ようこそ超常課へ
顔芸で抗議する明里ちゃんを無視して高橋さんは話を続ける。
「さっきこういう超常現象の多くは自然発生的なものって教えたでしょ? 理由は今は置いておいて、ザックリ説明するとそういうのっていわゆる“出そうな所”に発生する事が多いの」
「それで肝試しだったり、少人数で巻き込まれちゃう場合が多いんよー。私達がやってる仕事はそういう人達を助けたり、その影響から遠ざけたりする事。昨日私があんな所にいたのもそれが理由やで。もちろん街に出た時も私達の出番やけど」
「山本さん、さっき明里から聞いたんだけど、あの日ツチノコ探しに行ってたんだって? ツチノコは見られるか分からないけど他では出来ない体験は出来るし、やりがいだってある。私が言うのもなんだけど山本さんにはピッタリの良い仕事だと思うわ。山本さんみたいに力を手に入れられるには素質が必要なの。誰にでも出来る事じゃないわ」
高橋さんが言う事は分かる。正直すごく惹かれている。ただここ数日色んな不思議な事を見たせいで満足した私は少し冷静になってきていた。
そりゃ今までの生活はつまらなくはあったけど……私は何も変化が無い今までの生活もある意味快適には感じていた。それにこんな仕事は危険すぎる。
オカルトは好きだし、確かにこの数日はすっごくワクワクしたけど……今まで通り趣味で続けたって、きっと私は満足できる。
一歩を踏み出す勇気はないくせに、言い訳だけは得意な私の心がいつものようにスラスラと断る理由をあげだす。
「ごめん、興味はあるけど……私は」
それらしい理由をつけては、もう人生で何回目か分からないお断りをしようとしたら明里ちゃんがそれを遮った。
「えー! 優香ちゃんやらんの? きっと楽しいよ!」
「ちょっと明里! これは大事な事なんだから」
「あ、そうだよね。ごめんごめん。せっかく一緒に仕事が出来る友達が出来そうだったから思わず。大変な仕事だし自分でしっかり決めてな〜」
「友達……私が?」
「え! ちゃうん!? もしかして私の片思い!? 何日か一緒に過ごして笑って、ついでに命も預けあって、もう私は完全に友達だと思ってたよ!」
「片方は気絶して命を預かってもらってただけな気がするけど……」
「ちょっと、もみじ酷いよ~」
「ごめんごめん冗談よ。でも私だってもう友達だと思ってたし、ちょっと寂しいかな」
そっか。私、忘れてた。友達ってこうやって作る、いや出来ていくものなんだっけ。私は気楽に1人で暮らすのが好き。そう思ってた。でも、それならなんで今嬉しいって思ったんだろ。
友達と写真を撮ったり、どこかに行ったり。私には関係ないと思っていた、インターネットの向こう側にあるそんなキラキラした世界。少し憧れる事はあるけど、同時に疲れそうだとも思っていた。
なのにこの2人となら、ああいう思い出を作ってみたい。さっきの一言で生まれたそんな気持ち。怖い事や嫌な事でも頑張ってみようと思わせる、この感情。ずっと忘れていた。
さび付いていた心の天秤が徐々に傾き始める。
「それにこの仕事は完全依頼制も選べる! だから勤務したくない時は依頼を断ればいいし、報酬は知っての通り破格で案件ごとに上手くいけば一発で数万くらい余裕で稼げるから遊び放題。ついでに風通しも良くてアットホームな職場です。少しの勇気で一攫千金☆って求人募集には書いてあるわね……少なくとも最初の2つは私が保証するわ」
「ふふふっ。やっぱり何から何まで怪しいなぁ。でも分かった。私、この仕事やってみる。良いかな?」
まだまだ色々謎な事は多いけど、この2人は信じられると思う。信じてみたい。
その2人が誘ってくれてる仕事なら……きっと大丈夫。少なくとも悪意は無い。何があっても後悔しない。なぜだかそう思えた。
それはきっと無意識に受け続けていた2人の気遣いのおかげ。だったら私も素直になりたい。
2人の顔がパァッっと明るくなった。
「もちろんもちろん! これからよろしくね〜優香ちゃん!」
「私からもよろしくね山本さん。それじゃあようこそ、内閣府超常課へ」
「な、内閣府?」
「そ。ここに限らず日本中にある施設や設備のための多額の資金を用意できるのは基本的に国だけよ。仕事中は他部署と協力して呪いを使った犯罪を取り締まったり、危険な物品の押収を手伝ったりする事もあるわ。でも、ああいう危険な存在から社会を、今の普通の生活を守る事。それが私達の主目的よ」
おぉ。確かにそれはカッコいいかも。
「そう、例えば11年前の災害とかから……ね」
11年前といえば思い当たるのは1つしかない。
「でもあれは自然災害のはずじゃ……」
「そういう事になっているだけよ。あれは超常存在が原因なの。次はあんな好き勝手させない。そのためにうちに入った人も少なくないわ……」
また不安になってきたのが顔に出ちゃったのか、高橋さんは、しまったという顔をした。
もっと表情コントロール出来るようにならなきゃ。やるべき事いっぱいだよぉ。対人コミュニケーション補習勢だから……。
「まぁそんな事は滅多にないわ。基本は大事になる前に対処するだけの仕事だし、そんなに気にする必要はないから。それよりこれを渡すのを忘れてたわ」
そう言って高橋さんがカバンから取り出したのは小さなお守りみたいな物。紐部分に可愛い小さなウサギとカメのぬいぐるみが付いていた。
「あっ、違う! 山本さんのはこっち!」
高橋さんは顔を真っ赤にしながら今のお守りをカバンにしまってウサギがない同じお守りを渡してきた。
今の、高橋さんのやつだったんだ……。
「これは?」
「見ての通りお守りよ。ああいう超常存在って基本的に“扉”から出てくるの。彼らの世界と私達の世界を繋ぐ扉。それが突然目に見えない形で開いて、どこかから奴らは私達の世界に入り込んで来る」
説明の続きは明里ちゃんが引き継いだ。
「扉は結界か何かで防いでおかないと、基本どこにでも開く可能性があるで〜。でもでもですね〜すっごく開きやすくなる条件がいくつかあってな? 扉の大半はそこで開くんよ。条件は全てを満たしている必要はなくて、1つでも満たしていたら結構危なくなるねん。はい、ここでクイズです! その条件のうちの1つをあげよ。チクタクチクタク」
「えぇ〜急に言われても分かんないよ。幽霊や呪いって言うと……漫画とかでよく見るのは悪感情が集まっている所とか?」
「ブッブ〜。惜しい! 正確には感情や思念が集まったり残ったりしている所かな。別に喜びの気持ちとかも影響するよ。悪感情は強いから、その影響を受けている事が多いんやけどね」
「そうなんだ。じゃあお守りはそのため?」
「ちゃうんよ。私達が気をつけないといけないのは別の条件の方やねん。ズバリ! 彼らに対する知識や興味とか、そういう関わり、縁があればあるほど扉は開きやすくなっていきます! 私達の知識量は一般人とは比べ物にならないやん? 仕事上、当たり前だけど彼らに関心もある。だから放っておくとすぐ扉が開いちゃって……」
「開いちゃって?」
「昔は友達と食事中に化け物遭遇とか、休暇で登山中に化け物遭遇とか。果ては旅行先のお風呂場でゆっくりしてたら、気づいたら全裸で良く分からん場所で追いかけ回される事例とかもあったんよー」
怖すぎでしょ。最後の人はその状態からどうやって生還したんだろ……。
「プライベートで出てこられると大変やろ? だから基本肌身離さず持っておく事! ほら、こんな風に!」
明里ちゃんは首にかけていたお守りを外した。裏面にニコちゃんマークと“あかり”って名前が書いてある。さらにその名前を花丸で囲んでいた。
「これ自分で書いたの。いいでしょー」
みんな、そんな大事なものを自由に扱いすぎじゃないかなぁ。