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停滞アパート 3

 心地よく思えた風はなんだか生暖かく、優しかった日光はギラギラ照りつけるように感じる。


 見た目は変わってないから入った時も同じだったと思うんだけど、今はなぜか全てが不気味に思えた。

 廊下を出て、まずはすぐ隣のドアを叩く。


「聞こえる? 乃愛、聞こえたら返事して!」


 聞こえていない事は無いと思う。私が部屋にいた時も、この部屋から物音がたまに聞こえたから。

 でも返事はない。


 きっと私の声は情報としてでは無く、音としてしか聞こえていなんだろうな。

 なんとか目を覚まして貰わないと。




 その一心でドアを叩いたり、呼んだりしても返事は無かった。そろそろ30分。

 このままじゃ日が暮れちゃうよ。何が起こるか分からないけど仕方ない。私は右手に力を込めて、全力でドアを叩いた。


 バキッ


 思ったよりもあっさりと穴が空く。そのまま指を突っ込んで、穴を広げたらドアが完全に壊れてしまった。


「ゆうちゃん……?」


 部屋に入った私を見て、乃愛が初めて喋った。やっぱり外部からの情報が完全に遮断されている訳じゃないんだ!

 顔だけ私に方に向けて、玄関で寝転んでいる。


 わざわざ玄関にいるって事は、外に出ようか結構迷っていたのかもしれない。


「乃愛! 大丈夫だった?」

「まず私の心配? 珍しいね」

「当たり前じゃん?」

「なんだか懐かしいなぁ、この感覚」


 乃愛はちょっと嬉しそうに笑うと、両腕を上にあげた。


「……何これ」

「起き上がるの疲れる〜引っ張って〜」

「全くもう」


 仕方なく引っ張り上げてあげると、ますます嬉しそうに笑う。


「分かった分かった。私もここを出る……よ!?」


 そこまで言ったところで乃愛の顔がさぁっと青ざめ始める。やっと洗脳が解けたのかな。


「じゃ、じゃあ早いとこ助けにいこっか!」


 乃愛はまるで失敗を隠す子供かのように、ちょっと慌て気味に部屋を出ていった。私も急いで追いかける。

 その調子で高橋さんも部屋から出せたけども、明里ちゃんにはどれだけ呼びかけても反応が無かった。


「ねぇ! 聞こえてるんでしょ! こんな頑固になるなんて明里らしくないわよ!」


 高橋さんが呼びかけて1時間が経とうかという所で、返事だけは返ってきた。


「私はずっとここにいる。もう疲れた。私の事はほっといて帰って。もう私のやるべき事はやったでしょ。そろそろしつこい」


 私はこのセリフを言っているのが明里ちゃんだという事を信じられなかった。こんな冷たい拒絶の仕方をするなんて。


 怪力を使っても、ドアに傷一つつかない。もしかして中にいる人が、どれだけ戻って来やすいかにもよるのかな。

 今んとこドアをこじ開けられたのは乃愛と高橋さんだけで、他の被害者も無理だったし。


「高橋さん、どうする? さっき気づいたけど、こうしている間にも私達の体力は減り続けている。このままじゃ事件を解決する前に戦う事が出来なくなっちゃうかも……」


 明里ちゃんには聞こえないように、暗にもう呼びかけを続けていられないという意味を込めて質問する。

 乃愛はそれに反対せず、無言を貫いた。私達には明里ちゃんだけじゃなくて他の被害者、そして何より明里ちゃんと自分を除いた2人への責任がある。


「分かってるわよ……そうね、2人は一度外に行って職員さんに被害者達の情報を聞き出して。力づくでドアが開かない以上は説得をするしか無い。だったらその材料を集めなきゃ。私は……明里が出てくるまで、ここに残る。ごめん」

「……分かった。私こそごめん」




 外に出て情報を集めてくれている間に、確認を兼ねて職員さんにこの超常現象の報告をした。


 ・中に入ると徐々に思考力が低下する事。特に警戒心はすぐに解ける

 ・中に長くいるほど、どんどん体力が奪われ続ける

 ・ドアの破壊は基本不可能で、ドアや壁に干渉するには中にいる人自身が外に出る事への関心を示さないといけない

 ・私達3人は部屋にいる間、外の世界での負担を過剰に感じるようになり、それが安心できる部屋から出たくないと感じさせた事。おそらく他の人もそう


 それを聞いた職員さんの反応は、まさかの安堵だった。


「では中に入らなければ危険性は無いという事ですね? 中間世界が広がる予兆もありませんし、とりあえず一安心です」


 私は乃愛が前にスーパーで言ってた、「超常課にとって人助けは二の次」という意味を改めて理解する。

 この人にとって大事なのは既に巻き込まれて助けられるか分からない人よりも、今後どれだけ被害が拡大するかなんだ。


 明里ちゃんが未だ部屋から出てきて無い事を報告した時も「分かりました。残念です」と無感情に言っただけだった。


 ここはマンションも立ち並ぶような人口密集地。もしこの超常現象が移動したり、拡大する物だったら被害の大きさは今とは比べ物にならない。

 それは分かるんだけど……。いや、明里ちゃんを置いてここに来ている私達が言えた事じゃ無いか。


 とはいえ職員さんの血は赤いようで、一瞬の安堵の後は深刻そうな表情に戻って今アパートにいる人の情報を集めだした。


 しばらく待つうちに、彼ら彼女らが勤めている会社から情報が送られ始める。

 最初の1人は家族がいるみたい。帰ってこない妻を心配した夫や子供のボイスメールも会社に送られていた。


 この人に部屋は……3階だね。

 試しに一度ドアの破壊を試してみる。案の定なんの影響もない。

 今度はボイスメールを再生する。今度は反応があった。


「ゆうと? そこにいるの?」

「いいえ。これは連絡が取れないあなたを心配した家族が会社に送った物で、本人はここにいません。旦那様は、小さい子供の世話をしながらもあなたの心配で最近寝られていないそうですよ。仕事も休まれているそうです。みんなあなたの帰りを待っています」


 乃愛がすごく優しい声で呼びかける。そういえば神社の娘だったね。小さい頃から、ずっとこうやって弱った人を助けにきたんだろうな。


「でも、もう会社になんて二度と行きたくないんです。私は単身赴任中ですよ? だから迷惑なんてかけてないのに、周りは子持ち様とか言って、ずっと居心地が悪くて……」


「お気持ちは察します。でも、その同僚達にこれが見られますか?」


 乃愛がそっと一枚の画用紙を、ドアの郵便受けに入れた。さっきはこんな事出来なかったのに、今はあっさりと画用紙はドアの向こうに消えていった。


 これは職員さんが、彼女の家の近くの支部に連絡して写真を撮ってきて貰った物。それをコピーした。

 描かれているのは子供が描いた家族の幸せそうな絵と、7月21日の授業参観に来てねという文言。


「き、今日は何日ですか!?」

「今は7月20日の夕方ですね。大丈夫。間に合いますよ」


 乃愛がそう言った途端にドアが開き、30代ほどの女性が出てきた。走りながら私達にお礼を言うと、さっさとアパートの敷地から出ていった。


 結局は出口で捕まって、幻覚剤からの警察署送りは避けられないと思うけど。まぁ新幹線の終電くらいには間に合うかな。

 警察庁超常課も、幻覚剤の効果さえ確認できれば事情聴取は後にするくらいの配慮をしてくれると思う。


 次の被害者の情報を受け取りに階段を降りようとすると乃愛に止められた。


「もっと早い方法を思いついた。ゆうちゃんはここにいて、私に任せて」


乃愛は可愛くサムズアップすると、私を置いて階段を駆け降りていった。

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