これは、誰も知らない真実
それは本当に重なった不幸としか言いようがない。
律儀な斎藤白朗は、あの兄との話から数日が経ちわざわざ私に謝りに来てくれた。
何度も連絡をしてごめん、しんどい思いをさせた。 そう、頭を下げたのだ。
その真剣な様子に私は笑顔を見せる。
兄を1年の時から好きだった誠実な男性。
ゴールデンウィークの時に、戸惑いながらも私の外出にOKしてくれた優しい人だから、いつまでも罪悪感に囚われずにいてください。
攻略対象からの兄の鬱ルートを回避したと喜んでいた私は、笑顔を浮かべて斎藤白朗の謝罪を受け入れた。
この瞬間を3人に見られているとも知らずに。
「……………………ん? 頭が痛い」
「起きた? 頭痛い? 分量間違ったかな……」
首を傾げる兄の姿をボーッと見ていると、ギシ……とベッドのきしむ音がして私の体も少し沈む。
「大丈夫? 水飲む? 」
「うん、ありが…………」
ジャラリ……と手首から聞こえる音に気が付き目線が無意識に向かう。
細く綺麗な銀色の鎖が腕とベッドを繋いでいて私の体を固定している。
それは両手両足で、長さがあるから動く分には問題ない。いや、大ありだ。なんだこの鎖は。
そして1番の問題は、薄くヒラヒラとした心許ないネグリジェである。
そう、これは鬱ルートの………………
「はぁ?! ちょっ……なんで?! いや、おかしいでしょ!! 」
もう兄のゲームぶち壊し幸せエンドが起きているのだ。
なぜ今更になって鬱ルート?! しかも、兄だけじゃない、高垣兄弟もいる。んんん?! なんで!
「暴れたら手首痛いって」
「紫、水は? 」
いつもと変わらない3人。私がおかしいのか? いやおかしい訳がない。
水を持って私をチラリと見る彰から水を奪い取り半分程一気飲みした私は兄、上総、彰の順番に顔を見る。
あの鬱ルートの仄暗さは一切なく、穏やかな3人。
「…………ん、紫可愛すぎる。どうしようかな、俺理性飛びそう。見てよ、透けてる。ふふ、可愛い」
笑顔でなんって恐ろしいこというの?! うちの兄だよね? 中身入れ替わってないよね?!
ぎゃ!! 指先で乳を押すな! 変態め!!
パチン! と手を叩き落として体を隠すように抱き締めるが、そんな私を見た3人は相変わらず蕩けるような笑みを浮かべている。
「紫ちゃん寒くない? これね、ネットで気になって! 好みに合う? 」
「にぃにが買ったの?! 」
「買ったのは俺」
「お兄ちぁぁぁぁん!! ……まって、誰が着替えさせたの?! 」
「俺と上総だよ。彰はね……ほら、死んじゃうから」
今も赤い顔でチラッと見ては慌てて顔を逸らすが、胸元にチラチラ視線が来るのを誤魔化せてないからね!
「可愛いくて似合うね。本当はこんな鎖付けたくなかったんだけど…………紫がシロと浮気するから」
「は? う…………浮気? 」
「うん。なんか話してて紫、可愛く笑ってたから」
「謝ってもらったの! 迷惑かけたって! 真剣に謝ってくれる誠実な人に対して笑いかけて何が悪いの!! 」
あんたの友達でしょうが!! と声を大にして言いたい。
あんなに真剣に私に対応してくれたのに、なんたる誤解。普通に酷い。斎藤白朗の誠実な告白を聞いて、あんた……する事鬱ルートって酷いだろう。
「あ、そうなんだ。俺てっきりここにシロを混ぜるつもりかと……」
「誰が混ぜるかーー!! 」
「だよね、良かった」
良くないわ。着替え寄越せ。鎖外せ。
「俺ね、紫。 紫がもし誰かを好きになったら……嫌だけどね、ここに入れるのも悪くは無いって思ってる。紫が幸せなら。だから、もし好きな人が出来たら教えてね? 」
寂しそうな顔で言う兄を見て、同じ表情をしている高垣兄弟を見て、私は仕方ない人達だなとため息を吐いた。
「…………あのさ。私が好きなのはお兄ちゃんだよ。お兄ちゃんが1番好き。にぃにと彰も大好き。お兄ちゃんがいたからちゃんと心から好きってわかった。だから、にぃにも彰も自信もって好きって言える。私さ、別にお兄ちゃん達をはべらせていたいとか思ってないから。無限に好きな人作るとか、ないから! にぃにと彰を好きになったのがびっくりしてるくらいだから! 」
だから、変な考えは持つなー。持っちゃだめだー。
黙って私の話を聞く3人をじっと見る。
どんな反応が返ってくるのか、心臓がギュィンと変な音を立てている気がする。
それくらい、今の私は瀬戸際なのだ。
鬱ルートと酷似した状態。嫉妬してる3人、但しまだ話を聞いてくれる冷静さと穏やかさがある。
どうなる。どうなる、私の今後の生活。
カシャン……
「紫ちゃん、手痛い? ごめんね」
「にぃに……」
「あれを見ちゃったらね、ちょっとタガが外れたわ。俺さぁ……前はシロが好きだんだんだわ。だからこそ、あいつの良さも知ってる。1年そばに居た碧もだし、彰だって中学までは水泳部だから、シロを知ってる。だからさ、良い奴だって知ってるから余計に不安になった。疑ったりしてごめんね? 今は紫ちゃんだけ。だから、余計に盗られたらって不安になった。ちゃんと紫ちゃんはこっち見てくれてるのにね」
「紫…………嫌いにならないで。俺、嫌われたら生きていけない」
私の片手を上総は大切に大切に撫でながら言うと、彰がベッドに乗りあがって私に抱き着いた。
相変わらずのサラサラな黒髪が揺れて、私の頭に擦り付ける。
さっき引っ張ったシーツをしっかりと体に巻きつけているから抱き締めて頭を撫でられないが、くっついているだけでも満足そうだ。
兄を見ると、何か眩しいものを見るような眼差しで私を見てる。
「…………紫……あの……」
「ただいまー! 碧、紫、おやつ買ってきたよー!! 」
兄が何かを言おうとした瞬間、買い物に出かけていた母が帰宅する。
碧は凄まじい速さで扉を開けて顔だけ廊下に出して返事を返す。
よく見たらここは兄の部屋だ。あの、見知らぬ誰の部屋かわからない場所で豪華なベッドが置いてある訳じゃない。
「はーい! 今アニメ見てるから、1話終わったら下行くよ」
「持っていこうか? 」
「大丈夫、ありがとう」
はぁ……と息を吐き出して、テーブルの隣に置いてある服を持つ兄。
「はい紫、着替え」
「ああ……うん」
「紫を閉じ込めようとか、そんな事はしないよ。ただ、ちょっとヤキモチ妬いちゃったから、鎖で繋いじゃった……やりすぎたよ、ごめん。いくらお兄ちゃん達でも怖かったよね」
怖かったです。色んな意味で。
「もうしないから……する時は前もって言う」
「言ったらしていい訳じゃないからね?! …………いや、なんでビックリしてるの」
駄目なの?! みたいな顔してるけど、良いって言う人の方が少ないからね?
こうして、鬱ルートも回避した私は安心してチラチラ見ようとする上総を兄に抑えて貰いながら着替えをすませる。
母の買い物に行っている間だけの監禁ゴッコだったらしいが、その割にはスチル感満載でゾクリとした。
もうしないとは言ったが、私に対しての執着は消えず、むしろ増える一方の3人。
公式ストーカーと化した彰が学校での紫守り隊を発動させてそばにいるようになるし、チャラチャラしていた上総の雰囲気はなりを潜めて私だけを見るようになった。
相変わらず兄は私に甘く、優しく囁いては腰を破壊していく。
私の考えていたゲームの筋書きには、まったく沿わなかったが、これで私は懸念していた鬱ルートや、攻略対象と兄のアッ……とした場面に連れ込まれなくてすむと、心底ホッとしたのだ。
BLの世界のゲームで、主人公の兄と妹の私が付き合う?! しかもライバルキャラ2人含みな複数?? と、未だに朝起きたら夢かな? と思うのだが。
そんな困惑を吹き飛ばすくらいに3人は私を幸せにしてくれようとそばに居てくれる。
正直、今でも兄の望む恋愛の形を完全に理解はしていない。
高垣兄弟が私を愛した事に嫌がらない事も、高垣兄弟が兄を好きなわけじゃないのに私への狂愛の欠片という愛を渡した事も。
ゲームで兄を求めた攻略対象者が欲しがった凶愛の欠片は恋愛の愛情だけど、多分高垣兄弟が受け取った欠片は違う。
私を愛する2人への信頼や同士といった情なのではないだろうか。
どちらにしても、それを正確に理解しているのは隣にいる兄だけで、私が1番欲しかったのも兄の幸せそうな笑顔だけ。
だから、終わりを迎えたゲームのその先を、兄の幸せだけ願っていたその先を、今度は4人が幸せになれる未来を作るために紡いでいこうと思う。
重苦しくも胸が熱くなる愛を抱きしめて。
転生者、紫は知らない。
あのゲームは全年齢対象と、R指定がある。
かなりの人気を叩き出したゲームは、続編やその他の商業へと手を伸ばしていくのだが、その前に前世の紫は死んでしまっていた。
だから、知らないのだ。続編で増えた3人のキャラや、新しいエピソード。
それらを全て終わらせた後に出てくるシークレットキャラ。
それこそが愛してやまない妹、紫なのだ。
攻略対象は、主人公の碧も含めて名前の何処かに色を持っている。
『ゆかり』という名前には『むらさき』の字が当てられ、最初からしっかりと攻略対象キャラに指定されていたのだ。
サポートキャラでなく、主要キャラとなった紫は、出来のいい兄に拒絶と反する興味を持ち、観察する。周りに愛され、行き過ぎる感情から襲われる碧を紫は幾度となく助けるのだ。
無意識に、転生者紫はゲームのシナリオ通りに進んでいた。
碧を守り、仲間を作り、溢れるばかりの愛を注がれ、それを間違えずに鬱ルートの選択肢を掻い潜ってきた。
そう、碧は最初から紫ルートを歩んでいたのだ。
シークレットキャラで、唯一碧が心から幸せになれる最後の最強ルート。
それをしっかりと引き当て、選択肢を間違えず推し進めた結果、ゲームには無い高垣兄弟を手中に収めながら兄を完全に攻略したのだった。
これが、誰も知らない真実。
誰も知らない現実で、幸せな未来への道標。
「「「紫、愛してる。ドロドロに溶け合うくらいに、俺たちを愛して」」」
どこまでも貪欲で底が無い沼のような3人。
しかし、こんな終わりもひとつの幸せの形である。
苦笑しつつも手を離せない紫の未来は、きっと最初から決まっていたのだろう。




