森峰様
「いいんじゃない? ああいう所は定期的に扉が開くから場所によっては、簡単なお祓いだけでパトロール手当てが出るし」
「つまり何もしなくてもお金が貰えるん? じゃあ私も賛成! 良いアイデアくれてありがとう優香ちゃん!」
喜んでくれているのを見ると、勇気を出して言ってみて良かったって思う。
「あんた、何もしないでお金が欲しいわけ?」
「えぇ!? それって人類の共通の夢やないん!? だってーめんどくさいやん」
「そこまで堂々と言えるのは明里だけよ……まぁ別に被害者が出るわけでも無いし、初回の山本さんにとっても安全じゃないかしら。山本さんもそれでいい?」
「うん! 私も平和な方がいいし。今から行くなら近場に良い場所知ってるよ」
「山本さんナイス。えっと……そこはしばらく手入れされていないから手当て給付対象箇所になってるわ。アクセス悪そうだしシェアカーでも借りておくわね。どうせ経費として申請できるし」
部室の鍵を返して車に乗り込む。これが初めての超常課での仕事。そう考えるとパトロールだけで良かったかも。
「2人ともシートベルトは締めた? 明里は道案内お願い」
そう言ってエンジンをかけた瞬間に高橋さんの表情が歪み始める。音がつくならビキビキっていう音が似合いそうな感じ。
「ストップストップ! ゆっくり安全運転でお願い!」
「い、いけない。つい癖で」
今回はなんとか出発前で良かった……。
「そういえば幽霊とかが実在するんだよね。だったら私達も死んだら幽霊になっちゃうのかな。私ちょっと不安になってきたかも」
「そこは大丈夫! 出てくるのは心霊スポットとしてのイメージや、そこに残された思念に影響されて開いた扉から出てきた別物が大半っていう説が有力なんよ〜。式神とか人工的な物は私達の世界由来のものだし例外はあるんやけどね。」
「明里ちゃん詳しいね」
「ふっふ〜。私もちゃんと勉強してるんよ〜」
「でも怪談話とかだと元になった事件とかに影響されたとしか思えない幽霊ばかりじゃない? 例えば刃物で殺された人の霊は刃物を使って同じやり方で人に襲いかかったりとか。あれはなんでなの?」
「あぁあれはね……そこに思念が生まれるやん? それで……扉が……できて……なんやかんやで似るんよ!」
「その説明でよくドヤ顔が出来るわね……。それは扉から出てくる存在はその思念に影響を受けて似るからよ。それか似たやつが選ばれて出てくるのか。どっちかはハッキリしていないわ。ただ似ているだけで同じ存在ではないから見た目が変わったり、何から影響を受けたかよく分からない能力を持っているから事前情報の信じすぎには注意が必要ね」
「そうなんだ。じゃあ私が前に会った黒い化け物も何かの影響を受けていたの?」
「えぇ。あれは超常存在ではなく作り話が元だけどね。少し前から地元の学生達の間でこういう話が広がっていたの」
”ねぇねぇ知ってる? トンネルのまるまる様の噂。トンネルが出来る前は、あの土地には古い井戸と小さな神社があったんだって。その井戸は昔から飢饉の時は生け贄の子供を捧げるのに使われていたらしくて、その子達の怒りを鎮めるために神社を建立したらしいの。
そこに祀られていたのがまるまる様。でも生け贄の文化はそのうち無くなって、いつしか誰も神社の手入れをしなくなって……その子達は忘れ去られていっちゃったの。すごく悲しかったんだろうね。
だから誰かがその名前を呼ぶと喜びのあまり、その人を高速でどこまでも追いかけて連れていっちゃうらしいよ。それでみんなは名前を呼ばないようにまるまる様って呼んでいるの。え? 名前を知りたい? それは――“
「というのが噂の内容よ。SNSを通じて友達同士でどんどん広まっちゃったって訳。でも調査の結果あそこにそんな風習もなければ、神社も井戸もなくて元は普通の山道だったらしいわ。人の心理に影響して扉は開くから、必ずしも実話である必要はないという良い例ね」
「へー、もみじは物知りやねぇ」
「あんたも一緒に説明聞いたでしょ。なんで忘れているのよ……」
「高橋さん、それにしてはあの化け物は4本足でとても人間には見えなかったけど?」
「さっきも言ったとおり、あいつらは話に影響されるだけ。容姿に関しては言及されてないから影響を受けなかったのか、普通にたまたま似なかったのか。同じように噂ではまるまる様は連れていくだけだったのに、山本さんの腕の力を考えると怪力という能力を持っていたみたいだしね。風の力は、おおかた風で自分を押して高速移動に使っていたんだと思うわ。知らんけど」
「そう聞くと結構違うんだね」
「えぇ。どれだけ似てるかはケースバイケースね。そっくりだったり、たまに全然違ったり。とりあえずあまり元になった話や事件を信じすぎると逆に危険だって事を伝えたかったの。まぁ明里みたいに全く聞いてないのも問題だけど……」
「ちゃんと聞いてましたー! 私は過去にとらわれない人間、解決した事件の事はどんどん忘れて前だけを向いてるねん!」
「ものは言いようね。あら、もうすぐ着くわよ」
駐車した場所は山中にある公園。近くにあるハイキング道を通る観光客が来る事を期待して作られたらしかったものの、絶妙に遠い場所にあるせいで今は人があまり来てないみたい。
もう暗い時間だしシーンとしていた。
「誰もいないみたいだし、これ証拠の写真だけ撮って完了報告しちゃったらどうなるんやろ? バレるんかな」
「ちょっと! 明里、そんな事して誰かが被害にあったらどうするの?」
「き、気になって聞いてみただけやって! やだなーもう、今まで私がサボった事なんて、あっ……」
この反応……サボった事あるのかな。まぁ最初の超常存在に会った時は自分も危険な状態で私を逃がそうとしてくれたし本当に聞いてみただけ……だと信じたい。
「それに私達だけって訳でも無いみたいよ。あれを見て」
高橋さんがスマホのライトを向けると駐車場の奥の方に軽自動車が止まっているのが見えた。
「あちゃー。肝試しかなぁ。あの人達を探しながら行こかー。一応今のところ周りに異常は無いみたいやで」
一瞬青い目の能力を使った明里ちゃんがそう言う。便利だなぁあれ。
「ありがとう明里ちゃん。その力をずっと使っていれば安全なんじゃないの?」
「力ってこの“霊視”のこと? これも優香ちゃんのと同じようにずっと使っているとすぐ疲れちゃって、目がすごく痛くなっってまうねん。だから一瞬使って休憩してって感じで使うしか無いんよー。ほら」
そう言って明里ちゃんはチカチカと、青目と普通の目に交互に切り替えて遊び始めた。
「おぉ。ちょっとカッコいいかも」
「え? そう? ほら、こんな事も出来るでー」
明里ちゃんは得意げな顔になると、さらに高速で切り替え始める。そして20回ほど切り替えると……
「いたたた! 調子に乗りすぎた」
「ご、ごめんね。私が変な事言ったばかりに」
「気にせんで。10秒もすれば治るから」
「上限を忘れるとか、あんたってマジで……。何があるか分からないんだから、あんま危険視を無駄遣いしない方がいいわよ」
「そういえばパトロールって歩くだけで良いの?」
「基本的にはそうね。後は時たま計測器で周りの数値を測るだけ。特に異常が無ければ、証拠の写真だけ撮って計測器の数値を報告すれば問題ないわ。数値がすごく高ければ、いつ扉が開くか分からないっていう事だからすぐに連絡。自分達でわざと扉を開くか他の人に任せるかは自由よ。2人とも少し止まって。ちょうど良いしここで数値を測っておくわ」
周りは真っ暗。聞こえるのは近くの池に流れ込む水の音と、私たちの話し声だけ。
これだけ見るとなんだか休日に友達と遊びに来てるみたいな……みたいな……。
よく考えたらこんな状況って何年ぶり!? 緊張してきた。私何か変じゃないかな。
今日もっと良い服着てくれば良かったかも。髪型ももっと気合い入れて……。
「山本さんどうしたの? なんか急に慌てて大丈夫?」
「エ、イヤ、ナンデモナイヨー」
「元気ないん? これでもどう? 甘くて美味しいで!」
「明里ちゃんありが……ってそれ花じゃん! 美味しいって花の蜜の事!? え、遠慮しとこうかな」
「変なの食べて病気になっても知らないわよ……ごめん、ちょっと待って」
そう言うと高橋さんはあの計測器を取り出した。しばらくして顔色が変わる。
「数値が100以上……急いで車に乗ってた人たちを探すわよ。近くで扉が開いたわ」