赤ちゃん乃愛
大学の最寄駅に到着!
この時間なら十分授業には間に合うね。
「じゃあ私達はこっちだから、また後でね」
そう言って明里ちゃんと高橋さんは歩いて行った。授業が終わったら部室で集合の予定。せっかくだし、くらいのノリで入部した乃愛ちゃんに場所とかを教えるためだね。
2人は別の学部だから、いつもはこっからソロ活動だったんだけど今日からは2人で授業に行ける。
とはいえ同じ学部でも取ってる授業が違うため、建物の下で乃愛ちゃんともお別れなんだけど。悲しい。
しばらく無言で歩いていると、乃愛ちゃんが口を開いた。
「昨日の夜の会話、覚えてる?」
「うん。もちろん」
初めて誰かと本心から話し合った。そんな会話を忘れる訳がない。
「あれから私、ちょっと反省してさ。今までずっと受け身で、偉そうに、独りよがりに生きて来たなって」
「そこまで言わなくても。まぁ理由を考えたら、乃愛ちゃんは悪くないと思うよ。むしろ立派な方。私なんて特に何も無いのに受け身で生きてきたもん。今でもそんなに変わったとも思えないし」
「ありがとう。でもあなたは変わったよ。私に話しかけてくれたんだから。もし私だったら1人で課題をやって……時間に間に合って無かったと思う」
そう言われるとちょっと嬉しいっていうか、おもはゆいっていうか。ふふん。
「それで、私もちょっと頑張ってみようと思うの。とりあえずはこの授業で、もうちょっと周りと仲良くなってみる。だから……応援して欲しいな!」
「もちろん。頑張ってね」
「わーい。ありがとう! じゃあ後でね!」
そういうと、乃愛ちゃんは手をブンブン振り回しながら隣の建物に入っていった。
頑張ってみる、かぁ。よし。
教室に入る。今日はいつものボッチ席……よりもちょっとだけ人の多い方に座った。
この授業は毎回ちょっとしたグループワークがある。私の苦手な授業の1つ。それは今も変わらない。
「はい。それじゃあ周りの人と意見を交換してください」
とりあえず周りの人同士で集まる。10分ほどで終わるから、私含めてみんな適当に偶然近くに座っているだけの人とグループを組んだ。
「えっと……誰か、何か言いたい事はありますか?」
ここにいるのは、みんな1人で授業に参加して端っこの席に座っている人達。しばらく無言の時間が流れる。
時間が迫ってきたら、観念した誰かが一つだけ無難な案を出して終わり。それをグループの意見として発表する。それがいつもの流れ。だから……。
「あ、あにょ。すみません。私から一つ良いですか?」
私がそう言うと、みんなの視線が集まる。
「えっと、私は――だと思います」
つい早口になっちゃったし目線はあっちこっちに行っちゃったけど、なんとか言い終えた。
やっちゃったぁ……めっちゃ挙動不審じゃん。恐る恐る周りをみる。
すると予想に反して、むしろ周りの人は助かったという顔をしていた。
そして今まで毎回何も言わなかった子が初めて自分の意見を出し始める。
結局、説得力がすっごく高いその子の意見がグループ代表になっちゃったものの、その子だけは私の意見が良かったって褒めてくれた。
授業が終わって、私はウキウキで教室を出る。エレベーターを降りると、近くの壁にもたれてた乃愛ちゃんが手を振ってきた。
「おつかれ〜。早かったね」
「うん。ちょっと授業が早く終わったんだ。そっちこそ私より早いじゃん」
「今日は短め授業の後は、小テスト終わり次第帰って良いって日だったからね。一瞬で終わらせてコンビニ行ってたんだ〜。アイス食べる?」
そう言いながら2本くっついてるタイプのアイスをパキッと割ると、片方を私に差し出してきた。
モデルのような彼女がやると、それだけでも絵になるなぁ。でも顔には普段のクールさよりも、むしろ子供っぽいような笑顔を浮かべていた。
なんか仲良くなり始めの時よりも、口調ももっと陽気になってる気がする。このまま少しずつでも距離が縮まれば良いな。
「ありがとう。まだグループには返信ないから2人は授業中みたいだね。先に2人で部室行っちゃおっか」
鍵を受け取って部屋に向かう。ついでに乃愛ちゃんのサークル入会手続きもサッと済ませておく。
そうだ。歩いている途中に部室のルールだけ説明しとこ。
「当然だけど屋内だから火気厳禁。あと退室時は鍵閉めと返却、消灯の徹底。最後はエアコンの消し忘れに注意。それ以外は何しても自由だよ」
まぁ大学側が設けてる決まりで、常識に従っていれば破る事にはならない物ばかりだけど。
そう思いながら、前に明里ちゃんがアルコールランプで焼きマシュマロを作ろうとしてたのを思い出した。やっぱり今後もちゃんと説明しておこう。
ガチャ
鍵を開けて荷物を置く。持ってきた座布団に正座して、ソファのクッションを膝に乗せる。
これが私のいつもの手順。やっと気が抜けて一息ついた。
「うわぁぁぁぁぁん!! 怖かったよぉぉぉ!!!」
!?!?!?!?
そこに乃愛ちゃんが大声をあげて飛び込んできた。そのまま彼女は私の膝の上のクッションに顔を埋めながら話し始める。
「ど、どうしたの? 仲良し作戦上手くいかなかった?」
「ううん。普通に話すくらいには仲良くなれた」
「じゃあ良かったんじゃないの?」
「でもね、でもね、すごく怖かったんだもん。ずっと人と距離置いてたから何言えば良いか分かんないし、何を今さらって思われてそうだし」
「そっかそっか。怖かったんだね」
え、これなんて声をかければ良いんだろ。もう乃愛ちゃん、クッションごと私を抱きしめながらなんか目をうるうるさせてるし。
私の対人経験が少ないだけで、実はこれは世間一般なの?
「うん。だけど私頑張った! グループからあぶれて困ってる子も誘ってあげたし」
「そうなんだ。良い事したね」
「した」
そう言って彼女は私を見上げてくる。何を求められてるんだろ。
「そっかそっか。頑張ったんだね。えらいね」
「でしょ! えへへーありがとー」
そう言うと乃愛ちゃんは笑顔になった。なるほどね。甘えんぼさんなのかな。経歴を聞くに、昔はあまり甘えられなかったのかも。
最初はちょっとビックリしたけど、こんなそぶりを彼女が見せている所を見た事がない。
心を開いてくれたって事なのかな? それなら……素直に嬉しいな。
「そういえば、優香ちゃんの事をゆうちゃんって呼んでも良い? 私の事も好きな呼び方で良いから〜」
私の腕を抱き枕みたいに抱き寄せて、ほっぺたを腕に押し付けながら聞いてくる。
「もちろん良いよ。うーん……乃愛でいい? 2文字で既にあだ名っぽいし」
「ありがと! わかった〜」
あだ名かぁ。そう言えば私も長い事誰にもあだ名で呼ばれた事なかったな。
「ごめんごめん。結構おそうなったわ〜」
そんな事を考えてると、明里ちゃん達の声がドアの向こうから聞こえてきた。
乃愛は一瞬でシュババっと起き上がると、何事も無かったのように別の座布団の上に座った。
2人はまだダメなんだ……。
乃愛は口を押さえて、あくびでしたよアピールをしてる。それで誤魔化せるレベルじゃないと思うんだけど……。
「代わりにコンビニでアイス買ってきたわ。みんなで食べましょ」
「え、私達もさっき食べたし、2人の分も買ってきちゃったよぉ」
そう言って乃愛は鞄の中から、同じアイスを取り出した。その時の口調や動作に、エレベーター前でに私が感じた子供っぽさみが感じられたから、彼女と2人ももう少ししたらもっと打ち解けそうな気がする。
とにもかくにも、これでサークルのメンバーは4人に増えてもっと賑やかになった。
季節はもうすぐ夏休み。みんなで何か出来たらいいな。