風と救急車
6話「風と救急車」
牟田美穂21歳 一年前に14歳年上の優太と結婚した。
優太はバイト先の店長で、口数は少ない優しいだけが取り柄のような人だ。
美穂は幼い頃、両親の離婚で父親に引き取られたが、
すぐに再婚し、継母とうまくいかず、施設で育った。
そのため家庭へのあこがれが強かった。
35歳の優太も子供の頃、両親が離婚し、母親と二人暮らし。
頑張り屋の母は淋しい思いもさせず育ててくれたが、
やはり自分がもつ家庭には理想が高くなった。
美穂は見た目、アイドルのように、顔が小さく、首もほっそりしているが、
控えめで、余計な事もいわず、淡々と仕事をする子だった。
お互いが自然と思いをよせるのに時間はかからなかった。
美穂は幸せだった。
初めて安定した暮らしに身を置いている。
生活が決して楽なわけではないが、優しさに包まれた日々を送れていた。
料理上手な義母は、
「しゃれたものは作れないわよ」と肉じゃがや煮魚を出してくれた。
それが一番うれしかった。
田舎があったらこんな感じなのかなと思えたりもした。
美穂はもともと喘息やアレルギーがあり、春先は体調が悪いが、
今年はやけに辛く検査をすると、結果は妊娠。
優太はとても喜んで、
「食事会で発表しよう!母さん驚くぞ、それまで内緒な!
二週間後かぁ、俺、我慢できるかな」
病院からは、今年は花粉も多く、つわりとアレルギーで免疫が落ちてるから、
出掛ける時は必ずマスク。できれば、外出は控えた方がいいと言われていた。
その日はとても風が強く、バスから降りた途端、物凄い突風で思わずガードレールに掴まった。
バスが走り去ると、再び強い風が吹く。目にゴミが入り、細めた視界は霞んでいた。
この日は黄砂やpm2.5も多いと天気予報が告げていた。
「マスク……忘れちゃった」
風の中にかすかなバラの香りを感じた。
バス停の目の前の家には、見事に咲き誇ったミモザが、風で大きく揺れている。
”家着いたら、シャワー貸してもらおう”
”優太が来るまで、横にさせてもらおう”
体に纏わりついた花粉が不快でたまらない。
いつも優太は仕事帰りに合流で、美穂は手伝いで一足先に行っている。
早く家に着きたいのに、一歩が重く、思うように動けない。
まぶたが腫れてきたのか、視界が狭い。
風の音が遠ざかり……
優太の嬉しそうな顔が浮かぶ。
テーブルには大好きな、肉じゃがやポテトサラダ。
「……ゆう……た」
風で転がった品物を片付けていた店員が、慌ただしく駆け寄り、
「店長!!大変です。人が倒れています」
スーパーの店長が付き添い、美穂は救急車で運ばれて行った。
つづく




