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&ラヴ

作者: 衣空 大花

             &ラヴ

                     作者 衣空 大花


恋と、眠りは、そっくり。……ゆめここち。 

覗く(かお)

いまだ、少女。

冬には冬の、春には春の、雨が降れば晴れが来る、巡りくる大空。

いま恋の(とき)


あどけなさを浮かべ、ベッドの毛布にくるむ姿に、二階の窓辺の高さまで昇ってきた陽が、「朝よ!」と肌をくすぐる。

グイーッ! と伸ばした、背筋と、両手。窓の彼方の青空に向け。

「おはよう!」。揺れるレースカーテン越しに覗く小鳥たち。


頃は昭和。驚天動地な時代。

世界戦争史上で最も長く、(もっと)も未憎悪の死傷者数をもたらした第二次世界大戦への懺悔。

日本人死者数三百十万人越え。

人類への初の原爆投下。

一瞬で原爆死没者数は五十万1787名。

天皇をはじめ国家を成していた屋台骨を負う身の指導者らへ下った屈辱的裁判。

これを甘受した日本社会。

天皇は絞首刑を免れたが首相はじめ二十八名の政府要人らを絞首台へ送った……日本人自身で裁判を起す能力はあったが、力が……。

やがて復興へ。

訪れたのは狂喜と混迷によって齎されたバブル復興。この二つは諸刃の刃の社会を招く結果となったゆく。

邪馬台国以来、民主主義国家の初誕生。

代わりに、この民主主義の名を*奇貨したポピュリズム(言葉巧みの方が勝る)の台頭。

このように、日本歴史上全てが初となる時代を遺していった。――今現在でも尚。

* 利用すれば思わぬ利益が手に入りそうな事柄、又は、それをチャンスとなるよう画策すること。

ちなみに、法曹界ではこの手は卑怯な脱法行為として周知されており、仮に訴訟中にこの事実が裁判所によって認定されると敗訴ないし棄却となる可能性が高まる由……。


この時代に登場した人物らが、当該物語を通し、真っ当に生きた証憑を綴ってゆく。


急いでベッドから跳び降り、昨夜床の上に脱ぎ捨ててあった服を身に着けると背後から「昨日ありがとう……後で電話するから」。彼氏が彩花の寝ていた枕を抱き締めて云った。

「うん。じゃーねー!」。手を振った少女、引き戻されたまま二人は軽くハグして、伸ばした白い脚にアイボリーホワイトのスカートをサッと履き直し。ドアを後に。

足先はラブホーの階段を軽やかに、トンッ!トン! と飛び跳ね、白けた輝きに照り返っていた地面へ。

「眩しーい!」

深く息を吸い、空に溜息混じりな声で「フュ~!」と、ひとこえ音吐。

気合を入れ直した勢いに乗って再び息を大きく吐く。

すると急に、小走り。何か大事な事でも思い出したかのようにマジな表情へと変わって、右も左もラブホが林立する円山町の道また路途(みち みち)を大急ぎに抜け、渋谷メイン通りを渋谷駅まで一通の道玄坂までまっしぐらに猛進。

「フーッ!」とまた溜息を深く吐く。

下り坂に身を任せ。渋谷駅の方へ体が自動的に降りて行った。

ちょっとは雑誌や映画でモデル兼俳優として名が売れ始めていた頃だった。

円山町のラブホー街で、世間に自分を見られることを避けようと小走りしていった。

降り坂の途中、一人の地元のイケメンやくざ野郎に「姉さ―ん、おはようございます」とペッコと頭を下げられた。

軽く会釈を返し目先は東横線プラットフォームへ。ようやっと辿り着いた渋谷駅前。

「オッス!」。ハチ公にいつものご挨拶。

東急デパート前の急勾配な階段。駆けあがった先の、又又、急階段のステップを降りると、「家はもう直ぐだ!」――高架橋プラットフォームとなっている駅舎から見下ろす渋谷街がホッと胸にこだまする。

左へ右へと大きな目を忙しく動かすと、又、ここでも「フ―ッッ♪」と声を奏でた。

大きく息を吐く――静かに、大きく、ゆったりと、噛み締めるように吐いた――胸の内のものを吐き出すかのように。

サングラスを掛け直す。

やっと顔に安堵の表情を取り戻した。

彩花は、渋谷駅から至近距離にあった(あずま)興業事務所所属のモデル兼女優業をしていたことから安藤昇親分の事務所の身内の一人として、その若い衆が一応敬意を払ったつもりで「姉さ―ん」と呼んだのだった。

そこは確かにサンドイッチマンや芸能を取り扱う興業事務所であったが実態はやくざ組の事務所を兼ねていた。ここに所属ないし関係していた芸能人は彩花をはじめ当時数知れず及ぶほどの勢いにあった。

安藤組旗揚げは1952年、これより数年前に既に流行っていた「愚連隊」仲間を引き連れて興したのが始まりだったのだが、頃は戦後復興真っ只中の時代。親分は若干二十六歳のハンサム野郎。つい昨日まで特攻隊隊員として国家に命を捧げる身であった。成績優秀なエリートしか受からなかった海軍飛行予科練習生になったが、これには動機があって、少年院を脱するために猛勉強をして掴んだ地位だった。

当時としては画期的。

従来の暴力団とは異なってファッショナブルなスタイルをモットーとして売り出す元特攻隊制服に、映る根性は特攻隊スピリッツ、ツラは彫り深く精悍な貌付き。

だから、モテた。

女性からだけではない。男性は疎か世間からも羨望の的と映った。かくも特異な時代であった。

背広の着用を推奨し、紳士らしく、刺青・指詰めはダサとして、地元の竹田組組員や、当時渋谷には朝鮮人や中国人グループヤクザらが大勢居たがいちいちガン見して来てもスルーすることとし、弱い者いじめは無論の事控えろと、一家に居る組員をはじめ組に関わる者らにまで、誰に対しても厳禁・御法度とした。

これが当時の若者の絶大な支持を集めた。集まるから知れ渡る。知れ渡るから集まる。これが人情だ。

どの階層の若者の気持ちにもトレンディ―にと沁み込んでいった。

『太陽族』は――小説『太陽の季節』を1955年、まだ若かりし頃の作者石原慎太郎が発表した時期から生まれた流行語――既成の秩序を打ち破ろうと奔放無軌道に行動する青年男女の行動が勲章になる。

最盛期には五百人以上とも千人程の構成員が在籍するようになり、組内では「社員」と呼ぶことが定められ、中には中産階級生活者から元華族の家格の銘家の者まで高校生や大学生、東大・慶應・早稲田・青学・上智・ポン大・ポン女他多、中には学習院女子らの姿も珍しくなかったという。いわば若者間には「憧れのファッション」になっていた。

トレンドに乗り遅れると「田舎っぺ!ダサ!」と映るのが怖くて誰でもが遅れまいと必死になって憧れたものだった。

ヤクザが、ヒロー。――トンデモねェ‼

しかもトレンディで、憧れの職業。何!モテる社員だって⁉――不届き千万メ‼

こんなのは昭和中期まで現象だった。

このような状況から、当時、その組に積極的に関わった芸能人関係者らは、彩花を始め数知れず及ぶことになった。

政治家や、財界人、地方自治市町村役所の長、挙句は、学校などの教育関係者に至るまでを含めると大変な数にのぼった。

一部ではあるが名を挙げると仰天する面々(ここで、プライバシー記載につき、「特定秘密保護法法22条。出版や報道に業務する行為について、『公益に資する限り、これを正当な行為』とする」。この法趣旨を念のため掲記す)。

松竹・東宝・大映・新東宝・東映等の大手映画五社に、後から加わった日活等が元締めとなって。

佐藤純彌と降旗康男の映画界では実力者であった両監督から始まり、中島貞夫、梅宮辰夫、村上弘明、吉田達、三田佳子、岩城滉一、堀田眞三、梶間俊、岩下志麻、中条きよし、山口洋子、堀田眞三、梶間俊一、北島三郎、五社英雄、唐十郎、安藤組幹部にまでのし上がった安部譲二、加えて山口組組長田岡一雄と懇意にしていた鶴田浩二、美空ひばり、中には脅して従わせた力道山や酒乱癖のある三船敏郎らを叩きのめし反省させたり、大口叩きを憚らない石原裕次郎に「正座して座れ!」と詫びを入れせることもあって、それは殆んどの関係業界が安藤昇と縁を持って、また持った方がトクが多いと何らかの関係を寧ろ望んで、安藤昇をヤクザとしてではなく、立派な社会人として、ビジネス価値のある重宝な人物として関係を維持していたかったのである。

ちなみに。七世紀後半の大宝律令で天皇が号を法制化される以前、日本中は皆がヤクザもどきな地であった。

土地や富を強奪して生き、豪族がほとんどで――私兵を持ち一定の地域的支配権を以てシマを牛耳る一族が日本全国あるゆるところに現れるようになった。ヤクザと、どこが違うのか? 天皇と神はどこが異なるのか――「勝てば官軍 負ければ賊軍」だ。

先に奪った方、沢山盗んだ方、戦いで相手側よりも多くを殺した方、これらが正義となり、負けたほうが不義となる。 道理はどうあれ強い者が正しいと、世間では持て囃されるようになってゆく。

石器時代後以降、今日までなんも変わってない。令和の今でも、やってることは三流でも、目つきが悪党ツラしていても、嘘八百なやつでも、一旦数に物言わす大派閥に入ると時の会長や首相にまでなっていく者がいる。

どの者も似たり寄ったりな生き方を現にしているがこの先もずっと同じスタイルは変わらないだろう。vs ……人情良き人と悟性を以て生きてる者もいるにはいるがごく僅かなため、目立たない。目立つのは、どうしても服についた汚れと不届き者たちだ。

例を挙げては何だが、挙げてみる。

山口洋子は名古屋市に生まれ、料亭を経営していた資産家の父と仲居をしていた母との間に生まれた子だった。父親が入籍を、自らの家族から責められるの防ぐため、社会的手前を憚ったため、私生児になった。

高校一年で中退すると名古屋市内に喫茶店「洋子」を開業したくなるが金は無しチャンスも無し夢だけが残っていた。

十六歳になったとき少女は意を決し「妻に死なれた五十歳ぐらいの男やもめ」の愛人となり、お小遣いを出して貰って、自前の店の開店にこぎつけ繁盛していった。

が、しかし、「しょせんは他人のお店(店の名義はパトロン名のまま)」と、洋子はそのパトロンから三年で経営から手を引く。

ならばと、夜の仕事で働き始めた。

この時にシッカリと男の扱いに味を占め――「溜まった物ほど出すのが早い」を()る。

見る間に洋子は金は貯まるし身を磨く腕も上がるし、そろそろ私の出番よとなっていた頃、銀座の高級クラブ「姫」のマダム・山口洋子の“多面多才性” を発揮していく――夜の銀座の天皇になったのだ――「勝てば官軍」とはこうゆもんだ。

これより遡ること1957年、千人に一人しかなれない超難関「東映ニューフェイス四期生」に、審査員を目の前にして、スカート丈は短くするし、ケツは振るし、胸はスレスレまでオープンプリーズにする等、目一杯なポーズやニッコリ作戦が功を奏し、合格。

同期には佐久間良子、山城新伍、室田日出男がいた。佐久間良子は合格してすぐ、東映映画のゴールド看板である「白蛇伝」に出演、翌年「美しき姉妹の物語 悶える青春」で主演の江原真二郎の相手役に抜擢され、雑誌「平凡」の女優人気投票で十位以内の常連ナンバーワン内にランクインするなど、堂々たるスター街道を歩んでいくことになった。

「チェッ!」と黙ってられないのが山口洋子だった。

「なに!くそ‼ 男なら任せて! 男の欲しがる欲望を利用して復讐したるわ」と。

いつまで経っても芸者役や通行人役、会社の事務員役などその他大勢の端役しか回ってこない大部屋女優ではその他大勢の内の一駒にしか過ぎなかった。

カフェの女給役が当てられたときには、「なんで、カフェをやめてまでしてこの役になったわけ! クソックソッ‼ 何で!何で!ここでアタシは女給に舞い戻んなきゃなんないのよ」。流石に自らに腹が立ってならなかった。

結果、二年で女優業を廃業した。

ところが、その東映時代の経験は活かされていった。

活かされたチャンス宛は、渋谷一帯で近ごろ伸し上ってきた新興“インテリやくざ” と呼ばれる安藤組親分となっていた安藤昇であった。

洋子は早速、安藤の愛人になった。かねてから鍛えてあった手管で安藤はイチコロに洋子に落ちた。

洋子も落ちた。イケメンだったから!

だけではない。

金回りが良かったからである。

安藤も男心をくすぐる山口の今まで経験したこともないテクに参ったようで。女は強いな~~ぁ。

後に安藤が、デパート白木屋の利権に関し、実業家の横井英樹襲撃事件を起こし、ピストルをドカンッ!イッパツ‼ 警察に追われると、洋子は安藤を当時住んでいた代々木の高級アパートに隠しまくった。(金づるではなく、山口もひとりの女、すでに本気で恋に落ちていた)。

しかし染み付いた生き方、即ち、血は争えない。

更に安藤が出所後も洋子は、安藤と従前通りの付き合いをしたが、これに留まらず、様々な男遍歴を重ね、快楽と出世を第一に過ごす生き方に心酔するようになる。

クラブママ、人気作詞家、直木賞作家等になり、過去の後ろ暗さはまるでなかったかのように、安藤ら他の者たちとの二人で週刊誌上で対談したり、紙面で互いの本の書評をし合うなど、グングンと名を馳せてゆく。

この時代、若きボクシングプロモーターとして飛び回っていた背はちっちゃいがファイタータイプの野口修、この者も周囲の右翼関係者の紹介で渋谷を拠点としていた安藤昇と面識になり、「興行のたびに切符を買ってもらっていた」と洋子は後に回想している。

野口修のプロダクションに居たのが売れなくて困っていた後の “松山まさる” であった。更に後に名を改め “五木ひろし” は当初、ここのプロダクションに所属し、目黒区の駒沢公園近くにあった野口の一部である事務所と契約した “高級賃貸マンション(全室のオーナーは独身女性)” と書いてある立て看板の一室を宛がわれ、伸し上ったのだが。同じような境遇には、*美空ひばりも云える。

*指定暴力団山口組・三代目田岡一雄が勢力を拡大するに当たって、興行部門である神戸芸能社が果たした役割が無ければ美空ひばりらはスターにはなれなかった。神戸芸能社がマネジメントする芸能人らのなかで、美空ひばりはその筆頭だったが、地方公演の際には、山口組系列のヤクザがその土地土地のヤクザ組織に対し、「通れるだけの道をあけてください。でないと、大きな岩を動かしますよ」と告げたと言われる。『大きな岩』が何を意味するかは言うまでもない。そうして拓かれた「道」を悠然と歩きながら、ひばりは日本全国での公演を成功させていったのである。

このように、綺麗事で、特に女性は(山口洋子のような)、身を立ててゆくのは結構容易な昭和時期という時代の流れに当たっていた――今も変わりはない――その芽はこの昭和に生まれた者たちからである。これが、まさに、昭和風俗維新といえる所以である。

昭和真っ最中――今様やくざ稼業まっしぐらな安藤。

ついに、国家も公認。警察公認ってことね。『長い物には巻かれろ』の逆バージョンである。

当時の渋谷警察署管内による警護は緩やかであった。恐喝、カツアゲを厳禁とした安藤組に任せておけば渋谷の治安は安泰と警察も認める程、安藤組の紳士的な牛耳り方であった。

これが常識となっていた。

ヤクザを非難すると、自分が非難される時代を造っていった。

不良はみんな。庶民までが。挙句は教職者や聖職者までも。

そのバッジを欲しがった。

警察官まで欲しがった。

渋谷署のhという巡査部長がいて、そいつがある日、組幹部の一人に「そのバッジが欲しい」って云って来た。「馬鹿ぁ!」と一喝。かといって「はい、どうぞ」ってあげるわけにはいかない。「じゃ、俺がいったんこれを落とすからな。拾うのはあんたの勝手だからさ」と言って地面に落としたら、喜んで拾って行った。

警察署員のなかには賭場手入れの際にサインをねだった者まで現れた。これが道理として通った。いわゆる*公序良俗(民法第九十条)であると公認される程にってこっちゃ。* 社会に通じる『道徳』や、『規範』。

このような時期は、破格な人生が堂々と罷り通った。また人人個々個人もそう生きていかざるを得なかった。渋谷署員の中には組から月々お小遣いを貰って暮らしていた者までが結構現れた(これは後々のバブル期にも、赤坂から六本木に行くのに、一万円を手に掲げないと、銀座から郊外の家までとなると、数万円を、タクシーは乗せくれなかった。だからその時のタクシー運ちゃんはチップだけで一戸建の家が買えたそうな)。これが、世間の見做しとなっていった。


このような見做しは日本全国津々浦々、何処にも流行ほどの勢いにあった。

これが昭和風俗である。

彩花も例外ではなかった。

既に身の上にいろいろ事が起きてきた。

彩花の父昭一、その母鈴佳との年齢差はなんと三十五歳もの親子年齢差以上にいた。

そのような七十歳近くの老齢期に入っていいた娘二人の父を、政府は軍医として出征させたが、前戦に居た大将は医師どころか一兵卒にしてまで送ったという軍の事情。

産んだ次女はその夫昭一の子、優佳、彩花の妹、である。が、事実は、この子は他の若い男の種を孕んで産み、妻鈴佳自身が育てた。当初、外科医・望月青空との男女関係になっていたが、この後、数か月も経たないうちに実弟の歯科医・望月星七に乗り換えて愛人関係になったと。皆が、興味津々、驚きで感歎で、あっ気にとられていた。

やっやこし。複雑だ。人の事情ってやつわ。

でもない。


そのような事は少なからずあったのが当時の時代事情であった。

彩花の住まいは小高い丘の坂を登ると切り開くような見晴らしの良い高台。目黒区柿の木坂にある一角の奥まった閑静な住宅地の一軒家。

ガラッラッ!と玄関を開ける。

「『遅くなるけど』と云ってたのに『只今!』って朝帰りかよ!」。怒鳴る妹の優佳。

「ごめんごめん! あんた、急がないと遅刻でしょ」

お昼のお弁当箱代りにと買っておいたカツサンドを妹に手渡す。

長女彩花十八歳、次女優佳十六歳、の姉妹二人暮らし。

それにいつの間にか家族となったニャん子との三人暮らし。

遅れること二か月後には同じく時々何所からかやって来て何カ月も居候を続けてるから、このニャン子との仲良し四人組家族。ニャンコの名はキキか?……ララだろう?

母鈴佳は、生前、夫の昭一が医科大学の著名教授であったことから、家に院生や関係先生らが多く出入りしていた。

人妻の鈴佳は、その中の一人に空青いという背高ノッポな若者がカッコよく見え、好意を寄せてるうちに男女関係に進むなかで伴に暮らす未来を夢見るようになり固い契りを誓い合ったが、別に喧嘩したとかの理由もなしに或る日突然、何の良心の呵責もなく平然と空青との約束に反故し、僅か数か月後には弟、星七、に男女関係をトラバーユしてしまった。

この弟と連日連夜に亘り身体を許してしまう関係ホイホイに。

それで終わりかと思いきや、その後もイケイケ・ドンドン。

何度も何度も身体も精神もアツくなる一方。

ついに妊娠してしまった。……女は一度身体を許と、当初のツモリとは別に、そのゆるした相手にハマるものだ。男はというと……知らん!

その時の子を何食わぬ顔をして夫昭一との間の子として産み家族として育ててきたのであった。

その後どういう因縁か、この星七の子で日活俳優をしていた恵一郎という名の青年と彩花は運命的な出逢いをすることになる。その彼との間に慥かな絆を築くことになった。無論この時点で二人は知る由もなかった。

一方。やはり来ましたか! 

覚悟はできていた……が。

戦地に赴いていた夫昭一の死亡告知書「本籍ナンタレ右は昭和ン年何所其処に於て戦死せられましたから御通知致します」旨の通知票。たった一枚のたった一個の “死亡報告” が形見に――お国の為に捧げた命は “個物” か。

これを見た母鈴佳は、「私独りで、この子たちを立派に育ってて見せるわ!」と自らに誓う。その誓い通りに立派に育て上げた。

が、その後まなくして今度も激しい恋に落ちていった。

今度は、駆け落ちしたのでした。歳は十歳もさばを読んで。

目の前で今迄見たこともない現金を右から左へと懐に入れる。

優雅な振る舞い、キザな言い回し。

どれも格好良く映った。

全てが紳士のように見えた。

女王様になった気分に酔った。「あなたのような美人と居るだけで私は幸せ」と云われると本気度は益益ヒットアップする一方だった。

駆け落ち相手は、当時、流行り出したゴルフ場の経営者であった。薔薇の花を何十本も三日間も連続して贈られる。もうすっかり彼の虜になってしまった。母でいるより「女」でいる方を選んだ。正直な生き方だ。

幾つになってもロマンスを、甘い恋を、情愛を、求める女ゆえの性か!? 母になりきれなかったキャラだったのか!? どちらも本当だろう。――男性がそうであるように。

このような生き方が、いとも簡単に罷り通ったのは昭和という特殊な時代背景。いや、今でも容易に罷り通ってるよ。未来永劫に変わることはないさ。変わっては面白くない。神様みたいに完璧じゃ、学校の教科書みたいな生き方みたいじゃん。教科書が教えてくれない面白いことの方がいっぱいあるのよ。


母はその際「この家は任せるわ、生活はできるでしょ。彩花ちゃんはもう十分にギャラを稼げる有名人になってるし。後はあなたちだけの家だから自由自在に使って。もしも足りなくなったら云ってね。仕送るから」と言い残すとその男の許に奔って行ったのだ。

そんな恋にハマった母を、娘二人が女として目の前にしてると、致し方ないとも諦めるしかないとなっていく。子が親から学ぶイチバンは “親の背中を見て育つ” である。vs 子が親から何百何千回云われたとしても、その内に親の言葉通りにできたのは一個か二個ぐらいなもんだ。残り九十%は、親の生活を見て、真似て、真似しようとしなくても、オートマッチクに、いつの間にか真似てしまってるのよ。

「金持ちな彼氏だから。あなたたちのことも考えてあるからね。ここに通帳、これはこの家の登記名簿と実印」と言い放し、次第に姿を見せる事が稀になって往った。

愛は、夢を食べるものじゃない、現ナマよ! と心得ていた。

恋愛はいくら貧乏でも見栄えさえよければ続くものよ。中高生時わ。

しかし大人になって婚姻時期になるとそうはいかない。経済力である。

恋愛は遊びだから、好きさえあればいいけど、結婚の円滑な生活を成すのに先立つものは先ず現金よ。現金は愛を形にするコアなんだよ。

来る日も来る日も、食べるものも着るものも安っぴーものばかり、何処に行くにも財布を気にしてばかり、ついに『諦め』の『ひと文字』で終わるのよ。TVドラマで観掛けると「愛さえあれば他は何も要らないわ」とした恋物語を信じてはいかんぜよ……作者の空想の世界を、実際には存在しなくても、描いた作りごとだから。

彩花と優佳が異父姉妹であると知ったのは、ゴルフ場経営者の許に母が駆け落ちをする寸前の暴露発言のときだった。

父昭一は、親がその病院の理事長だった跡を継いで大学病院教授に就いたの。その時以来、よく若い医師達が家に出入りしていた頃、そのうちの一人と恋に落ち、その後すぐにその弟とも恋愛をする事になって……、その時その人との間の子を身ごもったの。

云えずにそのまま夫昭一の子として出産した。

当時の出産とはその程度の簡略的なものだった。

現在では普通に、妊娠週数で遺伝カウンセリング、NIPT検査、胎児超音波スクリーニング検査、母体血等を利用して赤ちゃんの染色体疾患有無の可能性を調べる遺伝学的検査を行うのが一般の出産過程になっていることから浮気出産は無理である。が、当時はできた。

ハンサムも美人も、程々が善いのよ。

超美系になると大変。比例して災難も、虫も、群がるから。

今、彩花の虫である彼氏は美大生。

将来は絵描きになることを夢見ていた。

バイトに化粧品会社にとコスメ等のデザインを手伝っていた。

その折り、たまたま、同社のモデルをしていた彩花と後に彼氏となる田崎蓮とが撮影セットを組み立てるミーティングの折に出会い、フィリングが意気投合。

風貌は、芸術家っぽく無駄に長いロン毛、オシャレなコーディ、ピンクに染めた髪、高そうに見えるが安っぴい装飾金を身にまとい、気取った物言いよう、女性には徹底した優しい仕草――これを「キザ」という。

しかし本人はお構いなし、地でキザを行っていた。

彩花の側にしてみれば、これといったビッビッ!ときたわけではない。

その証拠に一緒にベッドインをすることはあっても唯抱擁するだけで満足、それ以上にはならなかった彩花の心情。それでも、彩花は恋人として充分に楽しめていた。

この彼氏の蓮も合せるしかなかった。不満を言えば彩花は逃げていたからである。

カンペキに恋の主導権を握っていたのは女の方であった。

彩花が体を許さないトラウマになってる主因があった。

母が父に内緒で浮気の末にその他所者の子まで産んでいたという二の舞にだけにはなりたくなかった。

翻ってみると、妹の優佳には天性と言わんばかりの運動神経抜群である神から授かったギフトがあって、身長182センチにも達っさんばかりの背丈に更に無類のお人好しなキャラのギフトも授かっていた。

この彼女には、高卒を待って結婚する相手となっていた身長166程の背の低い彼氏がいた。

対照が大きければ大きいほど、人は逆が欲しくなるようで自分が持ってないものに憧れ、そのタイプの恋人を選んだのが優佳だった。

新谷真二、三十三歳と名乗って一見インテリ風の上に口がお上手。十七才の歳の差カップルってやつだが、もしかしたら歳はそれ以上だったかもしれない……ネチネチする老練なところが。どう見ても年齢差30歳以上ではないかしら。

裕福な家庭のお坊ちゃんタイプで真面目な上に几帳面、それもそのはず任官して十年未満であった判事補に任官されていた。

やたらに正義感を説き、いつも唸りながら「法治国家上層部に上り詰めた者は偉いんだ」と云わんばかりに法知識始め自慢する雑知を濫吹する傾向に有ってさ、聞いてる方は全然面白くもクソにもならないのよね。しかし、世間の目には、法曹界の人たちが社会全体を覆ったシステムになっていると言って、先生と呼ばないと!強要するのよね、現に云わない時があって、機嫌が悪くなったの。

一般庶民はさまざま、やることもようよう。そのなかにいる者のうち、小物者ほどやたらに無駄口が多い。馬鹿を隠すために。

特徴例として、専門知識つまりこの場合は法律知識だが、これが社会の中心となって回っている。だから、「法治国家」という、と豪語するのが口癖になっていた。しかし、勘違いも甚だしい。誠の知は「*心の豊かさ」である。

*いくら千兆円持っていようと、たとえ世界一の有名人になっていたとしても、心底から好いてくれる人は一人もいない。いつも独りぼっち。それでは心の貧乏じゃんか。そこで、いつも通りの、なにか特別な出来事のなかではなく、笑いや、ふと自然に良かったと思うことに出会ったり、苦労を伴うときあってもアイツのため・ジブンのため、となるとき、充実感つまり満足感を培えることになり、この心の豊かさの種となってゆくような姿勢――生き方や、生きる目標がどこにあるか――こそが肝要なのよね……。

知り合ったきっかけは優佳の学校の文化祭を訪れ、やだーぁ、こんなオッサンというのが第一印象であったが、優佳が英会話クラブに所属していたことから、真二が流暢な英語は操るし、アメリカ文化にも詳しい喋り口をしたので、優佳は感動して話が合うようになった事から始まったのである。

初回のデートで、気付けば、お冗舌魔、このせいで、すんなりと処女をあげていた。

流石年上な男、年季の入った口調に巧妙さ。

女の扱い方が勲章。

法律知識を学ぶ中で、騙し方までが上手になった術なのよ。

が、優佳は却って、未知の大人の世界に踏み入った感覚が新鮮でならなかった。優佳が自分に諭すように、それとも暗示をかけるかのようにか、「同い歳のタメっ子たち、やたらに受け狙いの流行り言葉ばっかだし、中身が薄っぺらに映ってさ。やっぱ顔だけじゃないよね、頭だよ、選ぶなら中身の濃いやつ……ってさ。

恋愛なんて始まってみればどれもこれも大した理由はない、なのに理由をつけたがる――流れってるやつで決まるんよ――本人たちだけは「運命の出会い」といって喜んでいるだけなんさ。


「カラン!カラン!」。鳴り響く踏み切り。電車とレールの重なり合う、潰す響。

降りるとビューっ!と東横線が行き交う光景が見渡せる路の一角に彩花の彼氏蓮が住んでいた。

彼の父は当初近隣周辺で腕のいいパン職人として店は繁盛。やがてその財力を活かし、二駅先の自由が丘にも支店を設け、後に「モンブラーンという名のケーキ屋に格上げ」して本店に伸し上げ全国的に名を馳せるようになり日本画家の伊東深水始め多くの著名人ファンが集う店となった。

また木造のアパートも建て学芸大学駅本店の近くのその一室に住まわせて貰っていたのが彼である。

仕事明けの彩花、珍しく真昼間にレンの部屋へゆく。

誕生日に好きなビーフシチューを作ってあげようとサプライズ訪問したのであった(二度とつくりたくない!ビーフシチューって、出来がるまで二時間だよ。自問自答してら、また疲れてきたよ、思い出してさ)。

部屋のドアに近づくと、女の悶え声。鳴~っ~っ。

表情一変! 固まる! 嘘―ぉーォ!

合鍵でドアを開けると。買い物袋を目の前に投げ捨てた。

目先に高揚した裸の男女の姿が――逃げかえるように去った、が、振り返ってもう一度見る――確かに居た!

「ざけんな!」。一目散に駅へ猛ダッシュ!

ヒールの音だけが凍てつく寒風のなか、空しく、付いて来た。

真冬の風が肌を突き刺すようなかじかむ身体。

学芸大学駅から隣の駅、都立大学までであったが、あっという間に着いた。

改札を出て左に曲がると一目散に小走り。

途中の交番で呼び止まられる。

遇遇職務日だったったのか、若いお巡りさんが「こんばんわ」と愛想いい声をかけてきたが、いつもこのお巡りさんは、彩花にはニコニコを振る舞っているが、いや、ニタニタだろ……、聞こえていなかったのか? まっしぐらに大通りを横切る。

もうそこは登り坂が目の前にあった。

いつもの家へ一直線!

……でないようにした。

道から一つ外れた少し遠周りな道をゆっくりと歩く。

やがて灯りの点いた我が家が見えて来た。

夜にサングラスを着けてたことに初めて気づく。

「(彩花)只今ーぁ!」

「(妹の優佳)見て!見て‼ カレーライス作ったよぉ」

誰だってそのレシピくらいなら作れるでしょ!と思った。が、「へーぇ、ラッキー。丁度腹ペコだったんだぁ」。

一気に口に頬張る。グイッと傍らの牛乳を飲み干す。「ゲップ!」。

黙ってカレーを睨み続ける。

「(優佳)ねーぇ……なにかあったの?」

「いや、別に」

「変だよ。怒ってるみたいにカレーライスを睨み付けたり、いつもならゆっくり飲むはずの牛乳だって、一気飲みだし」

「子供は黙ってて!」

「えッ?」

「あ、ごめんなさい」 「ちょっとやなことがあったから……」

「ん! 毎日やな事と良い事の半々だからね」

「(彩花)ね! あなたたちうまくいってるの?」

優佳から返事がないので彩花はもう一度、「…………。あーぁ、もしかして喧嘩した?」。「(優佳)喧嘩じゃない。別れた!」。

「えー!」どうして?と口が奔ったが訊くことを憚った女同士の思い遣りをする姉の彩花――電話に目線を何度も送るが取ろうとはしなかった、ならばこっちからしなければ……、「もう鳴るかなぁ?」 「…………」と自棄に黒電話の黒が憎く見えてならなかった。

食事の後片付けを済ますと手帳に目を遣り何やら記すと、そのまま奥の部屋のソファーに身を沈めた優佳。

次いで彩花も、雑誌に目を遣りながらグゥー!グゥーッ‼ zzzZ


「今日も暑いわ」 「姉さん、相変わらず若いわね。旦那のエキスのせいかしらウッキャッキャッキャッ」

鈴佳の双子の妹の鈴由であった。

「(姉の鈴佳)借金に来たの? もう無いからね!」

「(鈴由、妹)ま―ぁ、ハッキリ云うわね失礼な」 

「(鈴佳)でもこの御時世でしょ、最近うちも大変なのよ」

「何仰ってるんですか、姉さん羨ましいわ。名義書換料だけで一千五百万円貰える会社なんて」。鈴佳の旦那の父、駆け落ち当時の医学系志望の若い男とは既にこの時は終わっていて新たな相手となっていたのがこの旦那である、が小金井カントリークラブを深田が興すとき共同出資したのだが、その後しばらくして脳溢血で倒れ既に亡くなっていたが息子の昭治つまり鈴佳の旦那が継いだゴルフ倶楽部であった。

「(鈴由)あの二人だけど。どうかしら? あの土地を担保にマンション建てたら? 柿の木坂の一等地なら高く売れるわよ。賃貸にしても人気のある場所柄直ぐに借り手も集まると思うのよね。第一あの子たちの為にもなるんじゃなーい」

「上の彩花は頑固でね『生まれたこの家は思い出いっぱいだから絶対売らない』っていつも言い張ってるし。それにわたし、あの子たちに負い目があるのよね……」

「(鈴由)だから担保。所有権はそのままでいいの。あとはお金を借りるだけでしょ」

「(鈴佳)借りたら担保権が銀行側に移って返せないときは所有権が銀行に盗られるよ」

「大丈夫って! 絶対に売れて億万長者になるからって。じゃあ、私が一度話してみる。いい?」

「云っても無駄だと思うよ」。本当の狙いは鈴由の旦那が建設会社等の役員を手広く商売していて、それで妹も一枚噛んでひと儲けを目論んでいる、と察した鈴佳であったが娘二人が住んでいるこの土地にマンションを建てたいと言い出した妹の提案を敢えて反対したわけではなかった。

欲を持てば持てば持つほど、リスクは増える一方、と心の隅で考えていたからだ。

「(彩花)叔母さん! 母のパシリ! 分かり易い。二人ともどうかしてるわ」

「(鈴由)いや、お母さんは関係ないの! 私の一存よ」

「何云ってるの! 母が承諾しないでどうやってその話になる訳~?」

「そうだ!そうだ‼」。援護射撃をした優佳。

「(彩花と優佳が一斉に)このスイカ持って帰ってください!」。姉妹二人異口同音に「うん!うん‼」と大きく前後に頭を振って顔を見合わす。

「ま、ご挨拶ね……じゃ、また来るから考えておくだけでも……」。そそくさと、跡にした足音の鈴由。

傍らの猫が手を左右上下に摺り摺りしながら笑っていた――うんざりにふざけて笑い飛ばしながら、叔母さんはずるい女王よと云わんばかりに猫かぶりする姉妹二人。


他方では。

最低といえる事は世間には諸々あるが、ここでも勃発していた。

1958年、組長安藤昇は、老舗デパートの一つであった白木屋買収に絡んで横井英樹の債務取立てのトラブル処理を請け負っていた。

その話し合いの席で、ついに横井は啖呵を切った。「テメエらチンピラが口出す問題じゃね! 俺を誰とおもっとるんや」。

安藤も切れた、「そうかい。このままじゃ格好がつかんぜ」と言い残しながら組員に目くばせをし、その場を後にした。

子分は横井に向け拳銃イッパツッ!ドッカン‼ 血を噴き出す。倒れる横井英樹。

殺人未遂容疑で警察は安藤を追う。

――殺し容疑で逃亡を続けるリチャードキャンブルと、ジェラード警部の執拗な追跡を続けるハリウッドの洋画がよぎる(イメプし過ぎかしら)――

逃亡三十五日間、女優の山口洋子(著作家、作詞家。1985年に直木賞を受賞。そうなると、もっと儲かりたいとなり、銀座にクラブ姫を開く。この時の資金を安藤が出したという)を始め愛人宅を転々。ついに殺人未遂罪で逮捕された(これは洋画ではない)。

1961年、前橋刑務所に収監。

三年後の1964年、出所した安藤は「アホらし! やってられっか!」。突然、組を解散。

当然、彩花も所属事務所を失う羽目になり当時プロダクションを立ち上げようとしていた後の渡辺プロ(時代が移って後輩のなかには、山口百恵ら、有名芸人らを多数輩出するようになったプロダクション)へ移籍する。

安藤は端整な顔立ちに左頬のナイフの傷跡がピッカ!とドス黒く! 特攻隊生き残り、有名暴力団の元組長。もうこれだけで立派な看板――そこの売れっ子プロダクションとして名を馳せていった。

数々のヤクザ映画に主演。松竹・日活・東映各社で数多くの主演作で一世をふうびした。

昭和という時代だからこそ在り得た話であって、平成・令和の時代なら、あり得ない話である。今では、暴力団一行と伴に席を同じくした!とマスコミに云われただけで何人もの芸能人がTVや雑誌そしてあらゆる業界から追放されたではないか……。

混乱期だからこそ、物語は生れる。

英雄が生まれる。

特異な人が英雄呼ばわりされる。

奇妙なヤカラが生まれる。

これを英雄と呼称する者たちが増える。

これが妄想(ありえないと思うことを信じてしまう)である。

妄想が現実社会を独り歩きをする。

――卑弥呼・平清盛・源頼朝・織田信長・秀吉や家康・坂本龍馬や西郷隆盛、そして明治維新創設期に係った維新共々の連中、挙句は、朕の名は天照大御神の天皇なるぞと自らを神と呼ぶべしと宣言し、庶民も又ひとり人間を英雄や神扱いを全国民がこぞって妄想域に至ってしまう――

そうです! 歴史は妄想から始まるのです。それでも、妄想じゃないと言い張るなら、その方は、古代人、であるw。そう呼ばれるのがいやなら、右翼人だ。


今。

多摩川の流れ縁に沿っている大広場のあたり。

ナイスボール! さっきのさっきの‼ バッチコーイ! ナイスキャッチ! 少年野球の賑やかな雄叫び飛び交う多摩川縁のグランド。

「(真二)どうだった? 中間」

「(優佳)まぁまぁかな」

「大学行くんでしょ⁉」

「お姉ちゃんが頑張ってるから。私も助けなきゃ……」

「お金なら奨学金もあるし、少しくらいなら俺も役立つぞ」

「ぅうーん……そうじゃなくて。うちってお母さんがああでしょ、だから私がそうならないように……って、どっちが保護者だかハッハハハ」

「勿体ないよ。実力あるんだから活かさないっ手はないさ」

腰かけていた階段に立つと両手の指先に力を入れ大きく手を反らす。広げた手の先の広い空。ジッー!と見上げる優佳。石段を二歩三歩下りて、「きれーい!」と目が語り、その眼に地上の光が跳ね返って映る輝きの中の花姿、「眩し~ぃ‼」。

「おぅ、それ彼岸花だ、『既に遠く彼方に逝った先祖の霊を敬い墓参りをするときに捧げる花』とも云うけど」

「へー、真二くん、何でも知ってるよね」

「本読むしか能がないからね」

「だから。たった一回で司法試験受かったんだぁ。本オタクだね」

「おい!」。そう云うと同時にグランドに目を遣った真二が見た選手が、「へボ―ぉ! 何所見てんだーア! やる気ねぇなら帰れ!」

「(優佳)あゆう云い方する子、やね」

「あのコ、あとで監督に云われるな。野球はチームだから、けなす言葉を吐くチームは弱くなるんだよね」。……優佳も呼応し、気持ちに呟き、「この手の選手か指導者か知らないが、ってゆうか、今でも多いよね。部活でも担任でも……アァいやだーア! 日本軍が、負ける訳だ」。

「(真二)どうだい? せっかくの土曜の晴れ。少しドライブでもするぅ?」

「とか云ってまた何所の旅館でしょ!?」

「うん、優佳ちゃんさえよければ?」

「悪いからいい! その分、家庭サービスしてやって。今日塾でプレテストもあるし」

「(真二)…………」――「そっかぁ、じゃーあ、わかった、悪いなぁ。もしもの時は離婚調停を家裁に持って行ってでも別れるからさ」

「ねぇ! あれなんて云う車? 高そ」

「親から軍資金得たもんだから思い切って買ったよ。『幸せの鳥』を意味するブルーバードっていうんだ。じゃ、乗せて送ってくから」

川端の堤を通りゆくリヤカーのおじさんの鯛焼きを食べる二人。手にしたアンコが口から溢れそうになりながら頬張る真二――助手席に座るアンコウ顔の優佳。

付き合った当初は拒否していたが今では慣れっ子。

胸を、腹を、腰を摩ってくる。

ああ、愛してくれてる証拠なんだなぁ。いずれお嫁さんになるんだから、まぁ、いいか。と、されるままになしていた。


夕暮れ時のご飯の気配もいいものだ。

街々、家々、横丁、空まで。

どこを歩いても、そこいら中辺り一帯、夕食をつくる献立の匂い、音まで、が漂う頃。

家の玄関を開けるや否や、「ハイ!お土産」。

優佳は鯛焼きの包みをドンッと彩花の目の前に置くとドッカン!と大の字になって寝そべった。

「(彩花)ほらほら、女の子がそんな脚を大きく開くもんじゃありませんよ」vs「(優佳)助手席にズット座っていたから、ケツをスッキリ風通し良くしておきたかったの」。

「最近お姉ちゃん綺麗になってない。あ、新しい彼氏できたとかぁ。やったの……」

「ばっかーぁ」

あの時のことが頭をもたげた彩花は煩悶していた。

「(優佳)好きなんじゃない」

「(彩花)唯、悔しいだけよ。あんなチンケなヤツにさ」。

彼氏の蓮の家に行ったとき既に別な女と寝ていたのが原因で辛辣な思いをした時の「…………」突き刺さる寒風に遭っていたその二日後、小雨降る夕刻の中、彩花の家の近くの電話ボックスの陰に蓮が坊主頭になって泣きそうな顔をして現れていた。

逃げるように引き返した彩花。その背後をジャワジャワと雨雑じりの靴音を立てながら追いかけて来る響きのなか、「許してくれ! もぉ!しない! 今一度チャンスをくれないか!」。雨音に消されるような彼のすがる願い声。

蓮の悲痛に乞う姿に立ち止まる彩花。

彼の眼に泪が溜まっている……空の雨露は強くなる一方。

暫し立ち竦むままのふたり。

雨繁吹に霞む姿。

激しさ増す雨。

近所の好奇の目があるからと駅前の喫茶店に行くことになった。

「何それ? ビショビショじゃんか、どんくらい居たの?」

「ちょっと」

「な訳ないっしょ」

「三時間ほど」

「馬鹿か」

「確かに馬鹿だ……」

話はこうなってそうなって――蓮は急に饒舌になり始めた。「正直、自白するねぇ。だから許してくれ! この世で愛する人は彩花だけだと痛いほど認った」。言い訳三昧に徹した縋る姿格好。結果、彩花は蓮に押し切られてしまう。

男が女の前で自白するなんて格好よくない。ところで、「自白って?」と訊くと、蓮の貌が急に神妙になって、「『自分の犯した罪を懺悔すること』の意味だよ」。……ホントに反省してるみたいで、可哀そうに気になってきた彩花。

彼のノガキは続いて、「男は溜まったモノは出さないとやってけないんだよ」。

「何それ!ここでゆうこちゃねえーだろ。勝手にやってろってんだい」

「いやいや、言う通り。そう思ったから彩花に手は出さなかったけど、ついつい魔がさして都合のいい女と……」

「もう聞きたくないわ!」。……やっぱコイツ反省しないわ。

飲み掛けのカンコーヒーを自販機の横のごみ箱に、力いっぱい、投げ捨てた彩花。

「俺の今後を見てくれないか!? ゼッテエ浮気しない!」と誓った。

実際はその浮気相手の女、蓮の口説きに押しまくられ結婚をすると言われたことを前提に付き合うと合意したのに、なんと早いこと、この瞬間が初ドッキングとなっていた――レンの種を、たった五秒で、宿していたのだ。

「意外とそのイガグリ頭、青いねぇ。似合ってるかもぉ」

「いやーあー、さみぃ―わ」

「今度したら絶対別れるからな」

「ハイ!」

……という具合を、彩花が優佳にそれとなく説明した。

すると、優佳は、「わかるわかる‼男って子供だからね」。

「(彩花)まったく!プライドだけはイッチョ前だけに手がかかるガキちょっね」

「(優佳)蓮って、お姉ちゃんもだけど、なんでぇもっと早く『大好きなのは彩花だけ!蓮だけ!』ってお互いに告り合っててもいいし、何でしなかったんだよ、心配して損しちゃった」

「(彩花)あんたに云われたくないわ」。互いに苦笑し合いながら、結構まんざらでもない顔付きをしていた二人……、が、一方の優佳の心うちにも心配でならなかったことがあった。

浮気をしたような男はまた必ず浮気するに決まってる。

お姉ちゃんにそこを気付いていてほしかった。

でも、喜ぶ姉の顔を目の前にして口にすることを憚っていた。

自分だって妻子ある男と付き合ってるということは、浮気してことになるじゃないか……ホントに奥さんと離婚してくれるのかなぁ??


立秋とは名ばかり。

昼間は連日三十五度・四十度越え。このまま温度が上昇するまま続いていけばたら、いつかこの熱さで地球は爆発しちゃんじゃないかしら。

いま「四十度かしら」。まさに熱帯砂漠そのものだった。

お風呂から出て髪を乾かす彩花。

傍らに、優佳は下着のまま部屋のド真ん中に例によって、両手両脚を大の字に広げ寝そべっていた。

三ツ矢サイダがいい‼――と二人は異口同音にこれで割ったカルピスを口に「グイグイ」、「ゲップ! 」、「(彩花)あんさ!また私の化粧水使ったでしょ」。「(優佳)あんたこそ勝手に舶来のブラウス、エジプト綿で高いんだから」。本人たちには重要、が、どうでもいい事をぶつけあってると、「止めなさい! 外まで聞こえるわよ」と母がメロンを手にもう一方の手にはスイカを下げて玄関に入ってきた。

二つの玉をコロッコロッとテーブルに置く。

転がってテーブルが揺れた。

コップの飲み物が溢れそうに波打った。

「もー! 相変わらず大まかなんだから」。眉をひそめた佳菜。

「『いい加減』と云いたいんでしょ」。応えた母。

「『寛大』とも云うらしいよ」。横やりを入れた優佳、ペロッと舌を出す。

「あらぁ、もう柿が生る頃ね。よくお父さんと一緒にあなたたちも食べてよ」

庭の柿の木を見て懐かしむ母の表情。

それを覗き込む姉妹二人。

嬉しそうに、「(その姉妹は内心で)よかったーぁ、これでお父さんも浮ぶってもんね」。

「まだ渋いよ」。応える優佳。

「(母)いいえ、これは甘柿なのよ」。云い返した姉妹は二人とも口を揃え、「まだ青いから渋いの! お母さんみたいに」。顔を見合わせニタリと牽制球をイッパツ。

彩花は、すでに母の用件を察知していたようで、「二つもお土産なんて珍し、頼みがあって来たんでしょ」。

「まぁ、ご挨拶ねーえ。誰も盗りやしないって。だから家の印鑑を渡してあるでしょうが」

やっぱなーぁ、この家が欲しくて……と警戒する彩花。

「じゃ、何で伯母さんが『この家建てたら!』って云って来たのよ。お母さんが承諾したから伯母さんがそう云ったんじゃんか」。

「若しかして、お母さん、またここで一緒に暮らしたいからマンション建てようと思ったんじゃない」と彩花が突っ込む、思いやりのつもりで。

そう言った後、彩花も母も三人とも「…………」。唯唯、無風に。冷戦空気につつまれた。

気まずい空気のまま、徒お茶を互いにすすり合う三人。

優佳は気持ち内で、「あの歳であの歳下の旦那じゃいずれ捨てられる。その後を考えてそういう計画を練ってたるのかしら」と推測し、彩花は彩花で「また旦那とは別の若い男に媚を売って金づるとも知らずにこの土地を売って……」と邪推をはしらせていた。

「お母さん、泊まってゆく?」

「あら、珍し、彩花が優しいなんて」

「(彩花)どっちでもいいよ。泊まってっても、帰っても」。「(母鈴佳)いや、家に……。私は私の家で寝たいから」。

「ブルッ!ブルル―ン!!」。黒塗りの自家用車のハンドルを握って「またねぇえ!」と云って母は往った。

「(優佳)お母さん、本当に愛されてるのかなぁ。うまくいってないから、もし捨てられたら、お金が無くなって、この家をマンションに建替えにすれば生活してく家もお金も入るし……」

「(彩花)かもね。それはそれで良いとしても――でも。いい加減な生き方する人嫌い! 見てるだけでイライラするわ――お父さんが居るのに裏で別な男の子のを宿し何食わぬ顔をしてお父さんの子として産んでしまって。許せない!」。きっと、亡き父への立場を思慕し、そんな生き方をする母に反発したんだろう、と姉妹二人は伴に思いを廻らした。

「(あ!シマッタ!云っちゃた)――そっと妹優佳の顔を覗き込む彩花――優佳自身にはどうしようもなかったのに、その出生を責めるような云い方しちゃって……。


昨日夜半までの雨はうそのよう。「アッパレな日本晴れ~え~ッ」。

でもねぇ、学校の授業で聞いたことはあったんだけど。

雨は雨で作物や動物たちの血となり身となって、晴れは晴れで何人何物の芯のうちには気分爽快な空気を吹き込んで、どっちも自然の恵みと受けとめているのね、という思いを今胸の内に奔らせながら、いま改めて外を見上げた彩花。

彩花の今日の仕事は、いつものルーティンで始まった。

今日は、スタジオ撮影所の一角でアップルパイを口にしながら。

広い敷地面積99,171平方メートルもの日活調布撮影所で。

所内はチンドン屋か、学芸会、文化祭、大工仕事をしたり、チマチマ可笑しな事に没頭してたり、暇か?やることがないのか?遊んでいたり、真昼間から男がド化粧して、妙な村となっていた。

昼になるとリヤカーや三輪車・車いっぱいに積んだ弁当屋が遣って来て。

出前の兄ちゃんや買い出しに行くスタッフ達でごった返す調布撮影所内のいろいろ。いろんな各スタジオの貌。

その中に未だ芸名も付かない赤塚恵一郎という一介のエキストラが居た。

最近何かと彩花に親切にしてくれていた。

ところが、他俳優よりオーラがピッカピッカに目立って男前オラーまでも備えていた。

この駆け出しの若者は女優たちの間でも関心度が高まっていた。

裕次郎や旭ら先輩大俳優たちは「チェッ、いっぱしなツラしやがって!」。

それをしりめに、やがて持ち前のエキゾチックな二枚目マスクから日活を背負うほどの大スタ‼に――ダイヤモンドラインの一人として名を馳せるようになってゆく。

恵一郎の芸名を圭一と名を替え、やがて当時の日活看板を背負うほどの人気爆発期を主導していくようになる。

彼は、日本人離れした顔付から日活のトニーと世間から呼ばれるほどになりはじめ、このバター臭さがかえって一層の人気をあおった。

ハリウッドスターで既に全世界に名が売れるようになったTonyny Curtisに何処か似た風貌があったからである。

声を掛けられようもんなら、有頂天になっていた吉永小百合は「憧れのセンパイ!」と呼びかけ、恵一郎からは「うさちゃん」と応えるほど親しさを増していた。

当然である。

最初から中身など見えるわけないのであるから顔が全てになる。

恵一郎は、いくらスターになっていた後になっても彩花に対する親切さが衰えることはなかった。

それどころか、マグマのように沸々とアツくなってゆく。

恋には最初から以心伝心という電波があるんだよ。


季節は巡り。天空の風も入れ替わって。人の気分も代わる代わるになると。

桜の花がひとまず散り始めた地に。

葉桜の頃が。

ヒトの気も熟れ、動植物も熟れ虫さんも皆、浮かれ熟れの季。

「(恵一郎)あのーぉ」

「(彩花)う……? 何ぁ~に!」

「これ、良かったら」

撮影所の隅っこで、彩花が膝の上で食べてる弁当の横に恵一郎がそっと差し出したラブレター。

「ありがと。見ていい。これ食べる? お肉太るのやだから」

「貰う貰う‼」

嬉しマッハな彼の顔。お肉よりも素直に受け取ってくれたラブレターの方が五万旨かった。

「子供みたい!」と意外に可愛いと思った彩花。彼に対する第一印象だった。

「いいよぉ。一度なら」。彼の差し出したラブレターに書いてあった「一生に一度でいいから僕と食事に行ってください」を読んでのご返答であった。

相互に、撮影のスケジュール上なかなか時間が取れずにいた。

が、一週間後にようやっと調整が付いた。

二人伴でっかいサングラスをして銀座のすき焼き店で、気付いた店側はスターのプライバシー保護を思い遣って奥まった隅っこのテーブルに案内する。

やっと独りの男と女として向き合って座る二人。

「一度だけだからな」

戯けた顔で云う彩花。

「はい、一生感謝!感謝!」

頭をポリポリ掻きながらふざけた表情をする恵一郎。

湯気の熱り立つ鉄板鍋を仲立ちにお肉を与げたり代わりにお豆腐を貰ったりしてくうちに、ほがらほがらに呼応し合うようになった。

二人の話題も熱り立ってゆく。

恵一郎は、彩花の家庭と違い、両親仲良しの上に地元では名家として知られた良家な身分。

しかも見た目の派手さとは裏腹。

教養ある話し方、日活の彼女を取り囲む男優陣はヘッポコなダサ野郎と映り、真っ対照に目立つ彼の人なりを今知る彩花。

元々は大病院院長兼理事長の家庭に生まれ育ち、栄光学園中学校、卒業生の大半が東大進学を果たす超有名私立中から神奈川県立鎌倉高等学校卒業後、あと少しやれば、東大生になっていた筈が、モテモテな風貌から遊び過ぎて勉強不足が仇となって、成城大学に入学したが元々は秀才肌と当時の級友たちは云う。

実は、この医者の兄である内科医の赤塚星七とは、母鈴佳が夫昭一に内緒で浮気をし、その時にできた子が優佳であった。

やっやこしーぃ!なぁー。

つまり、その内科医がセナで、この医者の子が恵一郎すなわち彩花のニュー彼氏になったのである。

すき焼きを食って、話は弾み、身も弾んで、胃袋も踊って、気分はもうノリ~ノリ~。

その夜は遅くまでデート三昧。

一心不乱もいいもんだ。

夜はお月さんが顔を出す恋人たちの世界。

お月さんが二人に引力を与えるから恋は実る。

ノリノリになった睦言は二人の間を急激に近づけた。

引力のせいだ。

そうなると、もうその後は一変。

撮影所内で会うたびに、以前と違った化学変化を引き起こした。一寸も放っておけなくなる。リトマス試験紙はピンク色に変色していく。いつ、どこに居ても相手の存在が気になって気になってしょうがなくなる。

いつの間にか二度が三度とデートを積み重ねたくなっていく。

重なる度に楽しさ倍、倍倍、五万、となっていった。

おとぎの国を組み立てたくなる。

そうなると頭と体は別、体は正直なもんである。

徐々に本命だった筈の蓮に対し以前懐いていたような旋律がトーン

ダウンし始め、気付くと鳴らなくなっていった。

……て、わたし、浮気してるのかしら? 無い無い! 両方一度にラブを天秤に掛けるなら浮気だけど、一人だけに集中なら立派な、どの国でも誰にとっても、誇れる。独立宣言なのよ。

恋をする者は敏感になる。

敏感になると集中する。

すると時間が経つのが早く感じる。

佳菜は恵一郎と会う時間が短くなっていたのを感じ始めていた。

この頃、蓮には六勘が奔っていた。「……会いたがる回数が減っていくのは……フラれたのかなぁ?」。

焦り出した蓮。

自分でも焦る姿が見難くなるくらいに。

すると、彩花は、蓮と居ると余計に以前よりシツコク付きまとう姿がいやでいやで堪らなくなった。

これが増幅するばかりで、増々蓮の存在自体がウザくなってゆく。

ああ、私はやはり蛙の子かしら!? 

あんなに忌み嫌らっていた母の所業、生き方、生々しい欲望の発露、これらを一瞬にして自分がしたではないか。

いや、違うぞ!

わたしは母と同じではない。

愛する人は一人だけーえ!……この瞬間決めた、「恵一郎くんとやってく!」。

運命はあるのだろうか?

あります! 

肯定した人はラッキー。無かった人は不運。

運命ってやつは、或る日突然訪れて来るから厄介なのである。

いやいや、そうではありません。

運命はどこか他所からやってくるものではないわ。自分の心の中でちゃんと徐々に成長するものだったのよ。

運命をつくるのは、運命の始まりは、わたし自身のだったの! では無いわ!

** 意欲・考え。 

×× 我欲・喜怒哀楽。

「意思あるとこ、道あり」とは云わない。

「あるとこ、道あり」と謂う。 ――第16代アメリカ合衆国大統領リンカーンの言葉。――「どんな困難な道でもそれをやり遂げるという強い「意志」を持てば、必ず道は開ける。――“Where there is a will, there is a way.”

これほどのリンカーンだから、さぞかし一流大学へ通い高い教養とキャリアを、カを、重ねたにちがない。ところが、彼の生い立ちは貧乏・貧乏の日常茶飯事であった。このハンディを跳ね返すには「自力で勉強するしかない」と母は悟る。そこで先ず、憧れそうな伝記物の本を宛がえ、「この人物かっこいい!自分もなりたい‼」と思わせることに成功すると読書習慣が身についた時期を見計らって、次から次へと教養本を用意しリンカーンも「知りたい!」という意欲をドンドン増す結果に繋がり、後のナンバーワン大統領として今日、米国で最も尊敬される人物と評されるようになった。わけ!

夢を、語り合うようになって、相手の口からも夢を聴きたくなって。

語ることがドンドン愉しくなっていく。

もっともっと話してほしくなった。

聞いてほしくなった。

話だけではない、その姿のすべてがキュンと映った。

会わない一時が我慢できなくって、ますます会いたくなっていった。

普段なら何でもないことでも新鮮に映って仕方がなかった。

「いつか俺ら、結婚しよう!」と言ってくれた。

「うん!絶対だよ」と応えた。

なんも屈託も遠慮もない素のままの二人の恋がとってもいとおしくてたまらなくなった。

「彼のためならなんでもしたくなる、してもらいたくなる」 

そこへ、事故の一報が入ってきた。

それは、重傷だった!深刻だった‼

立てない! 

表情が蝋人形のようにしか見えない! 

顔面中が血だらけ!

瀕死で意識がない‼全然動かない‼ 

どうしよ?どうしよ?

病院のベッドに沈んだまま! 

この火急の知らせが家電から妹を介して彩花に届く。

1961年、撮影場内で皆んながお昼を食べていた頃。

偶偶、恵一郎は、石原裕次郎の怪我によって代役に抜擢され、撮影に臨んだ映画『激流に生きる男』のセット撮影中だった。「ちょっと昼休憩!」。

恵一郎がそう言い残しスタジオから外に出ると、セールスマンが持って来ていたゴーカートを日活撮影所内で試運転しようと誘ってきた。

キャッホ―! スリル!スリル!満点満杯! ガンガン行け行け‼ キャキャ!キャッポ~~!‼ 大声を発し、突! いきなり四方八方がデンッッと立ち開かる壁。鋼鉄だらけの面前。

咄嗟にブレーキとパニくる! 

踏み違えたブレーキとアクセル。

60km/h以上の猛スピードで大道具倉庫の鉄扉に激突。

あーあーあ、何と。

翌日は病院のベッド。動かない、でもでも必死に叫ぶ、「動け!動け!」。

この若さ二十一歳でこの世を去ってしまった。

「神様!ひどい! 酷い!酷い‼ 神様鬼だッッ……」

彼のご両親が差し出した手帳に「彩花さん(睦言色々云々が……)」を彩花は何度も読み返し絶叫、読み返してはまた号泣。読み返す手には握ったままの手帳が……。

傍らの妹優佳も貰い泣きした。未だこの時はその両親の兄つまり傍らの男を優佳の実父とは知らなかった。知るのはもっと後になって、実父と知ってその人を「お父さん!」と呼ぶのではなく「赤塚さん」と呼んだ……。


親子はそこにいればいいというものではなく、子から学ぶもの。そのときこそ親子に幸せは訪れてくるもの。

世間にはこれを反故にした親がいるもんだなぁ、と不図、胸のうちをよぎった。

昔、山田五十鈴という女優がいて。

1935年、二枚目俳優・月田一郎から口説き通され、押し倒され、本気になり、ついに子を身ごもり出産した。

だが恋多き母(本名は山田美津。山田五十鈴という名は看板)は隠してその子を一切面倒を見ることはなかった。

独身女性として人気を維持していたかった。

芝居という看板に恋していたのだ。

看板などはいくらでも描き替えられるもの。

永遠という名の親子の縁を知らぬ者は……。

脚光ライトと、見上げてくれる観衆とが生き甲斐となった。

乞食と役者は三日やったらやめられない。

これを地でいった。

このとき生まれた女の子は後に凄艶な美人女優となって母と再会した折に「あんたは誰? よくも捨てたな! 最低‼」と詰った。

やがて破滅への道をたどって往く娘。

母も「まさか!」の奈落の底を見ることになる。

その子はやがて嵯峨美智子の芸名で女優デビュー。

デビュー後に再び、既に嵯峨美智子の父と離婚していた母五十鈴と十数年ぶりに対面を果たした折り、母を「山田さん」と呼んだ。

これは小説物語ではない、実話です。

1956年、美智子は松竹へ移籍。

母五十鈴譲りの妖艶な色気と演技力で女優として超人気女優を博してゆく。

六年後の1962年、二枚目を地でゆく俳優のミックス(父フランス人と母デンマーク人とのハーフ。日本とのハーフは、ウソである)岡田眞澄と婚約し(二人とも昭和十年生まれのタメっ子同士)伴に美系同士が影響したか、結婚にまで至ることはなかった。二年後に解消。

その後は、もうハチャメチャ。

金銭トラブルや薬物中毒、挙句は岡山市で一時キャバ嬢をしてみたり、等々の度々トラブルを引き起こしだ。

警察出動に至ることもしばしばしば。

都度警察に懇願し、即釈放、再逮捕、の繰り返しになった。

同時期、芸能界と不祥事を繰り返すことも常態化していった。

俳優の森美樹とのラブロマンスもあったが、運が悪かった。

美樹が美智子を好きになり過ぎて思いのままにならない自分の恋愛に悩んだ末、ついに或る冬の夜、自宅でガス中毒を図り二十六歳の若さで自殺を図ってしまう。

この事件は、美智子を更なる悲劇のヒロインへと追い遣ってゆく。

そんな或る日、撮影所に準主役に就いていた別の女優が自らの幼い児を連れてやって来た。

美智子はその姿を自身の生い立ちと重ね合わせた。

その親子二人の温かな姿を見た嵯峨美智子は急にタクシーを飛ばして上野にあった桜満開な公園の下で少しでも自分を和ませようと飛んで行った。

が、目の前の桜満開に集っていた親子連れに、又しても、親子の姿を重ね合わせてしまっていた。

そして、1992年8月19日、苦痛に耐えられず窮愁に陥れていた日本から逃れるように異国へ行きたくなった。

タイ国のバンコクへ身を置くことになる。

ところがここでも癒えるどころかますます心は煩悶するばかりの淵に陥るだけで滞在先のバンコクでクモ膜下出血のため死去してしまった。

五十七歳の若さであった。

死に顔は、綺麗な化粧の……寝顔であった。

若し、若しも、……母山田美津がその娘美和子(後の瑳峨三智子)と正常な親子関係にあったとするなら、充分に防げた筈。

他人事ではなかった……彩花と優佳の恋の行く先……夫に隠れて別な子を腹に孕んだ母。

人にはみんな大小の違いはあっても、似たような、或いは、等しく起きるんだなぁって。

ああーあ! イヤだーあー!


日曜の朝早くから何んなの⁉ さっきから人の家の前で車のエンジン音、うるさいわねッ! 見て来て! 

やはりブルーバードだった。

「(真二)こんにちわ」

「(彩花)まぁ、いつも妹がお世話になっています」

「いえいえ、こちらこそ」

「(優佳)おっす。ねぇ!うちのおねえちゃ綺麗でしょ」

「うん、映画で見るよりズット美人。「…………」 「(真二)あ、優佳さんの方が綺麗だよ」。優佳はムッとした。真二のヤロ! 遅いんだよ!

三人とも大笑いを吹いた。

「暖かいから公園散歩しない?」と真二は誘う。

「お花見しよっか。新宿御苑は?」と応える優佳。

「お、いいかも」

「ここ、こんなに広いとは知らなかったぁ」と、ファーストフードで買ったパストラミサンドイッチとレモンソーダを交互の口に入れ替えしながら園内を歩く二人。

「散った桜の後もいいもんだねぇ。若葉が生き生きと映って。次の花のツツジの芽は、もう、こんなかわーぃ!」

「そうなんだよね。散った後の人のやり直しのようにな」

「何それ。失敗と散ると、どゆ関係?」

「いやぁ、喩えだよ」

「変な喩え。って、裁判官って皆んな嫌な部分を抱えてる人たちばかりを対象としたお仕事だから大変だね」

「けど。困ってる人を助ける仕事と思えば張りる気も湧くってもんだよ。人間としての社会的な価値観も高まるしな」

「ねーぇ、困ってるといえばその後、奥さん、どうなってるの?」

「…………」。ひと呼吸入れた真二は、「あいつ入院してさ……」。

「あらぁ、どこか悪くて?」

「医者が云うには『双極性障害』とかいって情緒不安定だから子にも影響を与えかねないから暫く家庭を離れて入院してはどうでしょう!とアドバイがあったもんで」

「そ。四歳だっけ?」

「妻がいないから、よかったら家に来る?」

「え!? 流石に遠慮しとくわ。奥さんと寝てたベッドでしょ。信じられな―ぃ」

「そうかぁ。わかった。あいつは来年から幼稚園。なぁ、ドライブしない? 江の島とか?」

優佳が黙ってると「映画とかは?」と云い換えた真二。

こいつ又途中のモーテルに寄ってうちの身体狙ってるなと六勘が奔った――なんでやねん? 

「ねえ! お子さんの為にも、しばらく真二さんが奥さんの傍に居てやった方がよくない?……なんかうち、ワルい気がして来て」

「ぇえ? どうゆ意味?」

「そゆ意味!」。優佳は、胸のうちにわだかまっていたものを内にある心に向かって何回も怒鳴りつけるように、「何が社会的価値が高まるだい! やってることはクズのクズの底辺をウヨウヨうごめいてるだけじゃんか‼ 嗚呼―ッ、スッキリ!した」。

方や真二の方は、話しながら、真昼間から優佳の腰に手を遣りゆっくりと摩り出していた、次第に手は……。

突、「ありがとう!今まで。真二さん、お幸せに」。

そお言い残すと速攻にその場をサッサッと跡にした優佳。

立ち上がった優佳の腕を掴む真二。

そっとその手を解くように払う優佳。

庭園事務所のガラス面に映る背後に、その場に立ちつくしたままの真二の姿が、残って映る。

見上げた空は雲が吹っ切れた春の青空になっていた。

そして、優佳の貌。

もう分かった――少しも思い遣りの思いの字も無い男、私にも奥さんにも。

そうよ! 私への優しさは性欲の捌け口だったの。見抜けなかった私は大馬鹿者よ。

数日が、数週間が、経った。長い数週間だった。数か月が経ったようだった。そこには憔悴しきった真二の顔があった。

頬が痩せ細っていた真二は、一向に電話口に出ない優佳にしびれを切らしていた。

そのなかで、真二から優佳宛てに一通の手紙が届く。

「その後も、どうしても忘れられません。妻と離婚することは誓って云い切れます。信じてください僕の愛を……ナンタレ」。

一読した優佳は、「『離婚離婚!!』って云うだけやん。してないじゃん!」

ケロッとした顔になっていた優佳。

一旦決めると、強いのは女。

一旦決まっても、ウロウロするのは男。どっちにもならない者は鈍感症。

既に彩花には、本命であった日活での故恵一郎との間に新しい命を宿していた。

そこで、長年元彼であった蓮に方向転換し、急接近。

『善は急げ』が相応しいと言わんばかりに行動を即起こした。

連日連夜に亘り男女の関係をオンオンお盛んにすることが目的だった。

させた。

続けた。

悦んだ蓮。

やったり! 計画通り! 歓ぶ佳菜。

このお陰で二人は早々に結婚式を挙げる運びとなった。

お腹の子は、恵一郎のである「…………」。

しかし表向きは、蓮の子として産むわ。育てて見せるわ。――一生涯。

「女は、しぶとくなきゃ」。何度も何度も言い聞かせた佳菜。うんうんとうなずく度にホッとしている自分が嬉し笑いになって。


顔はニッポン晴れ。

こころは、にこにこマーク。

そおよ~う! 遣ることは遺伝するのよ。


恋は花火だわ。

燃えて、パッ咲いて、終わって、それでいいのよ。 

学んだわ。

結婚は、恋愛するためではない、生活してくため、(したた)かでないとやってけないわ。

そうよ! これが、(したた)かな生き方ってもん~さ‼


“女は現実に生きる動物”  vs “男は夢食い動物” 

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