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兄の幸福  作者: 志村菫
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たこやき高木屋

 緑山団地は、四階建の古い建物が二十棟程並んでいる団地で、うちの近所の虹ケ丘団地によく似ていた。

 F棟の301号室。名前入りの郵便ポストが並んでいる。すぐに『高木』を探したけど、そこはもう他の人の苗字になっていた。やっぱりもういないのかとガッカリしていたら、買い物袋を提げた五十代くらいの、ちょっと化粧が濃い目のおばちゃんが、オレの後ろを通り過ぎようとしていた。

 チラッと見たら目が合ったので、咄嗟に尋ねた。


「あの……301の高木さんって、いつ引越したんですか?」

「ああ、もうずいぶん経つわよ。かれこれ十年経つか経たないかくらいかしらねぇ……」


 ひえー、そんなに経ってたのか。諦めの感じになった。

 「どうも……」と頭をちょこんと下げて立ち去ろうとしたら、「萩野町……だったと思うけど……」とおばちゃんが呟いた。


「ごめんね、うろ覚えだけど、たぶん萩野町だと思うけど……」

「えっ、そこってここから近いんですか?」


 おばちゃんは一見無愛想だったけど、萩野町への行き方をとても丁寧に説明してくれた。そして最後に、何者か聞かれた。


「えっと……ここに住んでいた高木陽一くんの友達です。久しぶりにこの辺に来たから会いたいと思って……」


 嘘をついてしまった。でもここで本当の事を言う事もないだろう。


 教えて貰った通り駅に戻り、バスターミナルで今度は萩野公園行きのバスを探した。すんなりとは行かないと分かってはいたけど、ちょっと不安になった。

 バスに乗って、一番後ろの席でバスの中を見渡した。お年寄りと話に夢中のおばさんたち、そして、制服姿のオタク風男子高校生? もしかしたら中学生かも……とか思いながら、やっぱり、兄があんな感じだったら……と想像していた。うーん……ビミョー。


 萩野町で降りたら、『たこやき高木屋』という店を誰かに聞く様に団地のおばちゃんに言われた。兄はそこに引越したというのだ。こういう時スマホがあればすぐ分かるかもしれないけど、高校に入るまではダメらしい。今どき厳しすぎるだろ! 将太なんて高学年の頃から持ってるのにさぁ。


 二車線程の小さな横断歩道を渡り、コンビニ、携帯ショップ、美容院などが並ぶ通りを歩いた。すぐ後ろに、バスで一緒だったオタク風男子が猫背気味でオレの脇を通り過ぎようとしていた。


「あの、ちょっといいですか?」


 と声を掛けたけど、駆け足でずんずん行くので思わず追いかけた。

 その時、オタク風男子のリュックにぶら下がっている、サッカーボールのキーホルダーがポトリと落ちた。オタク男子はすぐに気が付き、それを拾おうと屈んだ。その瞬間、リュックの中の物がドッと落ちた。

 思わず自分の事の様に「あー!」と声が出てしまった。オタク風男子は、必死で落ちた物を拾ってリュックの中に入れている。

 見ているだけなんて冷たい奴な気がして、オレは一緒に拾ってあげた。小学三、四年生用のドリル、壊れかけた戦隊物のキャラクターが描かれた筆箱などを渡すと、オレの方を見ようとしない感じで、「あ、ありがとうございました」と頭を下げ、再びリュックを背負って歩き出した。その時、生徒手帳らしき物が落ちているのに気付いた。拾って見ると、それは桜田高等養護学校と書かれた生徒手帳だった。


「ねぇ、生徒手帳落としたけど……」と追いかけたけど、聞えてないのかどうなのか、止まってくれない。五十メートル程行くと、やっと気が付いて止まってくれた。


「これ、落としましたよ」


 生徒手帳を差し出すと、やはり目を合わさず、「あ、ありがとうございました」と、どもり気味で言った後、かなり深く頭を下げた。


「あの、この辺でたこやき……」


 と言うか言わないかくらいの瞬間に、オタク風男子が、「後ろ、危ない!」と叫んだ。

 危ないと言われたのに、後ろを振り向いたオレの額に、スコーン何かが当たった。気が付くと、足元にお玉が落ちていた。何で?

 目の前には、降りたシャッターに掠れた文字で『たこやき高木屋』とあった。


「ここだ……」


 そう呟くと、二階の窓から顔を出している中年から老人の間位の女の人が凄い形相でこちらを見ていた。


「ちょっとー! またうちの子からかって面白がってたんでしょ!」

「ち、ちがうよ、手帳……拾ってくれて……」


 やはりどもり気味のオタク風男子は、オレの顔を見て叫んだ。


「おばあちゃーん、おでこ、血出てきた!」

「陽一、連れておいで!」

「いやいや、大丈夫……」


 あれ? いま陽一って言ったよね。それにここは『たこやき高木屋』。てことは……この人が兄ちゃん? とオタク風男子を見つめた。


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