第四話:詐欺師の罠と、聖母の献身
1.三日三晩の狂宴
「……君の身体はなんて温かいんだろう。安心する。……ああ、心臓がこんなに跳ねている。死線を越えてきた俺には、この鼓動だけが、自分が生きている証なんだ……」
(嘘をつけ。あんたの心臓が跳ねているのは、単に欲情してるからだろうが!)
扉の外で、ハンスは壁に頭を打ち付けたい衝動に駆られていた。
一方、寝室の中では――。 ジークヴァルトはさめざめと泣き真似を続けながら、その強靭な腕でエレオノーラを寝台へと押し戻していた。
「閣下……。そんなに震えないで。私はどこへも行きませんわ」
エレオノーラは、彼の充血した瞳(※興奮)を「戦場の恐怖(※捏造)」と読み違い、慈愛に満ちた手つきで彼の背中に腕を回す。
「ああ、エレオノーラ。……許してくれ。君に触れていないと、呼吸の仕方を忘れてしまいそうなんだ……」
そう言いながら、ジークヴァルトの指先は「呼吸を忘れた男」とは思えないほど機敏な動きで、彼女の夜着の紐を一本づつ解いていく。
「……あ、閣下、そこは……っ」
「……怖いんだ。……嫌、だろうか」
「……っ。……いいえ。閣下の心が休まるのでしたら……どうぞ、お好きなように」
聖母の許しを得た瞬間、ジークヴァルトの瞳から「悲劇のヒーロー」の光が消え、ギラついた「捕食者」の熱が宿る。
彼は、彼女の白い首筋に、所有を宣言するように深く、赤く、徴を刻み始めた。 一つでは足りない。十年の渇きを埋めるには、彼女の身体すべてを自分の色で塗りつぶさなければ気が済まない。
「……ん、ぁ、……閣下、そんなに、強く……っ」
「……消えないようにしているんだ。……君が、俺だけのものだって、誰が見ても分かるように……」
(((ほら見ろ!! 本音が漏れてるぞ隊長!!「不安」とか「孤独」とかどこ行ったんだよ!!)))
ハンスの声なき心の叫びが轟くのだった。
2. 副官ハンスの「地獄の定点観測」
廊下では、ハンスが胃薬の瓶を握りしめ、虚空を見つめていた。
「……あー、また始まった。あの『呼吸の仕方を忘れる』っていうセリフ、三年前の辺境伯との交渉で相手を揺さぶる時に使ってたやつですよ。それを新妻に使うか、普通。……しかも、あの夫人、なんであんなに信じ切った顔で『よしよし』してるんだ……」
浴室から聞こえてくる水音と、その後の甘い吐息。 ハンスは羽ペンを握りしめ、ぐちゃぐちゃになった「国家存亡の危機(私情)」の隠蔽報告書を書き直す。
「……救国の英雄、ね。国民がこの寝室の声を聞いたら、今すぐ革命が起きますよ。……ああ、神様。俺、来世では、もう少しマシな上司か、あるいはこれくらいチョロい可愛いお嫁さんをください。……いや、あそこまでチョロいと心配で夜も眠れねえな……」
今日もハンスに安眠は与えられないようだった。




