僕のお兄ちゃん
この作品は、10年程前にあるシナリオコンクールに応募した作品です。
一次は通過しましたが、残念ながらその先へは進めませんでした。
全体的に書き直して、小説として投稿させていただきます。
(全23話です)
最後まで読んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。
ある日突然、オレは実の父親の名前と、兄の存在を知った。
介護老人施設に入居しているひいじいは、なんだか今日は絶好調のようで、こちらが聞いてもいない事をどんどん喋る喋る喋る。だからいい加減うんざり気味だった。
「そうか、もうこの春で一年生か」
「春って……そろそろ夏休みだよ」
「はて? そうか……」
「それにオレ、二年生! 十四歳!」
「いやぁー、今日は一人でよく来たな」
「さっき母さんと琢磨もいたじゃん」
「母さん…………ああ理恵か? どこに?」
「ひいじいが野菜ジュース飲みたいって言ったでしょ? だから買いに行ったよ」
「ん? 陽一は母さん似だろうか……よく顔をみせてくれ」
目を細めて微笑み、まじまじとオレを見て、「陽一だ陽一だ」と顔を近づけて来た。
「ひいじい、近い近い! オレ幸平だよ。陽一って誰?」
「幸平? はて?」
「忘れちゃった?」
「ふう……」と溜息が自然と出た。前に来た時よりボケ、進んでんじゃん……と、少し怖くなった。もしかしたら次に会いに来る時は「あんた誰?」とか言われるのかも。
「お前とは殆ど会っとらんからな。たまには顔をみせてくれよ」
「は? ゴールデンウィークに会ったよ」
こういう時は話を合わせた方が正解なのかどうか分からないけど、どうせ聞いちゃいない。一方的に話してるだけなんだし。
「そうだそうだ、陽一が赤ん坊の頃の年賀状、ずっと大事に持っとるぞ」
そう言って、何だか嬉しそうにベッド脇の引き出しから数枚の古い年賀状を出し、「えっと陽一陽一……」と言いながらゴソゴソと探し始めた。そして割とすぐに見つけると、嬉しそうにオレの前に差し出した。
それは赤ちゃんが笑っている写真だった。よく年賀状にありがちのやつで、「長男・高木陽一です」と「幸多き一年を」と印刷の文字の下に、「おじいちゃん、今年は会いに行くね」と手書きの文字が添えられてある。これは母さんのクセのあるマル文字だった。
「こんな赤ん坊が、ああ……大きくなって……」
ひいじいが何やら昔の話をしていたけど、耳に入って来なかった。だって、まだオレが生れてない頃の年賀状で、一番下に「高木登・理恵・陽一」とあったから、一瞬で気付いてしまった。
高木登……オレの……本当の父親の名前……多分……いや、間違いなく……で、陽一っていう赤ちゃん。オレが生まれてくる前の、三人家族。
「ねえ、この長男・高木陽一って、オレの兄ちゃんなの?」
慌てた感じでオレは尋ねた。
「はて? 陽一はお前じゃろ?」
そうだ、聞いてもまともに答えが返って来る筈がない。
頭を整理する前に、母さんが売店からジュースやお菓子を買って戻って来た。
「おじいちゃん、野菜ジュースお待たせ」
母さんの額にはうっすら汗が浮かんでいた。
「いや、わしはサイダーが飲みたい。今日は暑いからな」
「えっ、さっきは野菜ジュースって……」
「母さん、これって……」
野菜ジュースだのサイダーだのどうでもいい。気になる事はすぐ聞きたがりのオレは、年賀状を見せて「ねぇねぇ、この赤ちゃん誰?」とかサラッと何気なく聞こうと思ったけど、すぐに琢磨が入って来たから、思わず年賀状をポケットの中にしまった。
「お兄ちゃん、爽快ブドウなかったよ」
「マ、マジでー。じゃあコンビニ行って来るわ。あっ、サイダーも買って来るよ」
「ボクも行く!」と琢磨が付いて来ようとしたけど、ひいじいが「幸平、幸平」と琢磨の手を放さなかった。
「ボク琢磨だよ」
ひいじいはオレと琢磨を見て、少し考えた。さっきみたいに「陽一!」と言ったら、母さんはどんな顔をするだろう。
「おじいちゃん! コウ・ヘイと、タ・ク・マでしょ? よく見て!」
と母さんが、ひいじいに言い聞かせるようにゆっくりと話すと、うんうん、と分かったような分からないような顔をした。
オレはさり気なく部屋を出て、そして施設の廊下を素早く歩きながら、年賀状の写真をじっと見つめた。
オレには兄がいたんだ……。ドキドキしていた。今までに感じた事がない何かが動き出した。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。