結界術
カキィィィン
何か硬いものが弾かれる音に驚いて目を開けた。
刀が謎の半透明の膜みたいな物に弾かれている。
「ふぅ。間に合って良かったわ」
いつの間にか後ろにメモ帳を持った高橋さんが立っていた。一枚だけページが破れ落ちて、ひとりでに燃え尽きていく。
同時にお屋敷に入った時のように、視界が一瞬暗くなったかと思うと私達は物置の外にいた。
あたりは普段の公園。お屋敷も武士も少年も全部幻のように消えていて、若者達は少し離れた所に無事に座っているのが見えた。
「あ、ありがとう。今のは高橋さんの能力?」
「いいえ。私は特別な能力なんて無い凡人よ。このメモ帳に書いた術式で結界を発動させただけ」
「えぇ!? すごい!」
「すごくないわよ。誰にでも出来る事しか出来ないんだもの。霊力が少ないから出来る事は少ないしね。私には明里や山本さんのように特別な事は出来ないわ。ま、そんな事よりこの刀は回収しとこうかしら」
「なんで回収するの?」
「こういうのは特別な力を持っている事もあるし、霊力を帯びているから超常存在相手には便利なのよ。あとこうして物品の一部が事件を解決してもその場に残る事があるの。それを一般人が勝手に拾ってしまっても困るから、しっかりチェックして回収義務があるのよ」
「それに報奨金が出るんよ! 物によっては報奨金が出ぇへん代わりに売る事も許されとるしね! 今晩は焼肉やー! 霊力やら能力使ってカロリーは減ったし実質0カロリー!」
「今は深夜よ? でもまぁ、お腹を空かせたままも良くないし今日はチートデーにしましょうか」
「やったー!」
まだ少し張り詰めていた空気が穏やかになる。初めて他人と来た心霊スポット。1人の時とは色んな意味で全然違ったけど……正直、楽しかったな。終わったからこそ、そう思えるんだろうけど。
あっそうだ。ある事を思い出した私は若者達に聞こえないよう高橋さんに話しかけた。
「ねぇ、あの人達の目の前で色々やっちゃったけど大丈夫? 秘密なんでしょ?」
「ううん大丈夫。さっき白い球を飲ませたの覚えてる? あれを飲むと後から飲んだ時間の前後の記憶にモヤがかかったり、幻覚が追加されたりするの。今は彼らもハッキリ覚えていてビックリしてるけど、しばらくしたら互いの記憶に多少の違いが現れて話も合わず、今夜の事は夢だったと思うはずよ」
「えっ、それってもしかしなくても危ないクスリじゃ……」
「ち、違うわよ! 中毒性とか無いから!」
そんな話をしているうちに、いつの間にか制服を着た警察官が数人やってきた。
「すみませーん。ここで何をされているんですか?」
「た、高橋さん警察ですよ警察! きっと怪しいクスリがバレたんだよ! このまま捕まって一生を牢屋の中で終えるんだ〜! きっと今日見てるこれが最後に見た月になるんだよ」
「そんな慌てなくても合法だってば。妄想力豊かね……彼らは私が呼んだのよ」
そう言うと高橋さんが職員証を取り出して警察に見せる。
「その職員証……あなたが私達を呼ばれたのですね。ではあそこの若者達が今回の被害者という訳ですか?」
「高橋さん、この人達は事情を知ってるんの?」
「おや、見ない顔ですねぇ。新人さんですか? 私達は警察庁超常課から派遣されてきた者ですから安心してください。事情はさっき電話で聞いています。それじゃあ彼らを連行しておきますね」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
2人がペコリとお辞儀をしているのを見て、私も慌てて頭を下げる。へぇ〜警察にもそういう部署があるんだ。そういえば前に色んな省庁に支部があるって聞いた気もする。
「基本的に一般人が巻き込まれたら、あの人達を呼ぶ事が決まりなの。後で事情聴取という形でしっかり記憶が曖昧になっているのを確認してくれるのよ。そしたら化学薬品が漏れた事故とか適当に説明して解放。他にも通行規制やら何やらで火消し役になってくれるわ」
「おーありがたい。あれ? 私の時は? 何も無かったけど」
「あの時はうっかりミスよ。明里がああなったから慌てて通報し忘れちゃって。結果から考えると腕に力があるから白い球……幻覚剤を使っても仕方なかったけど」
「やっぱり幻覚剤なの!?」
「良いじゃん中毒性も無いんだし! そ、そんな事よりお店閉まっちゃう前にご飯行こ!」
「はいよ! 餃子2人前、唐揚げ、半チャーハン2つと豚骨ラーメン大盛り出来上がり!」
結局焼肉屋は閉まっちゃってたから、私達は近くでまだ営業していた中華料理屋さんに来ていた。
「あ、あの、半チャーハンは……私、です」
「はーい! 私も半チャーハンです!」
つ、つい挙動不審が。普段外食店なんて1人で来ないから……ていうか友達と来るのもここ数年で初めてかも。
にしても焼肉を食べられないと知った時はあんなに落ち込んでたのに、結局明里ちゃんが1番はしゃいでるじゃん。
「えーと……残りはどこに置けば良いですか?」
「ここにお願いします」
「は、はい! 分かりました!」
高橋さんの前にだけずらっと料理が並ぶ。
「ん? 山本さん、こっち見てどうしたの? 確かに多いけど、これくらいなら普通の量だと思うけど」
「え? あ、ううん! そ、そうだよね。サラリーマンの男の人とかだとそんな定食食べてるの見るし」
でも今は日が変わる直前なんだけどなぁ……。深夜に食べれる量じゃない気がする。ここに来る前に部室でも何か食べてるの見たし。
ま、まぁいいや。
「そういえば隠れんぼの時に鬼を捕まえないといけないって言われた時ビックリしちゃったね。元の話と完全に同じじゃないって言ってもなんだかズルされた気分だよ」
「え? 隠れんぼの時に鬼を捕まえないといけないって普通のルールちゃうかった?」
「うん。私もそうだったわよ? 逆に見つけるだけって簡単すぎない?」
「えぇ!? あれって私の地域だけ? 見つけたら終わりだったんだけど。意外と頑張って隠れると見つからないもんだよぉ」
「まじか」
もう、話に夢中で全然ご飯が進まないなぁ。でもいつもより美味しい気がする。
「あ、そうだ。さっき写真撮ったじゃん? 活動証明用に。せっかくだし確認してみようよ」
「良いわね。私にも見せて」
明里ちゃんのスマホに写った私達の写真を見る。街灯の下で撮ったから夜だけどちゃんと写ってるね。
3人とも楽しそうに笑ってる。明里ちゃんの幽霊っぽい変顔に少し笑っちゃった。気に入ってしばらく見てると、ふと変な事に気づいた。
「あれ? 明里ちゃんの肩に誰かの手が写ってない?」
「え、これ山本さんのだと思ったけど……」
「私、そんな事してないよ……。た、多分あの隠れんぼの少年が写ったんじゃない? でももう消えたから安心だよ」
私がそう言うと明里ちゃんは首を振った。
「この写真撮ったのって警察の人に刀とか引き渡した後の帰り道やで。もう全て解決した後や」
「でもあの後に計測器を使って数値は正常だと確かめたわ……異界由来のものは何も無いわ……」
「つまりこの写真は……異界の物じゃなくて、本、物のいわゆる、幽霊……あれ?」
思わず声が震える。もう一度視線を写真に戻したら手なんて写ってなくて、なんの変哲も無い私たちだけの写真がスマホの画面には写されていた。
「み、見間違いだったのかな! アハハ……」
「そうね。きっと疲れたのよ。私たちも、これを食べたら早く帰って寝た方が良さそうね、ははは……」
「ね、ねぇ。不安だったら公園までまだ近いし一応写真は消して、もう一度撮りに戻るってのは」
「「絶対いや!!!」」
だよねー。
私はグループラインに送られた写真を、そっと新しく作ったアルバムに保存した。これは私がみんなと初めて仕事をやり遂げた証。いつか思い出したくなる日が来ると思うから。
午後にもう1話投稿します。夕方ごろの予定です。