母の業
8話 『母の業』
乱暴な足音で戻った守に、何事かと驚く多恵と妖精のとき。
びっくりした~とパタパタ飛びながら、パンチやキックのまねごとをしている。
守には見えてないけど。
「姉ちゃん一大事だよ。沢村さんのミモザが大変なんだよ」
「なによ~今更、そう言ってるじゃない」
やりかけの書類に目を戻した。
「違うんだよ。死人が出たんだよ!」
「えっ、どういう事?」
守は店長から聞いた通りに説明した。
「なんてこと……気の毒すぎる……
でも、アナフィラキシーショック……ミモザで?」
たしかにアレルギーが出る人もいるし、
妊娠していれば、体も……
頭の辺りを飛んでいたときが、
”タエ、落ち着いて!ミモザだけってことは無いよ”
「うん、そうだね」
「おいおい、どこ見て話してるんだよ。ハエでもいるのか。
それで終わりじゃないんだよ。この話を聞いてた人が母親みたいで、
買い物かごぶん投げて行っちゃったんだよ」
「どこに?」
「沢村さんち!だから急いで帰って来たんだよ」
なんてことだ。多恵は書類をぎゅっと握りしめていた。
少しでも剪定できていれば、花粉も少なくできたのに……。
立ちはだかる沢村さん。あれほど執着するって、なんだろう。
シャラ。ときも腑に落ちたようで、
”きっと、重くって支えきれなくなってる……タエ、根を見てあげて”
そうだ。私にも出来ることがある。力をこめて立ち上がる。
「分かった。守、行こう」
バス停の前の家は、嫌でも目に入った。
季節ごとに花が咲き、手入れの行き届いた庭。
アパート暮らしの幸子にとって、それは別世界だった。
同じ人間でも、同じじゃない。比べちゃいけない。自分は自分──そう言い聞かせてきた。
それでも、通るたびに目に入る。
見えなければ知らずに済んだのに。
自然と、暮らしの豊かさが目に映る。嫉妬ほどむなしいものはない。
一人で育てると決めたとき、心に誓った。
多くを求めず、この子さえいれば生きていけると。
──なのに、奪われた。
たったひとつの、ささやかな幸せを。
義母の幸子は、作業棚に立て掛けてあったスコップを手に取ると、
そのまま一直線にミモザへ向かった。
「こん畜生!お前のせいで、美穂が……!」
幸子は叫びながら、ミモザの枝や花をスコップで叩いた。
物音に気付き、沢村が出て来て、やめてと叫びながら、幸子に覆いかぶさる。
幸子はかぼそい沢村を簡単に振りはらい倒すが、すぐに起き上がり、やめてっとしがみつく。
「こいつのせいで美穂は死んだ!」
「こいつのせいで優太は……こん畜生!」
「何を言ってるのか分かりません!警察呼びますよ!」
沢村には、気がふれた人が暴れているとしか思えない。
「誰かー助けてー!」
「その木から離れて!」
幸子はスコップを思いっきり振りまわし、沢村をはらい倒す。
沢村も必死で助けを叫びながら、幸子を抑えようとしがみつく。
幸子は何度もスコップを振り下ろした。
地面はミモザの花びらで黄色く染まり、折れた枝があちこちに散らばった。
「もうやめて!」
「返してよ……あの子を……」
スコップを握る手が震えていた。
沢村が絶叫しながら体当たりをし、スコップを落とした幸子ともみ合いになった。
「やめなさい!」
新門蓮子が叫び、柳隼人が二人を引き離した。
同時に、多恵と守が到着した。
多恵はボロボロになったミモザに駆け寄り、
転がっていたスコップを、根元の土にザックっと差し込んだ。
新門蓮子に抑えられていた沢村は、多恵を見て崩れ落ちた。
「どうして……そっとしておいてくれないの」
力尽きた沢村の嗚咽だけが、風に混じって揺れていた。
つづき




