時を越える騙されやすいスパイ
彼の名は誰も知らない。暗号名はただパージュと呼ばれる。
任務は単純だった。敵国が極秘裏に開発したタイムマシンに潜入し、その機能を奪い取ること。
だが、問題が一つ。
パージュは致命的にだまされやすい。
カード詐欺、振り込め詐欺、クーポン詐欺……訓練期間中だけでも六回は引っかかった。上層部は「逆に目立たないだろう」と妙な理屈で彼を送り込んだ。
第一の時間‥。
マシンの中で彼を迎えたのは、親切そうな情報屋だった。
「未来で君は勝利する。ただし、この暗号文を持っていけ」
パージュは即座に信じ、任務報告として持ち帰った。だがそれは敵が仕掛けた嘘。暗号は存在しない軍の位置を示し、味方は大混乱。
怒り狂った上層部は、タイムマシンを逆利用することにした。
「過去に戻ってやり直せ。今度こそ、騙されるな」
第二の時間‥。
過去に戻ったパージュを出迎えたのはなんと未来の自分。
「心配するな。俺はお前だ。信じろ。このルートを選べば成功する」
パージュは即座に信じた。だがそれも罠。未来の自分もまた、さらに未来の自分に騙されていたのだ。
スパイ活動は芋づる式に失敗を繰り返し、世界線はねじれ、彼の履歴は「失敗の多重奏」となった。
第三の時間‥。
あるとき、ふと気づいた。
このタイムマシン、本当に存在しているのか?
壁は金属に見えるが、指で叩けば空洞の響き。窓に映る景色は映像めいている。
「おや……私はただ机に座らされ、幻を見せられているのではないか?」
そう悟った瞬間、世界がぐにゃりと溶け、また同じ任務開始時に戻った。
最終の時間‥。
何度も騙され、嘲笑され、利用され続けたパージュ。
しかし、敵は決して彼を処刑しなかった。理由は簡単。
「騙されやすい者ほど、疑われにくい」
誰もが彼を愚か者と侮った。だからこそ、彼は敵の中枢にまで平然と立ち入ることができた。
最終局面。敵将の前で彼はこう言った。
「また騙されに来ました」
その一言と共に起爆装置を置き、微笑んだ。
光と影が絡み合う刹那、パージュの運命は無数の時間軸に拡散した。
彼が本当に任務を成功させたのか、それとも永遠に幻影の輪をさまよっているだけなのか‥。
ただ一つだけ確かなのは、彼のだまされやすさこそが、時間を越える最強の武器だったということだ。




