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いつもの朝と、違う夜

 「ねぇキミ新入生でしょ! 硬式テニス部入らない?」

「ぜひウチのゴルフサークルに!」

「いやいやここはモアイ像製作サークルに来るのですぞー!」


「えっあっ、いえ、だ、大丈夫ですー!!!」


 また逃げちゃった……。家に帰ってからの反省会。でもことさらサークルに興味がある訳じゃないしな……なんて言い訳も挟みつつ。


 私は山本やまもと 優香ゆうか今年から大阪の大学に通い始めた一年生。実家は少し遠いから一人暮らしを始めた。


 性格と一緒で暗めな黒い短めの髪。背は160cmくらいの、クラスに1人はいる3ヶ月経っても名字を間違えられている女の子。

 それが周りから見た私の姿だと思う。


 でもね、勘違いしないように最初に言っておく。私は1人が好きなだけだから!!!


 昔は別にそうでも無かった。私は至って普通の子だったと思う。だって何も考えなくても友達が出来ていたから。頑張って声かけたり、何かに挑戦しなくたって。ただ普通に生きているだけでも自然と周りには誰かがいて、毎日が楽しかった。

 でも中学、高校と進むにつれて段々と友達は自分から作るものになっていった。


 クラスが変わったりすると毎回周りの子と仲良くなりたいと思っていたけど、やり方が分からなくて。人の表も裏も見えるようになって。

 何をするにも周りからどう思われるかが気になって。


 いつしか他人と関わる煩わしさが楽しさを上回るようになって、私は周りと距離を置くようになっていった。

 そうしたら毎日が同じ事の連続になっていって。それはすごく楽な人生。何もないけれど楽ではあった。


 そう思ううちに私は一人でいる気楽さも心地よく感じるようになった。それに私には趣味もある。

 考え事をしながら懐中電灯で奥を照らすと、寿命寸前の蛍光灯にところどころ照らされた薄暗いトンネルがほんのり明るくなった。


「心霊スポットって言われてるだけあって少し寒いような……気のせいだよね?」


 そう、私の趣味はオカルト関係。この世界にはまだ自分が知らない、価値観を一変させるような不思議な事があるんじゃ無いかと胸をドキドキさせてくれる。


 高校の頃にうっかり廃村に迷い込んでからというもの、普段のなんの変化もない生活では感じられない胸の高まりを埋め合わせるかのようにハマっていった。実際に幽霊なんか出たらビビって悲鳴をあげて逃げる性格だと自覚はしているけど、怖い物みたさと好奇心が私を動かしている。


 どこまでも続いてるんじゃないかと錯覚させる薄暗いトンネル。聞こえるのは自分の呼吸だけ。他には天井から滴る水音とトンネルを風が通り抜ける音以外には何も聞けない。

 こんな所は基本的に人も来ないし。この雰囲気の特別感というか、誰もいない空間という気楽さが惹かれた理由の1つかもしれない。


「今回もハズレかな。な〜んにもいないよ」


 何か出たら出たで泣いちゃいそうだけど。


「――様。みねやま様」


「? 今何か聞こえたような……」


 驚いて後ろを振り向いたけど誰もいないし何も聞こえない。ビビって聞き間違えたかなって、気を取り直して前を向いて歩き出した。


「あれ? まだ出口が見えない。ここそんなに大きくないはずなんだけどなぁ」


 顔をあげても薄暗いトンネルがまだ続いてる。外からの明かりは一切見えない。

 慌てて後ろを照らしても、ずっとトンネルが続いてるだけ。そんなはずは無い。このトンネルは少し曲がってるから入り口からは反対側が見えないだけで、常にどっちか片方の出口は見えるはずなのに。


「う、そ……」


 鼓動が早くなる。胸がドキドキする。でもこれは胸の高鳴りじゃない。ビビりな私は、今まで求め続けていた“不思議な世界”を前にパニックになっていた。

 感動してるほど私の小さな心は余裕がなかったみたい。


「出して出して出して出して出して」

 

足を早める。最初はスタスタと。しかし気付いたら私は走り出していた。

 すると前の方に入り口が見えてきた。必死で駆け抜ける。


「良かった〜。なんとか出られて」


 さっきのはきっと何かの間違い。たまたま長く感じただけ。そうホッとしたのも束の間。


 走った疲れで息も絶え絶えに顔をあげた私は違和感を感じた。周りは山なのに一切の自然音が聞こえないし、今は夕方にしては暗すぎるし……何より、空が青い。


 着いた頃には夕焼けが見えていたはずなのに。それも昼のような綺麗な晴天じゃなくて、絵の具で塗り潰したようなどす黒い青色。

 そして道路にはいつの間にか私より少し背の低い女の子が1人立っていた。


 これ、あれだ。絶対見たらダメなやつだ。目を背けようとする前に相手に気づかれた。


「あなた人間やんな? どっからここに来たん!? トンネルに人はおらんって聞いてたのに話ちゃうやん!」


 気づかれた! ……って、この子も人間だったんだ。ビックリしたぁ。仲間がいて少し安心だね。でもこの人 なんか訳わからない事を叫んでるし怖いなぁ。


「えと、バス使って、後は歩いてきた、んですけど……」


 いつも人と会話しないせいで途切れ途切れな話し方になった。でもこんな状況なら普通の人でもこうなると思う。うん、私は普通。


「そういう事ちゃうねんけどまぁええわ。さっきなんか聞いた? 名前みたいな。聞いてても内容は言わんといて。ハイかいいえで答えて!」

「え、えっと、は、はい」


 やたら強い言い方で怖いけど、周囲の変わりようとか女の子の緊迫感を考えると何か事情があるのかなぁ。流石に私も何か普通じゃない事が起こっていると気づいてきた。


「絶対にその名前は言っちゃダメだよ。説明は出来ないけど、とりあえず私がこの場はなんとかしてあげるからそれだけは約束し……」


 女の子は何かに気がついて黙っちゃった。つられて私も同じ方向に視線を向ける。私たちが立っているトンネル前の道路の周りは木が生えていなくて目の前に広がっている山々を一望出来る。


 おかげで山の向こうから一直線に砂埃がこっちに向かってきているのが見えた。まるで何かが高速で走ってきているように。


「あいつが来る。あなたは私から離れて! さっきの名前だけは言っちゃ……」


 女の子は何かを言いかけようとしたけど謎の黒い塊に吹き飛ばされた。その子は斜面のコンクリート壁に打ち付けられた衝撃で跳ねてアスファルトの道路に落ちた。生きているか分からない。そして私は女の子の上にまたがって立っている“それ”を見てしまった。


 3メートルはありそう。すごく細身で全身が真っ黒。どっちかというと影が体の形をとっているように見える。顔ものっぺらぼうにしか見えないけれど、影の奥に赤い2つの目だけが光っていた。


「ゴポゴポゴポ」


 私が”それ”見た瞬間に“それ”はこっちを見て何か声を発しながら、腰を屈めて今にも走り出しそうな体勢になった。陸上選手とかがやるようなポーズ。何かを喋ろうとしてるけど、口を液体が満たしているかのような音しか聞こえない。


 今度は私がやられる。そう直感したものに目に見えない速さで突進してくる化け物に対抗できそうな物なんて……万が一で持ってきたこれがあった。


「ゴポポ」


 あの女の子が言ってた事から考えて、こいつは名前を呼んだ相手に突進していくんだと思う。ならそれを利用すれば良い。


「こっちです。もりみね様」

「キキキキキ!」


 叫び声をあげながら“それ”がすごい速さで動き出して残像となった瞬間に、魔除け用で持ってきた塩を正面に投げた。こんな相手にたかだか塩が効くかは分からないけど試してみるしか無い。直後に身体中を衝撃が襲う。

 私も吹き飛ばされてアスファルトの上を転がった。やっぱりスーパーの塩じゃダメだったのかな。


 死ぬ。このまま殺されるんだ。


 そう思って恐怖からギュッと目を瞑っていたけど何秒経っても何も起こらない。目を開けると景色は元に戻っていた。

 鳥のさえずり、綺麗な夕日に木々のこすれる音。恐怖が一気に薄くなる。


 顔をあげると化け物が目の前で溶けていた。なんとかドロドロの体を動かして、また走る体勢を取ったかとおもうと……爆散した。

 多分溶けかけた状態で走るために力を入れたからだと思う。自分の力の反動に体が耐えられなかったように見えた。


 弾けた真っ黒の液体に混じって何か赤い玉のような物が飛んできて私の口に入る。

 うわっ気持ちわる! 何度も吐き出そうとしたけど出てこない。病院に行った方が良いのかな。でもお医者さんになんて説明しよう。


 やっと普通の思考が戻ってきたところで私は女の子の事を思い出した。急いで駆け寄って呼びかける。


「大丈夫ですか! 私の声が聞こえますか!」


 目が少しだけ開いた。良かった、生きてる。救急車を呼ばなきゃ。

 そう思って取り出したスマホを女の子は手で止めた。


「ポケットの……液体を、飲ませ……」


 そんな事してる場合じゃ無いのに。そんな事を思いながらも女の子のポケットをまさぐると緑色の液体が入った小瓶が出てきた。

 ガラスに入っててよく割れなかったね、これ。


 飲ませてみると女の子はガクッと力を失った。

 びっくりして確かめたら寝てるだけだね。息も落ち着いて容態が良くなった気がする。


 今度こそ救急車を呼ぼうと11まで入力した所で別の誰かに後ろから腕を掴まれた。

 なんでみんな病院を嫌がるんだと後ろを振り向いて見れば。


「ハァ……ハァ……」


 髪を振り乱した眼鏡のオッサンが息を切らして私の手を掴んでいた。

 11まで入力したスマホで、最後に9を入力する代わりに0を入力しようとすると慌てて弁解を始めた。


「急に掴んでしまってすみません。緊急事態だからと慌てたもので。怪しい者ではありませんよ」


 怪しい者しか言わない一言を付け加えながら、彼は電話番号を書いた紙と、封筒を渡してきた。


「その封筒は今回その子を助けてくれたお礼のような物です。もしお金に困ったり、何かあればいつでもその番号にご連絡ください。助けてもらった身で申し訳ないのですが、あなた自身のためにも今回の件はくれぐれも内密にお願いします。口止め料には十分な額のはずです」


 それだけ言うと女の子を、いつの間にかそばにあった高級そうな車に乗せるとどこかへ行ってしまった。

 封筒を開けると30万円。


 サラッと30万円を渡せる財力、お金に困ったら連絡という一言……これ、闇バイトだ。関わったらあかんやつや。怖くなって番号が書いてある紙は帰りに駅で捨てた。


 あんな事を警察に言っても仕方ないし触らぬ神に祟りなし。とりあえずは健康被害も無いし病院は今度にして私は家に帰った。




 翌日。知ってる天井、いつもの自分の部屋。

 昨日の化け物が夢だったのかなって思うほどの平凡な1日が始まる。


 でも3つの物が普段は違う朝であることを証明していた。

 ベッドの横に置かれた30万円と疲労感、そして……紙のようにグシャグシャにされた部屋のドアノブ。

 それ、鉄製なんだけど。



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