ミモザ
第5話「ミモザ」
守が運転する車で、新しく依頼された庭を見に行く。
一戸建てに一人で住む、69歳の女性──沢村昭子さん。
「どんな庭なのかしら。たのしみ」
「もう庭じまいしたいって。ミモザだけは残すって話だよ」
「はぁ、最近増えてるね」
多恵は一気に気分が重くなる。正直、さみしい。
それでも、草取りや庭の手入れを一人で続けるのは大変だ。
「なんとか、手間がかからないように……できたらなぁ」
車道沿いの駐車場に車を止め、門のインターフォンを押す。
「ガーデニングの依頼を頂きました、クローバーの一色です」
ガチャ、と音がして鍵が開いた。
多恵と守は目を合わせて小声で、
「すげー」
スロープを上がると、白髪を上品にまとめた女性が待っていた。
「あなたが対応くださった方ね。社長さんでいいのかしら?」
守が軽く多恵の背を押す。
「あっ、すみません。社長の一色です」
「弟で補佐の一色守です。一つ違いなんです」
「そう、姉弟仲が良くっていいわね。じゃあ庭を見てもらいましょう」
庭の入り口には、赤いつぼみをつけたバラのアーチ。
奥様をイメージして作られたようで、どこかぴったりだった。
「夫が去年亡くなりましてね。晩年は庭もできず、こんなに荒れてしまいました」
「お悔やみ申し上げます。この広さは大変でしたね」
守が大人の対応をしている横で、多恵はしゃがみこんだ。
「オーこれは、瑠璃球アザミ! もうすぐ咲きますね」
「コンボルブルスも見事にカーペットしてる」
守は苦笑いしながら、
「お気になさらず、社長はすでにデザインに取り掛かっています」
そしてふと顔を上げると、庭の奥に存在感のある一本の木があった。
ミモザ──淡い光を浴びて、枝を揺らしている。
引き寄せられるように歩き出したとき、
「あっ」
突然、奥さんの声。
「ミモザだけは私がやります。構わないでください」
守が確認する。
「そうすると、ミモザ中心に庭を整える感じでしょうか?」
「正直いうと、ミモザ以外はいらないんです」
静かで、迷いのない声。
その目は一本の木だけをまっすぐ見つめていた。
「えっ……でも、これも、それも、もうすぐ花が……」
思わず食い下がる多恵に、奥さんは小さく首を振る。
「もう、すっきりしたいので」
多恵は拳をぎゅっと握った。
胸の奥で、言葉にならないざわつきが広がる。
守が穏やかに声をかけた。
「では、詳しくお話をお聞かせください」
庭から離れたくなかったが、守に手招きされ、
多恵はしぶしぶあとを追った。
「余計なこと言うなよ」
通された部屋は、驚くほど物がなかった。切り花すらない。
今の庭とは対照的に、整いすぎている。
家というのは、不思議なものだ。外見と中身、どちらもその人を映す。
「では、ミモザ周辺はそのままにして、
あとは石畳やウッドチップで整えれば、手間もかからず、見栄えも損ないません」
守の柔らかな口調に、昭子の表情が少し緩んだ。
見積もりとメンテナンス契約も、すんなり決まった。
車に乗り込むと、守が言った。
「とりあえず、沢村さんも多少は残してくれたんだし、気持ちよく作業してくれよ」
「はいはい、分かってますよ~」
ときは多恵の周波数にある残像から、庭の状態を感じ取ることができる。
初見の際は、ときのアドバイスを聞くことにしている。
ミモザが気になると言う。
「でも、構わないでほしいって」
それからの作業中、奥様はずっとミモザの下に座っていた。
大きく育ち、もう何年も剪定されていない。
近くで見たいのに、守に止められている。
遠目で見つけては、ときに報告し、
また別の枝を見つけては相談して……結局何もできないまま、作業は終わった。
沢村さんは、こざっぱりとした庭を見て、満足そうに微笑んだ。
「あの、つかぬことを伺いますが──あのバラは奥様が?」
「バラは主人が。私に似てると」
「私もそう思ってました」
「人は見たいようにしか、見ないものですね」
「……」
少しミモザの話につなげようとしたが、あっさり切られてしまった。
それにしても、あの言葉、何を言いたかったんだろう。
(私変な事言っちゃった?)
半年後のメンテでまた伺う挨拶をして、二人は車を出した。
つづく




