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兄の幸福  作者: 志村菫
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段田です

 兄と思われるオタク風男子は、オレの腕を掴み、シャッター横の戸を開けて中に入った。

厨房を通り、奥の和室に入ると、あの威勢の良い中年と老人の間の女の人が仁王立ちで待っていた。


「ごめんね。ちょっと勘違いしちゃったね」


 とエプロンのポケットから絆創膏を出し、オレの額に貼った。オタク風男子……じゃなくて兄ちゃんは、お玉を渡すと、「ただいま、おばあちゃん」と微笑んだ。そして「着替えて来る」と二階に上がって行った。

 オレは「おばあちゃん?」と思わず尋ねてしまった。

 「そうだよ。お姉さんやお母さんかと思ったかい?」そう言うと、ハハハと笑った。おばあちゃんは「適当に座ってよ」と言って隣の台所へ消えた。


 そんな風に言われても……適当に座るって? オレは戸惑ってしまい、部屋を見渡した。

 茶の間はとても綺麗に片付いた和室で、家具調コタツを挟んで座椅子が二つ。サイドボードには湯呑茶碗やコップが二つずつ並んでいた。オレは遠慮がちに、茶の間の隅に腰をおろした。


「ねぇ、この辺の子じゃないわよね」


 台所の方から声がした。オレはハッとして、「はい、そうです」と答えた。


「友達の家にでも遊びに来たの?」


 と言いながら、お盆にお茶とアイスバーを乗せて運んできた。


「そういう訳じゃないですけど……ちょっと散歩してたんです……」


 何か落ちつかなかった。何かヘンに緊張して、どこか疾しい事があるみたいに、気が気でなかった。


「ねぇ、そんな隅に座ってないで、こっちの座椅子に座んなさい」

「大丈夫です! ボ、ボク、隅が好きなんで」


 なんて訳の分からない事を言うと、ばあちゃんは笑ってアイスバーを三本差し出した。


「アイス、バニラか抹茶かチョコ、どれがいい?」

「ど、どれでもいいです」

「どれでもいいはダメ! 選んで」

「それじゃあ、抹茶で」

「何か爺くさいね、散歩してたり抹茶が好きだったり」


 やはり、ハハハと笑った。オレもばあちゃんに釣られて同じ様にハハハと笑った。そうだ、この人オレのばあちゃんなんだ。

 そんなやり取りをしていると、兄ちゃんが着替えて上の部屋から下りて来た。何年か前のデザインのレアルマドリードのTシャツを着ていたので思わず尋ねた。


「サッカー、好きなの?」


 兄ちゃんは恥ずかしそうに黙って頷いた。ばあちゃんがチョコのアイスを兄ちゃんに渡したら、「ありがとう。いただきます」と、とてもお行儀よく頭をペコリと下げたので、オレもちょっと慌てて「あっ、い、いただきます」とアイスの袋を破った。


 兄ちゃんは、座椅子に腰掛けてアイスを食べ始めた。とても美味しそうにアイスを食べる姿がとても無邪気に感じられた。


「ねぇ名前、聞いてなかったけど、何君?」


 ばあちゃんが兄ちゃんの向かいの座イスに腰掛けてオレをじっと見つめた。


「あっ、こう……あっ……」


「幸平です。兄ちゃんに会いにきました。海外に引越すので、その前に兄ちゃんに会いたくて……」などと話せばいい? でもなんだろ……やっぱり無理だった。その時、兄ちゃんのTシャツのバックプリントが目に飛びこんできた。背中の『ZIDANE』の文字が目に入った。


「じだ、だん……じだじ……段田です!」

「なんだ……ジダンかと思った」


 兄ちゃんがちょっとがっかりしたような顔をすると、ばあちゃんが「日本人でそんな名前の人いないよ」とバニラのアイスバーを食べながら笑った。


「あ……ジダン好きなの?」

「うん」


 そう答えた兄ちゃんの事を、ばあちゃんが一瞬悲しそうに見たように感じた。そのあと沈黙が続いたので、オレは何か話題を……と変に気を使ったみたいに話し出した。


「じゃ、じゃあ、もしかしたらサッカー部? ちなみにオレ、サッカー部」

「段田くんもサッカーやってるの?」


 兄ちゃんの声のトーンが急に高くなった。


「そうそう、陽一はサッカー部に入ってるんだよね」

「でもへたくそだもん」

「じゃあ、段田くんは萩野中?」

「いいえ」

「ああ、さっきこの辺には住んでないって言ってたね。じゃあ親戚でもいるの?」

「……まぁ、そんな所です」

「良かったらまた遊びに来てよ。家は見ての通りこの子と二人きりだしね」

「えっ、二人きりって……」


 どうして二人きり? まさか実の父親って人は? 別に会いたいとは思わないけど、なぜ一緒に暮らしてないんだろ……単身赴任中? まさか……死んだ? 仏壇らしきものはないようだけど。


「おばあちゃん、明日は部活と補習あるみたいだから……」

「じゃあ、お弁当いるね」

「お茶、もっと沢山持って行きたいんだけど……暑いし……」


 兄ちゃんとばあちゃんのやり取りを、時間が止まったみたいな感覚で見ていた。その時、抹茶アイスが解けて指を伝ったので、慌てて指をなめた。兄ちゃんがティッシュペーパーを差し出して「どうぞ、段田くん」と、やはり目を合わさず照れくさそうに少し笑った。

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