ゴールデンウィーク
ゴールデンウィークはイベントDayである。
1週間の休みを私とのイチャイチャ期間も含めてテスト補習とお出かけあるのだ。
補習は攻略対象者に先生がいるからだろう。
お出かけは、所謂デートイベントだ。
ここはまだ、警戒心の強い兄は私を離す筈がない。
「紫、行こうか」
「……………………はい」
この補習、兄ではなく私だ。
これもゲームの強制力なのか、テスト当日体調不良で休んだのだ。
補習イベントはどうするんだろうと思っていたけど、なんの問題もなく補習確定である。
それに着いてくる兄。
……………………兄よ、今日は来ない方がいいんじゃないかな。
私は兄が心配だよ、いや、まじで。
「…………全員いるな」
名簿を見て顔を上げたのは補習を担当する教師。
メイン攻略対象者の最後の一人だ。
眼鏡高身長のインテリに見えるが、実際は優しい先生だ。
青みがかった少し長めの黒髪がサラっと落ちて耳にかけるのが色気があり人気なのだ。
実際ゲームの碧もその姿に目を見張り数秒目を離せなくなっている。
補習用に用意されたプリントが配られる。
どうやらこれをしてテスト替わりになるようだが、プリントは6枚ある。
結構な数に、補習に来ている生徒のブーイングが飛ぶ。
「これでテスト免除だぞ? むしろ喜べ」
私は1日休みだから3教科分だ。
ここは、3教科赤点が集まる補習クラス、だからプリントが多いのだろうか。
裏表にビッシリ書かれた問題ないに眉を下げる。
悲しい……ちゃんと学校行けたら問題無かったのに。
それに待たせてる兄は大丈夫だろうか。モブキャラにエンカウントして、今補習担当をしている教師に助けられるのだ。 心配だ……。
この教師、小林青澄に。
ちょうどこの教室から待っている兄が見える。
あまりチラチラしていると注意されかねないが、兄の無事を確認するくらいは許されるだろうか。
窓側なのが良かった、見やすい。
持ち込んだ本を見ながら待っている兄を確認してからプリントにシャープを走らせた。
後ろから静かな足音が聞こえる。
見回り中の小林青澄が歩いてきたのだ。
質問なども聞きながら歩く小林青澄は、私の隣でピタリと止まった。
「………………秋堂紫…………紫? 」
「え? 」
いきなり名前を呼ばれて顔を上げると、眉をギュッと寄せてプリントに書いてある名前を見てから私の顔を見る。
実は担当の学年が違うから、私は初対面であった。
だから、まさか話しかけられるとは思わなかったのだ。しかも、補習中に。
「…………秋堂碧の妹か? 」
「え? はい、そうですけど……」
「……碧の妹が補習、ね」
なんか文句あんのか。こっちは休んだ分の補習だわ。
眉を持ち上げて一瞬嘲笑ったこの教師、優しいんじゃなかった? ゲーム中は優しさに溢れてたぞ?
やっぱ兄じゃないからか。兄以外に向ける優しさは持ち合わせていないのか。
何か言うべきか……と先生を見ていると、次第に目を見開いていく。
その視線は私じゃなく窓の向こう。
「っ! 自習していなさい!! 」
声を張り上げて慌てて走っていく小林青澄の背を見てから、窓へと顔を向けると、両手を捕まれ何かを話している兄の姿。
あれ、思ったよりも早くない? 補習終わりくらいにモブキャラが来る筈なのに。
まあ、現実でゲームじゃないから多少の誤差はあるんだろうね。
向こう側で到着した小林青澄によって多少乱暴に追い払われた生徒を見送った後、兄の体を触れている。
多分、安否確認だろう。…………だよね? 邪な気持ちは流石にないよね。 頼むぞ。
そんな2人を見ていると、不意に兄がこちらを見た。
目を見開き一瞬にして青ざめた顔をした兄は俯き私からは顔の確認が出来無くなる。
それなりに近い場所だから、良く見えてしまった。
ごめんね、もう見ない。
補習のプリントは枚数こそ多いが躓く問題もなく、スラスラと回答する。
すると、席を外していた教師、小林青澄が教室に戻って来た。後ろには兄もいる。
ゲームと違う展開に目を見開くと、私を見た兄が一瞬顔を逸らしてから、また私を見た。
「すまなかったな、続けてくれ」
空いてる椅子に兄を座らせた教師はチラリと私を見る。
無表情に見えてどこか笑っているような、そんな顔に思わずムッとした。
そして、その後は顔をあげること無くプリントをやっつけていく。
悲しそうに私を見る兄の視線をなんとなく感じてはいたが、今は雑念を払うようにプリントに集中したのだ。
「先生……ありがとう、ございます」
両手を掴まれて壁に体を押し付けられていた碧は、乱入してきた教師、小林青澄によって助けられた。
昔から何故か男にモテる碧は、なんで俺なんだろうと首を傾げる。
自由恋愛なので、同性に好かれても勿論問題は無いのだが、2年に進級してから強引に関係を迫る人が増えた気がする。
しかも、それを妹に見られるのだ。
「大丈夫か……怪我とかは?」
「大丈夫です、どこも」
「そうか……良かった」
体に手を這わせて痛みなどがないか確認される。
小林青澄、この担任からも熱を含む眼差しを向けられていることは分かっていた。
教師だから大丈夫だと、そう思っていたのは最初だけで大人だからのずる賢さで碧に迫る。
「…………痛みはないんだよな? 」
「大丈夫ですから、離してください」
「こら。調べてるから動くな……ああ、妹も心配してるぞ」
「えっ……見て……たの? 」
バっ……と補習の教室を見ると真っ直ぐ碧を見る紫の姿に顔を青ざめさせて俯いた。
「ん? 碧どうした? 」
「こんな……情けない姿をまた見せてしまうなんて」
「情けない? 」
「迫られてる姿を……」
「………………そうか、確かに自分の兄が一方的に迫られてるのを見たら情けない……というか幻滅するかもしれないなぁ」
「幻滅……」
「あっ! 悪い!! お前の妹がってわけじゃないからな! 俺が兄に思ってた事で……悪い、落ち込ませたな」
ふわりと頭を撫でて俯く碧の顔を覗き込む。
悲しそうにしている碧が、またチラリと教室を見るが、もう紫は碧を見てはいなかった。
「………………紫」
「心配だし、補習のクラスで待つか」
「いいの? 」
「ああ、行こうか」
「……うん」
大人しく着いてくる碧を見て、更に紫を見てから口の端を持ち上げる。
それを隠すように手の甲で口元を覆った。