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カリーナの勝敗

 会場の大広間に戻ると、静かな熱狂がそこにあった。

 他の対局は終わり、カリーナとヴァラリーだけがまだ続けている。

 アダン殿下は貴賓席に座り、二人の対局を見つめていた。

 陛下と王妃様の姿は会場にすでにない。貴賓席にはアダン殿下お一人だ。


「チェックメイトです」


 カリーナが声を震わせて、けれどもしっかり言葉を出す。

 ヴァラリーの顔が一瞬醜く歪む。ほんの一瞬、気づいた人はいないかもしれないけど。

 時間が刻々とすぎて、とうとうヴァラリーが息を吐く。


「投降します」

「勝者、カリーナ・ウェル」


 審判員が勝者の名を呼び、会場がわっと湧く。

 ヴァラリーは悔しそうな顔を隠すこともなく、カリーナに礼を取る。ここらへんはさすが侯爵令嬢。負けていなくなったりしないわ。

 私だって、ちゃんと挨拶はしたもの。悔しかったけど。

 ヴァラリーは両親に伴われて会場を去り、私はカリーナに近づいた。


「カリーナ。おめでとう!」

「マノン!ありがとう」


 私の結果を聞かないあたりが本当嬉しい。

 カリーナが勝ってくれて、私の悔しい気持ちはさらに激減したわ。

 だって、ヴァラリーに勝ったのよ。

 カリーナはヴァラリーに怯えがちだった。だから心配だったの。

 だけど、彼女は勝った!


「カリーナ。おめでとう」

「すごいわ。カリーナ」


 うっかり、ご両親よりも先にお祝いの言葉を出してしまったわ。

 私は二人の邪魔にならないようにカリーナから少し離れようとしたけど、二人は逆に遠慮した。


「マノン嬢。カリーナに勇気を与えてくれてありがとう」

「ええ。カリーナがこのような場所に参加すること自体が珍しかったの。その上、上位四位にまで残るなんて」


 カリーナのご両親は本人よりも感動していて少し涙声だ。

 それを見てカリーナが苦笑している。


「カリーナ。ゆっくり休んで次に備えてね。私はちょっとお父様たちを探してくるわ」

「うん。そうするわ。ありがとう」


 負けたのが悔しくて会場から出てしまって、心配をかけてしまったかもしれない。この場にいないってことは、探しにいってくれたのかも。

 会場に残っているのはわずかな人数となっていた。

 午後はユーゴ様とジャクソン様の対局が先になる。

 お父様たちは既に知っていると思うけど、最後まで見たいと伝えないと。

 前日と同じ規模とまではいかなくても、別の広間に食事の部屋を作っており上位八位の者の関係者や、さきほど対局を見学していた貴族たちの姿が見える。

 見学を許されたのは王妃様が招待した貴族たち。どれも政治の中枢に絡んでいるものばかりだ。

 和やかに見えながら、きっとそうではないのだろう。

 私はキョロキョロしながらお父様達の姿を探す。ここにいなければお手上げね。中庭まで私を探しにいったのかしら。


「マノン!」


 ぎゅっと背中から抱きしめられ、お父様だとわかった。


「もう、マノンったら。探したのよ。ユーゴ殿下に教えてもらってよかったわ」


 母は周りに聞こえないように小声でそう伝える。

 ユーゴ殿下には私の動きは見られていたのね。

 不快に思わず、逆に気にしてもらっているみたいでちょっと嬉しかった。


「マノン。よく戦ったな。何度もいうが私はお前が誇らしいぞ」

「私もよ。マノン」

「ありがとうございます。お父様、お母様」


 私は負けた。

 だけど、頑張った。

 上位八位には残ったものの、ここから頑張ってアダン殿下の婚約者候補に食い込むように頑張るわ。ヴァラリーも同じ立ち位置だしね。

 カリーナは上位四位で、次はアダン殿下との対戦。

 これはばっちり記憶に残るはず。このままアダン殿下の婚約者候補になってくれて、のちのちは……。

 ユーゴ殿下にはアダン殿下の婚約者になるように何度も言われているけど、本当に気が進まないのよねぇ。今のアダン殿下に何も感じないというか、逆にちょっと怖いくらいだもの。

 前の人生で裏切られた痛みを思い出すと、怖くなる。

 今のアダン殿下は前とは違うのに。

 暗い笑みをいつもたたえていたアダン殿下、今の殿下はまだ若いこともあるけど、溌剌としているわ。色気という点では前のほうが俄然あるけど、あれは不健康すぎでちょっと怖い。

 その点、ユーゴ殿下は前と変わらないわね。あ。ちょっと意地悪になったくらいかしら。

 前の人生ではいつも優しくて、ちくっと嫌味なんて挟んだことなかったし。

 私も変わったように、ユーゴ殿下も変わったみたいね。


 軽食を両親と楽しんで、しばらくして会場に戻る。

 するとラッパが鳴り響き、陛下と王妃様が現れた。


「第五戦、アダン・ファリダム殿下とカリーナ・ウェル伯爵令嬢の対戦。開始」


 陛下が合図をし、先手が決まると審判が合図をする。先手はアダン殿下で、白のポーンの駒を動かした。

 カリーナもアダン殿下も楽しそうに、時折考え込みながら駒を進めていく。

 二人よりも観客のほうが緊張しているような、そんな雰囲気があった。緊張の糸を切ったのは小さな声。


「参りました」


 カリーナの声が会場に響き渡る。

 え?

 そう思ったのは私だけではなく、貴賓席にいたユーゴ殿下も身を乗り出すようにして見ていた。


「勝者、アダン・ファリダム殿下」


 審判はチェス盤を見た後、勝利者の名前を高らかに宣言した。

 カリーナはアダン殿下と握手をして、淑女の礼を取る。その顔に少しだけ悔しそうな表情が見てとれた。チェス盤も気になったけど、私はすぐにカリーナを追いかけた。


「カリーナ!」

「負けちゃったわ」


 中庭に出た彼女は私に笑みを返した。


「……アダン殿下、強かったわ。チェックメイトと言われる前にどうにかしたかったけど、もうどうしようもなくて降参したの」

「カリーナ」

「アダン殿下と戦えて嬉しかった。本当に楽しかった」


 いつも控えめに微笑むカリーナが満面の笑みを見せている。

 本当に楽しかったんだわ。

 二人とも楽しんでいたもの。







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