自由恋愛
「紫……どうしたのそれ」
「お兄ちゃんの」
「………………なるほど? 」
ダボダボのジャージを着た紫はズボンの裾を丁寧に折り返している。
Tシャツも兄のを来ている為、胸元がガバガバだ。
しっかりジャージのファスナーをして袖も捲るが、膝上まであるジャージの上はワンピースみたいになっている。
「誰かに借りれなかったの? 」
「お兄ちゃんがダメだって」
「あー」
紫の周りは碧の独占欲は良く知られている。
それくらい碧が紫に会いに来るからだが、そのせいで1年にも攻略対象者がいる。
可愛くて仕方ないと紫をかまう碧に惹かれて同じようにして欲しい構ってちゃんな年下攻略対象者だ。
勿論モブホイホイもしている。
この周りの反応を見てわかる通り、周りは兄のシスコンっぷりをあまり気にしていない。
それは、この世界の恋愛観にある。
BLが主体のゲームだったが、実は自由恋愛の幅が広い世界だったのだ。
同性は勿論、幼女趣味や少年趣味は普通で、兄弟姉妹の美しい愛から、碧の狂愛に至るまでこの世界は受け入れられている。
だから、ゲームのあの濃ゆいシーンは現実に何処かで起きていてもおかしくないし、攻略対象者が紫を敵視するのも頷けるのだ。
そして近親相姦という禁忌は自由恋愛の中に含まれ禁止されていない。
碧の狂おしいほどの愛が紫に向かい、タガが外れる危険も実は隣り合わせなのだと生まれ変わってから知った。
どう転んでも、紫はかなり危険な橋を渡らなくてはいけないのだ。まさに四面楚歌である。
リアルだとこのゲーム恐ろしい。
借りたジャージを着て伸びをする私のところに来たクラスメイトの男子。
大きい割には、刺繍されている苗字が私と同じで眉を寄せている。
「………………へぇ、碧先輩のジャージ」
くいっと脇腹あたりのジャージを引っ張られ、ちょっと嫌そうにその人を見る。
高校生とは思えない程可愛らしい男子だ。
攻略対象者、千川黄伊。
キラキラ輝く金髪に大きな黄色い目の男子生徒。
完全に外人さんだが、外国の血が強いハーフで日本生まれ日本育ちの英語が壊滅的に駄目な子である。
こちらはお兄ちゃんに憧れる可愛らしい男子で、お兄ちゃん感満載の碧に一気に引き込まれた。
ゲームの主人公らしく魅了していく兄である。
このハチャメチャな内容に、重すぎる妹愛が激しい兄が活躍するゲームは完全に恋愛中心で過去のあれこれなんていう濃ゆい背景はない。
高校生活を満喫する一般的な学生と色気ダダ漏れな教師がいるだけだ。
鬱展開の重たい愛がテーマなゲームに、複雑怪奇な背景はいらない。てんこ盛りすぎる。混ぜるな危険。
「な…………なに? 」
「別に。羨ましくなんてない!! 」
「…………羨ましいんだ」
「違うったら! ちょっと……似合うなって思っただけ!」
お……おおぅ。
「あ……ありがとう」
さすが乙女ゲーム。既に乙女ゲームって言っていいのか分からない内容だけど、分類は乙女ゲーム。
そんな攻略対象者はやはり破壊力が凄い。あざとい。
今の所、絡みのある攻略対象は、この千川黄伊が1番多い。
多少の違いはあるが、ゲームに忠実に沿っているようで、兄にアタックしながら私にもちょこちょこと話しかけて来る。
まあ、ゲームのような劣等感を持っていない私は閉じた心とか無いから仲良くなるのは問題ない。
キュンキュンはするよ、だって魅力的なキャラたちだ。兄含めて。
でも、恋愛はしない。絶対だ。むり、監禁むり。
兄よ、妹はいい子にしてるので悪魔化はしないでくれたまえ。
「………………あのさ。あとでちょっとだけ着てもいい……?」
「え? お兄ちゃんの? お……おぉぉ」
「引いた目しないでよ!! 」
ゲーム開始からまだ1ヶ月、ギリギリ平和です。
たとえ、窓から見えるグラウンドの片隅で何故か兄が襲われていても。
……………………え? 襲われ……………………
「お兄ちゃぁぁぁぁんん!!! 」
ガタン!!と派手な音を立てて1階なのをいい事に窓から飛び出て走っていった。
ポカンと見ている千川黄伊、お前お兄ちゃんが好きなら一番に気づいて助けに行けよ! 使えねぇぇぇ!!!
だだだだだだ!! と走り服の中に手を入れて、まさに襲っていますな先輩を蹴り飛ばした私は、すぐさま着ていたジャージを脱いで兄に着せた。
涙目の兄がヨレヨレの姿で私を見てくるが、私はぶっ倒れた先輩に更なる追い打ちをかけるべく向きを変えた瞬間、兄に後ろから抱きしめられる。
「ゆ…………紫!! 駄目!肌が見える! 」
「今そんなん気にしてる場合じゃないでしょ!! 無理矢理だめ!! お兄ちゃんに手を出すなぶち殺すぞ!! 」
暴れる私を抑える兄。
良く襲われる兄がいて、妹は逞しく育ちました。こんな状態でブラが見えていたくらいなんなのよ。兄の貞操の危機だぞ、そんなん後回しでよろしい。
ふーふーと怒り狂う私の胸元が出ないように後ろから服を手繰り寄せて抱き締める兄は、安心したように息を吐き出した。
かなりの頻度で危険な場面に乱入する私を危ないと窘め震える手で抱き締めてくるが、その震えは襲われた恐怖からでもある事を知っているし、私を見て安心しているのも知っている。
だから、危なかろうがなんだろうが助けにいくのだ。
「またお前か、碧の妹」
「またって言うくらい手を出してる自覚ある? 兄ちゃんに触るな節操無し!!」
「お前は可愛い顔してるのにまるで猛獣だな、碧の可憐さを見習え」
「大人しくしてたら兄ちゃん襲わられ放題でしょ! 」
ふわりと黒髪をなびかせながら叫ぶ私の前まで来た変質者な先輩は、手を伸ばす。
乱れた私の頭に手を置いて優しく髪を梳くと、後ろから兄の手がそれを弾いた。
「紫に触らないでください」
「…………まったくお前たち兄妹は……綺麗な顔の乱れた姿を見るのは楽しいんだがな、そんなに睨むな」
「妹を邪な目で見ないで下さい」
くるっと向きを変えられて兄の胸に顔を押し当てられる。
ギュッと抱きしめられて、守りに来たはずが守られている現状に眉を下げて見上げた。
厳しい顔をしてじっと相手を見ている兄に、襲われて泣きそうだった面影はない。妹Loveパワーである。
この先輩は予想通りな攻略対象者で、綺麗な者や可愛い者が好き。
その見た目で射抜かれ、優しさに射抜かれ、そして似た容姿の可愛らしい妹、つまり私とのセットでも喜ぶ変態。
つまり、碧が好き。まぁまあぁ妹も好き。むしろ一緒に頂きたい、な3年の変態、有栖川朱寧。
これでも生徒会長。腐ってやがります。
私は腐女子であるが、無理矢理はダメ絶対。
お互い好き同士でイチャイチャチュッチュするのはいくらでもどうぞ、もっとやれ。
だからこそ、序盤の無理矢理感満載な有栖川朱寧の攻略は1番最後になった私だ。
後半はいいのだ、兄を一途に大切にして私にも気を配る優しさがある。
多分1番私を大切にして兄の心を掴むのは、この有栖川朱寧。だが、1番いきたくない兄との濃厚チューなスチルのラストに行くのもこの有栖川朱寧だ。
あのスチルは恐怖の2種類あり、1枚はアッ……!となってる最中に濃厚チューをぶちかます兄に壁ドンならぬベッドドンされてる私。
もうひとつは、同じ体制でアッ……!となってる兄を見上げて恐る恐る胸の飾りに指先で触れて兄を喜ばせてる私。
うん、アウト。
どっちにしても彼氏とのイチャイチャに乱入してる妹に大好きオーラ出しまくる兄の狂愛はもうお腹壊すって。お腹いっぱいどころじゃない。
それを許すどころか、楽しそうに見下ろす変態有栖川朱寧。怖すぎない? この人は選ばないでお兄ちゃん、まじで。
あのスチルを思い出して、守らないとと全身押し付けて抱き締めると兄の体がビクリと震える。
「……妹、抱きつき過ぎじゃないか? 」
呆れたような声で言われ、顔だけ振り返り睨みつけるが、その顔は思っていたのと違い穏やかで愛おしいと物語る目をしている。
「(なに、あの甘ったるい目は!! 危険だわ、お兄ちゃん喰われそう)」
チラッと兄を見ると真っ赤な顔で口元を抑えている。
なにこれ、可愛らしい天使かな。
あの甘ったるい目で見られてるから? え、まじで?
「ゆ……紫、今見ないで。だめ。」
可愛い、ありがとうございます。
こんな可愛い兄をくれた神様ありがとうございます。
私への狂愛だけ無くしてくれたら、もう完璧。
そう思っている私だったが、兄が顔を真っ赤にしている理由にはちゃんと理解していなかった。
まさか、服からほぼ見えている胸を体に押付けて抱きつく私にキュンキュンして照れていたなんて必死だった私には浮かばなかったのだ。
兄より低い身長の私が見上げる上目遣いに胸元と強打撃で連打された兄はノックアウトで私ごとズルズルと座り込む。
「あれ、お兄ちゃん? 」
「お兄ちゃん幸せすぎて……」
「襲われたのに幸せ? え? ちょっとしっかりして? 」
ポンコツに成り下がった兄の頭を撫でる為に伸び上がると、必死で抱きしめられ押し戻された私は大人しく抱きしめれておくことにした。