兄に会いに行く
家に帰ると、引越社の段ボールに囲まれて、母さんが荷造りをしていた。リビングにはテレビとソファーだけを残し、後は生活できる最低限の物だけが残りつつあった。
ソファーに腰掛けて、琢磨は楽しそうに子機を握りしめ、一足先にドイツにいる父さんと話している。
「ねぇ、お父さん、お昼何食べたの?」
「毎日ソーセージ?」
と、琢磨の持つ子機の横でふざけて言うと、ソーセージが好物の琢磨は羨ましそうに、「いいなー」とはしゃいだ。
「何くだらないこと喋ってんの。早く手伝ってよ、二人とも」
母さんは「やる事リスト」と書かれたメモをチェックしていた。
「幸平、明日の部活は?」
「休み」
「なら少しは荷造りやってね」
「明日は用事があるから」
「何の用事?」
「ま、いろいろだよ」
「いろいろ? まぁとにかく帰ったらやってよ、分かった?」
忙しいせいか少し苛々しているようだ。琢磨が父さんと話してる隙に、兄の事を聞いて見ようか……。
「母さん、引っ越す前に会っとかなきゃいけない人に、もう会った?」
「えっ……おじいちゃんでしょ……実家は後で行くし……えっと……何でそんなこと聞くの?」
「あのさ……」
陽一って誰? とか聞こうか、と思ったら、
「お母さん、お父さんが代わってってー」
と琢磨が子機を差し出した。
「もう忙しいんだから」と、父さんと話し出すと、母さんの機嫌が少し良くなった様に感じた。やっぱり聞くのはやめよう。
悩んだ末、やっぱり母さんには何も聞かずに、こっそりとあの年賀状の住所へ行こうと決めた。
今日は兄の住んでいる筈の町に向かう。
取りあえず、バスに乗って一日乗車券を買い、駅に向かう。混んでいる程ではないけど座れなかった。夏休み中という事もあり、プールに遊びに行く風の小学生たちが騒いでいた。
その時、「おい静かにしろよ!」と注意したヤンキー男子高校生は、ひたすらスマホを触っていた。小学生たちは一瞬静かになったが、数分するとまた騒ぎ出した。ヤンキー高校生は舌打ちしながら、やはりスマホを触っていた。オレはヤンキーにいさんを見ながら、兄があんな感じだったら? と想像していた。ビミョー?
駅に付くと地下鉄に乗った。オレの席の向いに、ギターケースを背負った金髪の若い男が座った。ビジュアル系ってやつ? ちら見していると、次の駅から乗って来た派手な、多分、年上っぽい女とイチャつき出した。兄があんな感じになってたら? とやはり想像してしまう。やっぱりビミョー……。
電車のつり革に揺られながら、文庫本をスゴイ集中力で読んでいるメガネ男子。よく陽焼けした肌の体育会系男子……兄と同じ位の年齢の人たちが気になって仕方がなかった。
知らない町の駅に着くと、お腹が空いたのでコンビニでチキンとパンとコーラを買った。イートインコーナーでそれを食べながら、ガラス越しに駅のロータリーを眺めていた。行き交う人の中、ひょっとして兄がいるのかもしれない。
バスターミナルで「緑山団地行き」のバスを探した。バスは既に止まっていて、そろそろ出発する時間になっていた。そのバスに飛び乗ると、気持ちが徐々に高まるのを感じた。