涙と出会い
第4話 「涙と出会い」
多恵は脱ぎ散らかした靴のまま、1階奥の自分の部屋になだれ込んだ。
床にボタボタと涙が落ちた。
「ごめんね、ときちゃん。私……何もできなかった」
そう、初めて会った日も、多恵は植木鉢を抱え、大粒の涙を流していた。
お母さんと多恵は、植木鉢を見つめていた。
発芽後どんどんしおれて、最後の一つもぺしゃっと土にくっついている。
「死んじゃったね」
その言葉が多恵の心に刺さった。
うわー!っと大きな声を出し、泣きだした。
「どうしたの?」
驚いた守がやってきた。
お母さんは背をなでながら、今度は苗から育ててみようと慰めていた。
死んじゃったーと泣きじゃくる多恵。
お母さんは守に目で合図し、部屋を出た。
「ごめんね あんなに種ができたのに」
シャラ~ン。鈴の音がした。
「タエ……泣かないで……」
シャラ~ン。
「悲しまないで……タエ、こっちを向いて……」
あれ……頭の中で声が。
腫れたまぶたを、濡れたまつ毛で持ち上げて、うっすらと開いた目に映ったのは、
白いワンピースに紫のフリル、透けるような薄緑色の羽根をつけた妖精だった。
動くたび、鈴の音を鳴らしている。
「えっ」
涙を手で拭い、深呼吸し、しっかり目を開けてみる。
「やっと会えたね、タエ」
「えー!!」
「私は花の妖精よ。いつも話しかけてくれてありがとう」
多恵が育てたトルコキキョウそのままだった。
いつも多恵はこう呼んでいた。
「ときちゃんだ……」
シャラ~ン。パタパタと顔の周りを飛び回り、
「タエ、そろそろ説明してよ」
顔を上げ、幼さの残るしぐさで涙をぬぐい、一度深く息を吸うと――
「昔何度か話したことある新門さん、覚えてるかな?」
「あ~、”のろま”って呼ぶ人ね」
苦笑いした多恵は、子供の頃、みんなの話を理解するのに時間がかかった。
でも新門さんの言葉は短くて、はっきりしていて、分かりやすかった。
だからよくときちゃんに話していた。
日直当番が一緒になった時、黒板を拭いていると、
「のろま!」と言うなりガシガシ拭き終えてしまったり。
体育で校庭を走っていると、誰かが「あいつ歩いてるんじゃねー」とからかい出す。
“のろま! のろま!”とみんな手を叩いて囃し立てた。
いきなり手をつかまれ、強く引っ張られた。
新門さんが手を引いて走っている。
“えー転ぶ~”と思う間に、ゴールしていた。
「どん亀!」
蓮子はさっさと戻っていった。
あだ名はどん亀に変わった。
多恵にとって、友達と手をつなぎ、一緒に走ったことが嬉しかった。
「新門さんに会ったの! お巡りさんになってた」
「えっ、どうしてお巡りさん?」
「誰かが通報したんだって。私と沢村さんがもめてたから」
「ミモザ見に行くだけで、どうして警察沙汰?」
「だって、ときちゃんが“危ない”って言ったから」
「そぉ~っと見てくれば良いだけでしょ」
「スコップで掘って、根を見たくて……
そしたらすごい勢いで叫びながら出てきて、スコップ取ろうとするから……」
パタパタ飛んでいたときちゃんは、スーッと前髪をなで、テーブルの端に静かに座った。
「揉み合ってて、ミモザにぶつかると、揺れが大きい。確実に弱ってる」
ときは、沢村の行動に違和感を覚えた。
「それでね、男性警察官の柳さんに、ときちゃんのこと話したの」
ときの身体がふわりと浮いた。
「えー! 言ったの? 絶対信じないよ」
「“はっ?”って顔して、“もう来るな”って」
シャラ……
(でも……私のこと話すの、守以外では初めて)
シャラ……
ときは目を細め、まじまじと顔を見てから、
多恵の髪に顔を寄せて、匂いを確かめた。いつもの香りだった。
パッと離れ、気を取り戻して、ときは伝えた。
「タエ、沢村さんって、花を好きな人じゃないよ」
そうだ、あの打ち合わせの時も。
広い部屋に切り花一本なかったし、ミモザ以外いらないって――。
つづく




