3-1:異世界の軍制と魔法
「ふむ……なるほど、わからん」
信長は腕を組みながら、目の前にずらりと並ぶ兵たち――もとい、“魔法騎士”たちをじっと睨みつけていた。黄金の鎧を纏い、腰には剣、背には杖。頭には羽根飾りがあり、さらに腰からは本がぶら下がっている。どう見ても盛りすぎである。というか重そうである。
「……動きにくくはないのか?」
「こ、これは“エンチャント軽装甲”ですので……見た目に反して軽いです、たぶん」
「たぶんとはなんじゃ。確信を持たずに戦に出るのは腰巻きだけで出陣するようなものじゃぞ」
「えっ、そんなの無理です!っていうか恥ずかしい!」
「ワシは経験があるぞ」
「あるんですか!?」
エリザ王女の私兵団が誇る“魔法騎士団”。彼らは、近接戦闘と魔法支援を両立できるという、異世界でも選ばれしエリートたちである。が――信長の目には“中途半端”に見えた。剣術の型もどこか甘く、詠唱も一拍遅い。何より、装備が“やたらキラキラしている”。
「……おぬしら、戦場に出るというより、舞踏会に行く途中ではないか?」
「違います!れっきとした精鋭部隊です!」
「この“魔法具”の中には、かつて英雄が使った伝説の杖の欠片が――」
「それで火の玉を撃つのに三秒もかかるのか?」
「ぐぬぬ……!」
信長はため息をつくと、隣に控えるアルノーを見やった。彼は例の靴片方の兵士から無事両足持ちに昇格し、今や“参謀見習い”としてあちこちを駆け回っている。
「で、アルノー。この世界の“魔法体系”というやつを、わかる範囲で教えてくれ」
「はっ、承知しました!」
アルノーは用意していた板書を取り出す。どこからか持ってきた“魔導ボード”という謎の板で、文字が浮かび上がるらしい。信長がじっと見ると「ほう、からくりか」と真顔で呟いた。
「我がエリディア王国において、魔法職は大きく分けて五つに分類されます。一、詠唱型魔導師。二、魔法具兵。三、魔法騎士。四、飛竜操術士。そして五、“領域干渉型”の上級術者です」
「……最後のやつだけ聞いただけで危険な匂いがするのう」
「はい。基本的に王族や貴族にしか使えない、“儀式的”な力です。ですので主に用いられるのは前の三種です」
信長は頷きながら、草の上にしゃがみ込み、小枝を使って図を描き始めた。
「つまり、術者は後方。魔法具兵は中衛。騎士は前衛と。兵の配置は、弓兵・鉄砲・槍と似たようなものであるな。……が、問題は“魔法”という特性じゃ」
「はい?」
「この世界の兵たちは、“魔法は万能”という前提で動いておる。火が出せる。氷が出せる。だから強い。だがな、そういう兵ほど、近づかれたら脆いのじゃ」
「た、確かにそういう傾向はあります……」
「兵法においては、“力”より“間”が重要じゃ。強い力も、間を詰められれば使えぬ。鉄砲がそうであったようにな。ならば、魔法も“間”を制すれば勝てる」
「おおお……!」
アルノーは感動したように手を合わせた。だが信長は、それをひらりと手で遮る。
「感動するのは早いぞ。問題は、この考え方をどう現場に落とし込むかじゃ」
信長は再び魔法騎士たちの隊列を見やった。何人かは堂々とし、何人かは汗をぬぐっている。統率は悪くないが、機動力が致命的に低い。そして、その原因は――
「おぬしら、全員“詠唱”してから動いておるな?」
「そ、それが基本ですので……」
「では聞く。火の玉を詠唱中に矢が飛んできたらどうする」
「えっ!? ええと、その場合は“カウンター魔法障壁”を……」
「何秒かかる?」
「詠唱に四秒、展開に三秒……」
「死んどるな」
「ぐあああああ!!」
信長はにこりともせず、断言した。
「よいか。戦とは“考える前に死ぬ”が基本じゃ。生き残るのは、考え終わった者ではなく、考えずに対応できた者よ」
「そ、そんな世界……!」
「現実じゃ」
信長は魔法具兵たちにも同じ問いをぶつけた。魔法具――杖、指輪、宝珠などの“道具”に魔力を蓄え、それを使って即時発動できる兵だ。これは鉄砲に似ている。
「良い構造じゃな。鉄砲に比べて連射性があり、弾薬の補給も少なくて済む。だが問題は、やはり“使用後の隙”じゃ」
「そ、それは魔力量の問題でして……!」
「では魔力が切れたらどうする」
「撤退……」
「戦場でそれを言うと死ぬぞ」
「ぐふっ……!」
信長は頭を抱えた。――全体的に“単発勝負”すぎる。継戦能力が薄い。戦において、最も強いのは“粘る者”だ。粘るには交代要員がいる。分隊制がいる。支援がいる。
「ふむ……やはり“軍制”の見直しが要るな」
「ぐ、軍制、ですか!?」
「うむ。ワシの国では“五人一組”の小隊制が基本。三列交代の運用で、常に“動ける者”を前線に維持できるよう工夫されておる。魔法の有無は関係ない。“動き続ける兵”が勝つのじゃ」
兵士たちは息を飲んで聞き入った。信長は草に枝で“分隊制”を描きながら、にやりと笑った。
「よいか。魔法が強いならば、それを“継続的に活かせる”仕組みを作るのじゃ。敵が魔法に頼っておるうちは、こちらは“動き”で勝てる。そう、魔法ではなく、“兵法”でな」
その言葉が、兵たちの胸に深く突き刺さった。
異世界の軍制を前に、戦国の鬼才がついに“反撃の策”を描き始める。