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転生信長、異世界を征く  作者: ノートンビート
第一章:転生信長、異世界へ
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1-1:本能寺、炎上す

「是非もなし……とは言ってみたものの、やはり少々惜しいのう」


織田信長は、焼け落ちかけた本能寺の本堂の中央で、足を組んで座り込みながら、ぼんやりと柱の焦げる様子を眺めていた。天井からは火の粉がぱらぱらと落ちてくる。畳は既に炭化しかけており、足元はじりじりと熱を帯びている。それでも、彼は妙に落ち着いていた。


「にしても、腹が減ったのう……」


明智光秀の謀反――それが今、信長の身を包む炎の理由である。思えば、ここまで築いてきた道のりも、ついぞ“天下布武”の完全な成就を見ることはなかった。裏切りは戦国の常と言えど、まさか光秀、貴様が……。


「せめて、昼飯の鱧料理を一口でも食してから死にたかった」


ぼやきながらも、信長は懐から小さな香木を取り出して鼻先にあてた。良い香りだった。俗にまみれた人生だったが、こうして死に様に香りの一つでもあると、少しは“粋”というものに見えるだろう。


「まあ、これも一興じゃな……」


刀の柄に手をかける。死に様は自分で選ぶ。それが武士の矜持である。そう心を決め、刀を抜きかけたそのとき――


ゴゴゴゴッ……と、地面が唸った。


「ん?」


本堂が崩れる前触れかと思った。だが違った。天井ではない。空が――鳴っている。建物の外、夜空の彼方から、何かがうねるような音が響く。火災の轟きとは違う、耳の奥に直接触れるような、不快な震え。


「な、なんじゃ……これは……?」


視線を天井へと向けたその刹那、屋根を突き抜けるように、眩い光が真上から落ちてきた。炎の赤に染まっていた視界が、一瞬にして白くなる。光ではない。これは――“割れ”だ。空そのものが、音もなくひび割れていく。まるで障子を蹴破るような乱暴さで、夜空に亀裂が走った。


「地獄の口か……?」


信長の口から出たその言葉が、最後の現世語となった。次の瞬間、彼の身体はふわりと浮かび、光の渦に呑まれていく。足元が溶ける。重力が消える。脳がぐるぐると回る。


「ま、まて!死ぬんじゃなかったのか!?どこへ連れて行くつもりじゃああああああ!!」


断末魔にしては、やけに生々しい叫び声が、本能寺の業火の中に吸い込まれていった。


***


「……んがっ……ぬぅっ……?」


鼻をくすぐるのは、煤ではなく草の匂いだった。信長はゆっくりと上体を起こす。視界に飛び込んできたのは、焼け跡でも寺の瓦でもない。どこまでも広がる緑の草原と、空に浮かぶ、見慣れぬふたつの太陽。


「……夢か?」


目をこすった。違う。肌に触れる空気が現実のものだった。湿気も、風の流れも、やけに生々しい。


自分の手を見て、信長は小さく呻いた。


「若返っとる……!?」


手の皺がない。筋張った指が、血の巡りの良さを物語っている。まるで二十代――いや、十代の頃のような身体。肌には傷ひとつない。


「まことに……?まことにワシは、生きておるのか……?」


それとも、これは地獄の冗談か。


立ち上がると、視界の端に、見たこともない生き物が飛び込んできた。猫とも犬ともつかぬ小動物が、奇妙な声で鳴きながら、地面に咲いた赤い花を食んでいる。


「……幻覚にしては妙に毛並みがよい」


そして遠くから聞こえる金属音と叫び声。剣が交わる音、怒号、地鳴り。


「戦か……?」


条件反射のように、信長はその方向へ駆け出していた。足の筋肉がよく動く。膝が鳴らない。身体が軽い。


小高い丘を登ると、その先に――異様な光景が広がっていた。


金属と革を身に着けた、巨大な“獣”たちが斧を振るい、尾を振り回して人間を吹き飛ばしていた。空には火の玉が飛び、地面からは氷柱が突き上がる。空中を滑空するのは、飛竜だろうか。それとも、別種の何かか。


「な、なんじゃ、あの戦場は……!?」


兵法の常識が通じぬ戦。だが、混沌の中にも“理”はある。敵が突出し、味方が崩れ、指揮が途絶え、前線が混迷している。


その中を、歯を食いしばって撤退する人間の一団。その中のひとりが、こちらに気づき、剣を構えた。


「お、おい、そこにいるのは誰だ!? ここは危険だ、下がれ!」


信長は一歩も退かなかった。代わりに、その兵士の顔色と動き、甲冑の擦れ、肩の落ち具合を一瞥し、声を投げた。


「退くな。隊を整えよ。左へ十歩引き、林の影に弓兵を置け」


「な、何を……!? 誰が命令しているっ……!」


「命令しておるのではない、助言じゃ。耳を貸すか否かは、そなた次第」


「お、おまえ……何者だ……!」


「名乗るほどの者ではない。が、そうじゃな……」


信長は風に翻る自身の袖を直し、真っ直ぐに戦場を見据えた。


「――織田信長。戦の風に生きる者よ」


今、歴史から断たれたはずの戦国の鬼才が、異世界の戦場に、その名を刻み始めた。

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