第五話:チートな公爵の過剰防衛と、戦友たちの午後
1. サロンを支配する「光と影」
三日間の封鎖が明け、エレオノーラとジークヴァルトは社交界への挨拶を兼ねて王都の高級サロンへ行くことになった。
エレオノーラはジークヴァルトの瞳の色と同じ氷青色のドレスを、ジークヴァルトも同じく氷青色と黒の盛装を纏っていた。
「私達お揃いですのね! ジークヴァルト様、よくお似合いですわ」
「――エレオノーラ、なんて美しい。どんな美の女神も君には叶わない」
(ああ……出来ることなら、このまま誰にも見られないように隠しておきたい!!)
「公爵様、頼みますから、夜会に行かないとか言わないでくださいね……」
「……」
(全く……この独占欲の塊の考えにはついていけない)
ハンス大きなため息をついた。ジークハルトの無言の裏で考えていることが手に取るようにわかった。
そして、二人をのせた馬車はサロンに向かうのだった。
王都随一の高級サロン。そこにジークヴァルト夫妻が現れた瞬間、喧騒は一瞬で静まり返った。
「見て、あの『冷血の英雄』閣下を……。かつては氷のようなお方だったのに、今は夫人の一挙手一投足に、まるで命を預けているような熱い視線を送っていらっしゃるわ」
「エレオノーラ様もなんて慈愛に満ちた表情……。婚約破棄の泥にまみれた彼女を、閣下は騎士道精神だけで救い出した。まさに、傷ついた英雄と聖女の再会ですな」
貴族たちのざわめきにジークヴァルトの苛立ちは最高潮に達しようとしていた。
一見、完璧な紳士然としていたが、エレオノーラの腰に回された手は一時も離れず、彼女に近づこうとする男性全てを「眼力」だけで射殺す始末。
(……一刻も早く屋敷に戻りたいが)
腹の中でそう考えたものの、今後のエレオノーラが公爵夫人として社交界での立場を確立するためにも、今日の夜会で「アイゼンベルク公爵夫妻」のアピールしておく必要があった。
懐に忍ばせてきたエレオノーラの「ハンカチ」と、隠しポケット奥にある彼女が昨夜使った「羽ペンのキャップ」をそっと握りしめて心を落ち着かせた。
(閣下は人混みが苦手なのに、私のために無理をして外出してくださっているのだわ)
心のなかで勝手に葛藤するジークヴァルトの様子を今回も勘違いしたエレオノーラは彼の手を優しく握り返す。
実際のところは、ジークヴァルトは、エレオノーラに近づこうとする男たちの動脈を「視線だけで」切り裂かんばかりの殺気を放っているという迷惑千万な状況だった。しかし、周囲からはそれも「愛ゆえの過保護」という美談に変換されてしまっていた。
2. 空気の読めない「過去の男」
そんな「完璧な公爵夫妻」の結界を破り、一人の男が千鳥足で近づいてきた。 エレオノーラの元婚約者、ヴィクトールだ。
「……おやおや、エレオノーラじゃないか。公爵閣下の『繋ぎ』の女にしては、随分と着飾らせてもらっているようだね」
その不遜な声が響いた瞬間、サロンの温度が氷点下まで叩き落とされた。 ジークヴァルトの瞳から光が消え、彼が半歩、前へ出る。
「ヴィ、ヴィクトール様……?」
エレオノーラが困惑に眉を寄せた瞬間、ジークヴァルトの大きな手が彼女を背後に隠し、同時に彼の身体が「がたがた」と不自然なほど激しく震え始めた。
「……あ、ああ……。すまない、エレオノーラ。君を侮辱する声を聞くと、戦場の……悍ましい殺戮の記憶が呼び起こされて……っ。私は、また君を奪われるのではないかと、理性が……っ(※実際は、今すぐ首を撥ねたいという興奮で震えている)」
「閣下! 落ち着いてくださいませ! 私はここに、あなたの隣におりますわ!」
慌てて彼の腰にしがみつき、必死に宥めるエレオノーラ。 その背後で、ジークヴァルトはエレオノーラに見えない角度でヴィクトールを凝視した。その瞳は「今すぐ一族郎党、社会的に抹殺してやる」というドロドロとした殺意に満ちている。
「な、なんだ……その目は……っ!?」
ヴィクトールは英雄の放つ真の殺気に、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
3. 廊下の隅の「同志たち」
(……出た。三年前、隣国の使者を精神的に追い詰めた時の『戦後遺症ごっこ』だ……)
ハンスは死んだような目でその光景を見届け、手早く衛兵に指示を出してヴィクトールを「保護(物理的な排除)」させた。 騒乱の跡を片付け、サロンのテラスで本日四度目の胃薬を流し込んでいると、背後から音もなく人影が現れた。
「ミューラー卿。……お疲れ様です。これ、胃の粘膜を保護する薬草茶です」
現れたのは、エレオノーラ付きの侍女、グレーテルだった。 彼女は相変わらず無表情だが、その手には温かいカップが握られている。
「グレーテル……。君も見ていたのか」
「ええ。閣下がさきほど、ヴィクトール氏が夫人に触れようとした瞬間に、隠し持っていたナイフで彼の指を切り飛ばそうとしたのも。……夫人が閣下の腕を掴んだので、慌てて『震える悲劇のヒーロー』に切り替えられましたが」
ハンスは絶句した。自分以外にも、あの英雄の「化けの皮」の裏側を正しく認識している人間がいたのだ。
「……あの方は、もう手遅れだな」
「左様ですね。ですが、ミューラー卿。私たちがこうして裏で『閣下の落とし物』を処分し、報告書を書き換えている限り、この国は……いえ、夫人の幸せだけは守られます」
グレーテルが差し出したお茶からは、ハンスが愛用しているものより遥かに上質な香りが漂っていた。
「……ありがとう。君がいてくれて、少しだけ救われた気がするよ」
二人の間に流れるのは、恋というにはあまりに殺伐とした、けれど「同じ爆弾を処理し続ける技術者」同士の、強固な連帯感だった。




