?」


 玉座にごく自然に座った女王は、私を真っ直ぐ見つめ、そう質問した。


「お陰様で……。元気にはなりました」


 夢じゃないショックはあっても、すこぶる体調がいいのは本当だもの。


「それはよかったです」


 柔和な中年女性の笑顔……と、それだけでは言い表せない何かを感じ、この妙な既視感の正体を思い出す。


 警察学校時代、優しそうな顔とは裏腹に、容赦なく生徒を鍛えることで有名だった明石(あかし)教官だ。


 怒らせたら絶対怖いタイプ。間違いない。


 昨日みたいに余計なことは言わないでおこう。


 そしてどうやら昨夜の偽国王ことレドモンドさんは首席秘書官という立場らしい。


 そのレドモンドさんが女王に代わって、昨日の出来事と今朝シャルロットが説明してくれた内容を簡潔に伝えてくれたが……


「要は私にここで軟禁生活を送れ、ってことでしょうか?」


 我慢しきれず聞いてしまった。


「ありていに言ってしまうとそうなりますが……衣食住は貴族並の待遇を保障いたします」


 レドモンドさんは表情ひとつ変えずそう答えた。


 いやいやいやいや、無理!


 多少待遇が良かろうと、犯罪者でもないのに軟禁生活なんて!!


 これが全部夢じゃないとしたら、元の世界に戻ることは叶わないのだろうか?


「も、元の世界に戻る方法はないんでしょうか!?」


「どうなの?ファイ」


 女王が私の後ろにいた、職質したい人暫定一位のフード男……改めてファイさんに問う。


「お、恐れながら申し上げます。女神様の召喚における条件は、2つの世界で月の満ちる夜、力のある召喚士が、異世界と尊き魂を結ぶ、魔力で構成された糸を見つけ、切断された糸を現世と結ぶ術となります。ただし、一度結びつきが切れなければ別の世と結ぶこと自体できません」


「つまり……?」


 私の追及に、召喚士のファイさんは続けてこう言った。


「し……死に直面するようなことが起きなければ、つ通常魔力の糸は切れません……」


 心当たりはある。


 ということは、この世界で私が満月の夜に自殺するか殺されるかしない限り、元の世界に戻ることはほぼほぼ不可能ってこと?


 いや、戻ったとしても既に死んでる可能性のほうが高いのか??


 そして私の勘が正しければ、女王は知っていて確認したのだ。


『可哀想だけど、諦めてちょうだい』


 声にせずとも、女王の顔には、そう書いてあった。

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