再び、会いに行く
でも、話せないのは母さんにだけじゃなかった。
「で、会ってきたのか? 兄貴に」
「……あっ……まだ……だよ……」
部活の帰り道、オレは将太にウソをついた。
「そうだ、将太も数学の補習あるっけ?」
そして話を逸らした。
どう話したらいいのか、自分でも整理が付いていなかった。
「数学だけじゃなくて英語も補習だよ。ったく、補習と部活で夏休み終わっちまうよ」
「ホントホント、面倒くせーよな」
「でも幸平はさ、もう部活出なくてもいいって言われてんだろ? 引越しの準備とかあるしさ。後はサヨナラ試合だけ出れば?」
「そんな寂しいこと言うなよ。オレはお前と少しでも一緒に練習したいんだよ」
「何だよ。気持ち悪ィーな」
将太といつもの様にふざけていても、頭の中は兄ちゃんの事でいっぱいだった。
その時、どこからか奇声がした。
「もう! いい加減にしてよ!」
将太と顔を見合すと、少し前の曲がり角から宮沢綾乃が怒り顔で出てきた。
後ろから弟が付いて来て、何か叫んでいる。奇声は弟が発していたものらしい。
「よく聞いて翼、こっちだとすっごい遠回りなんだからね。ちょっと! 分かってる?」
オレと将太はその光景を思わずジッと見ていた。
「弟、翼って名前か。キャプテン翼みたいでカッコいい名前だな」
そう言うと、将太が眉間にシワ、唇を噛みしめ、弟を叱る宮沢さんの顔を、「怒った顔も可愛いな……」と見惚れていた。
「だからね、工事してても、耳を押さえて通れば……」
無表情の翼くんに何か言い聞かせる様に話しているが、急に翼くんは宮沢さんの背中を叩き出した。
「痛い! もう、キレるんじゃないの!」
宮沢さんは、オレたちの視線に気が付いた様で、一瞬恥ずかしそうな表情を見せたけど、
「ちょっと、何見てんのよ」
と、すぐに凛としたクールな目でこちらを睨んだ。
「いや、別に。大丈夫かなぁって。なぁ、幸平」
「う、うん」
「大丈夫大丈夫。いつもの事だから」そう言うと、また翼くんに、「よく聞いてよ、あのね、工事してるけど、耳を押さえて通れば大丈夫なの!」
でも翼くんは耳を押さえて聞こうとしない。
「工事って?」と尋ねると、もう一つ向こうの道で水道管の工事をしているらしく、音に敏感な翼くんは、通るのを頑なに拒否し、宮沢さんをこんなに怒らせたようだ。
「隅を通って帰ったらいいのにさぁ。もう急いでるのに!」
と溜息混じりに言うと、翼くんは宮沢さんの服を引っ張り「早く早く」と忙しない。
「分かったって、行くよ。じゃ、お騒がせしてごめんね」
宮沢さんは翼くんと並んで帰って行った。「アニメが始まるよ」「だから早く帰ろうって言ったでしょ!」と言い合いながら。
オレは二人の後ろ姿から目が離せなかった。
「おい、今日俺ん家寄ってくか?」
「あ……ごめん、今日行くとこあるんだ」
そう言うと駆け出していた。そうだ、もう一回会わないといけない。このまま引越すのは嫌だった。
家に帰って着替えて、「どこ行くの? お昼ご飯は?」と聞く母さんの声を無視して、一日乗車券を買って、気が付いたらバスに乗っていた。
「幸平です」とばあちゃんと兄ちゃんに言うかどうかは別だ。ただ、また会いたかった。
ばあちゃんが戸を開けると、「あら!」と驚いた様な顔をした。後ろからヒョイと顔を出し、兄ちゃんが「段田くんだ」と言ってニヤっと笑った。
「えっと……一緒にサッカーやろうと思って」
と家から持って来たボールを見せると、兄ちゃんは嬉しそうに笑った。