第1話 月夜の召喚
広場に満ちた月明かりの下で、私は一言、放った。
「あなたが本当の◯◯……ですよね?」
瞬間、聖堂全体が凍りついたかのような静寂と緊張感に包まれる。
(……やばっ。完全に空気読めなかった……どうしよう、これ……!)
心の中で全力で後悔した。でも、もう遅い。
◆◆◆◆◆
遡ること一時間前(※体感)。
私、貴島凛々子は薬物事件の容疑者を追って、港付近の廃工場に部下の田所と来ていた。
地域課から配属されてきたばかりの田所はハッキリ言って戦力外なので、車で応援を待つよう指示を残し、ひとり犯人が逃げ込んだと思われる廃工場へと足を踏み入れた。
30歳目前。刑事歴五年。組織犯罪対策課のノンキャリア。
署内の男共の陰口はいつだって同じだ。
「貴島は顔は悪くないしスタイルもいいのに、女としての魅力がゼロ」ってね。笑わせる。
男勝りでガムシャラに突っ走ってきた結果、結婚どころか彼氏の作り方すら忘れたアラサー独身。
唯一の自慢は、学生時代から一度も染めていない真っ黒なストレートロング。
昔、好きだった人に「綺麗だ」と言われた言葉を、今でも宝物みたいに大切にしている。
今いる組織犯罪対策課は、女性はほぼいないし、危険なことも多い。
それでも“私にしかできないことがある”という信念をもって、仕事に打ち込んできた。
「もうすぐこの建物は包囲される!おとなしく投降しなさい!」
工場内の資材に身を潜め、相手に毅然と呼び掛ける。
すると、奥から足音が聞こえてきた。
入り口から細く伸びた月明かりが、まるでスポットライトのように黒いキャップ姿の男を浮かび上がらせた。両手は上げた状態のようだ。
こちらも慎重に近づき、相手の前に立つ。
「そのまま……」
右手に拳銃を構え、左手を手錠ケースに伸ばした、その時だった。
――パンッ
予期せぬ銃声が工場内に鳴り響いた。
身体の中心が熱い。
(……嘘、撃た、れた?どこ……から……?田所に……知らせないと……)
膝から崩れ落ちるようにうつ伏せに倒れ、呼吸が浅くなる。
霞む目で捉えたのは、指先に灯る青白い光の粒子。
私の意識は月明かりが照らす冷たい地面の上で、静かに途切れた。
◆◆◆◆◆
次に目を開けると、私はまったく別の、赤い月明かりが差し込む大聖堂のようなところにいた。
横たわっていた身体を起こし、座った状態で思わず胸や背中をまさぐったが、どこにも外傷はなく、痛みもなかった。
心臓だけがバクバクとうるさい。
頭の中を整理しようにも、自分が今置かれている状況は非現実的だ。
ファンタジー系コスプレにしてはガチすぎる、やたら彫りの深い民族の方々が十数人周りを囲んでいる。
はっきり言って異様な光景。
最初に近づいてきたのは、クラシカルなメイド服に身を包んだ50歳前後の上品な女性だった。
まるで季節が急に切り替わったような肌寒さの中、パンツスーツとはいえ軽装の私を気遣ってか、生成りのケープを背後から優しく羽織らせてくれた。
「えっ、あっ、ありがとうござ……」
ケープを持つ手にほんの少し触れた瞬間、それは“視えた”。
「ンォッホン。ようこそ来てくださいました。女神様よ」
……女神?ん?何の話??
諸々混乱する私をよそに、白髪のナイスミドルが続ける。
「お目にかかれて光栄です。私はグラード王国国王クレイ・グラードと申します。この国を厄災から一世代救うとされる現人神のあなた様を異世界より召喚させて頂きました」
ワーオ。
まずこんなロー●・オ●・●・リン●みたいな顔で流暢な日本語を話し始めたことに驚き、そして言っている内容にも驚いた。
国王?現人神?異世界?召喚??聞き馴染みのない単語のオンパレードだ。
夢か?それとも天国なのか?記憶の断片から選択肢を絞っても、納得のいく正解には辿り着けない。
こんな時一番いい解決法は何か。
これまでの社会人経験から導いた、たった一つの正解はこれだ。
「あのぉ…大変申し訳無いんですが、一回頭を整理したいんで、小一時間ほど休憩させて貰ってもいいでしょうか?」
この感じ知ってる。授業中にお腹が痛くなって保健室行っていいか先生に聞いた時のことを思い出す。仮病じゃないのにバツが悪いあの感じ。
集まった視線が輪をかけて私を気まずくさせる。
「フッ……」
張り詰めた空気を破るように、部屋の片隅で小さな声がした。
え!笑われた!?ちょ、余計に恥ずかしいじゃん!!
「いや、失礼。女神様にしてはあまりに人間らしくて。王宮騎士団団長として、女神様の休息が妨害されないよう、全力で任に当たりましょう」
薄暗くてもこれだけはわかる。絶対イケメンだ。
しかも、私の好きな海外のマイナー俳優に似ている気がする。
特殊警察が社会の暗部と戦う『インポッシブル・ストラテジー』シリーズの脇役なんだけど、主役を陰ながらサポートする射撃の名手で……っと、映画語りはさておき、月明かりに艶めくアッシュブロンドのモデルみたいな長身男性が、恭しくこちらに頭を下げてきた。
「ふむ……召喚直後は女神と言えど、その力をかなり消耗すると聞いたことがある。わかりました。頼んだぞウィリアム騎士団長」
「はっ」
騎士団長と呼ばれた先程の男性が、落ち着いたよく通る声で応える。
声までカッコいいし、是非ともこんな暗がりじゃないところで顔をまじまじと見てみたい。でも夢っていつもいいところで目が覚めちゃうんだよな。
メイド服の女性、白髪の男性、そして騎士団長……今まで色んな犯人追ってきたけど、ここまでのバリエーションはなかったぞ。
傍らにいる、まだ一言も喋ってない真っ黒いフードを目深にかぶった、怪しい人に職務質問したい気分だ。
「部屋までは我が屋敷のメイドが案内します」
そう白髪の男性が言うと、優雅な仕草で先ほどの女性が扉の方向に私を促した。
「こちらです」
夢なら覚めるかも……と思って休ませてなんて言っちゃったけど、これだけは気になって寝られないかもしれないから聞いておこう。どうせきっと夢なんだし。
私はゆっくり立ち上がり、女性に声を掛けた。
「あの……」
「なにか?」
「あなたが本当の王様……ですよね?」
今まで黙っていた人達がざわつき始めた。
メイド服の女性は目線を左下に一瞬ずらし、再び私に視線を向けた。
何かを言おうとした白髪の自称国王さんを、スッと肩の高さに挙げた手のひらで牽制した女性は、にっこりと微笑んだ。
「さすがは女神様。試すような真似をして大変申し訳ございません。いかにも……わたくしがこのグラード王国を統べる女王、クレア・グラードにございます」
見惚れるほど優雅に腰を折ったその人は、隠していた威厳を直すぐさに纏い、その場の空気をも変えてしまった。
「でも少し悔しい気もするわ。なぜわかったのかしら?」
「ええと…その……メイドにしてはとっても手が綺麗だな~と!それと空気感というか、最初から只者じゃない感じがしたんですよね。ア、アハハ~……」
「まぁ。なんという洞察力。おみそれ致しましたわ」
少女のように瞳を輝かせる彼女に、少しの罪悪感が胸をチクリとさせる。
もちろん、嘘ではないけど、手や空気感といった話はあくまで“後付”だった。
さっき……ケープを掛けてくれた指先に触れた時、記憶の一部のようなものが脳裏に流れ込んできたのだ。
その人の孤独や悲しみといった感情ごと【追体験】するような不思議な感覚。
彼女が父親を看取った際の記憶が主観として視えた。
『クレア、どうか……民を守り、そして誰よりも幸せな王になっておくれ』
そう言い遺した、父親の手を握りしめる彼女の細く美しい指先とともに。




