再び思い出の場所
翌日、私はお父様とお母様と一緒に再び王宮に来ていた。
今日は、上位八位による第四戦。
この対局からは会場は大広間に移る。中心に四つのテーブルが置かれ、その周りを観客が囲む。観客は上位八位の者の関係者と王妃様に招待された貴族たちだ。私語は許されていない。
時間制限なしで、上位八人は同時に対局を始める。
勝ち残った上位四位による第五戦は、同時ではなく、別々に行われる予定だ。
午前中に第四戦、午後に第五戦。
明日が決勝の第六戦になる。
開始までは自由なので、会場も賑やかな話し声がする。
「緊張してる?マノン」
「はい。もちろんです」
「マノン。チェス自体を全く知らなかったお前がここまで勝ち抜いたのだ。私はお前が誇らしい。肩の力を抜いて挑むといい」
「はい。お父様」
お父様はなんというか肝が小さくて、いつもお母様の影にいらっしゃるけど、とても優しい。こういう時、本当にほっとする言葉をくれる。
少し気持ちを落ち着かせて、会場を見渡しているとカリーナの赤毛が見えた。
「カリーナ!お父様、お母様、ちょっとご挨拶してくるわ」
「マノン。待ちなさい。私たちも行くわ」
「ああ。お前の大切な友達だ。一度挨拶をしておかねば」
そういえば。
そうだった。
「初めまして。私はラッセル・サザリア。これは私の妻のグローリア。マノンがお世話になっております」
「これはこれは、サザリア伯爵。私はブルース・ウェル。こちらが妻のキャロルです。マノン嬢にはカリーナに良くしていただき妻と共に喜んでおります」
両親同士の挨拶の隣で私はカリーナと話す。私同様緊張していて、いつもより顔色が良くない。
「カリーナ。あなたなら大丈夫!落ち着けば、全然問題ないから。ヴァラリーって打つ手が結構わかりやすいと思うのよ。あなたなら勝てるわ。勝てば次はアダン殿下との対局でしょう?」
カリーナはアダン殿下と再び対局する事を願っていた。ヴァラリーが苦手そうだけど頑張って欲しい。
本当は側で見守ってあげたいけど、私も対局してるから無理だし。
「頑張る」
カリーナが頬を少し薔薇色に染めて頷いた。
か、可愛い。
あざといヴァラリーの微笑とは全然違うわ。
私はあざといと思うけど、男の人にはバレないのよねぇ。
そんな思いに耽りそうになる私を、ラッパの音が覚醒させてくれた。
陛下、王妃様、アダン殿下、ユーゴ殿下が現れ、会場は静まり返る。陛下ではなく王妃様が挨拶をされ、アダン殿下とユーゴ殿下が指定のテーブルへ着いた。私もカリーナも親から離れて、テーブルへ。
私の対戦相手は……ジャクソン・ケーブ男爵。
前の人生ではアダン殿下の側近だった。結構いい人でユーゴ殿下の毒殺に反対していて……。
待って待って、この人事故かなんかで死んだような気がする。っていうか消されたのかな。
……私がしっかり勝って、側近にならないようにしよう!あ、でも上位八位の段階で、もう名前は覚えられてるよね。
うん。
ジャクソン様は前の人生でユーゴ殿下の婚約者でありながら、アダン殿下に近づく私に忠告し続けた。当時は頭にきてたけど、あれは正しい事だった。
いい人材。
今度は……。
王妃様が亡くならなければ、アダン殿下は正当に王太子になり、歪まないはず。だったら、まあ、側近になっても大丈夫。 でも私は勝ちたい。
勝ってユーゴ殿下と対局したいもの。
昨日までは屋外であったので、雑音がかなりあった。
今日は大広間で、観客は多いのに私語禁止ということで会場は静まり返っている。
審判の合図で、対局が始まった。
「チェックメイトだ」
「……負けました」
時間の経過はわからない。気がつけば追い詰められていて、チェックメイト。打ち手がなくて、私は降参した。
「ありがとうございました」
私はお礼を言って、その場から離れた。
逃げるように。
勝ちたかった。
素人だった私が二週間訓練して、ここまで勝ち抜けただけでもすごいこと。
わかっているけど、勝ちたかった。
周りを見る余裕なんてなかった。カリーナとヴァラリーの対局、ユーゴ殿下に、アダン殿下。だけど、私は会場から逃げ出して中庭に向かった。
そして迷い込んだのはまたあの場所。王妃様の薔薇園の扉はしっかり閉まっていて、今の人生を自覚させる。
いいじゃない。
負けたけど、上位八位に入った。元からそれが目的だったじゃないの。
わかっているけど、悔しかった。
「マノン」
振り向かなくても声の主はわかる。アダン殿下ではないことに安堵しながら振り向く。
「ユーゴ殿下」
「この場所は、思い出の場所?」
「いえ、あの」
それを聞くの?
ユーゴ殿下は知らなかったのかしら。
私とアダン殿下が前の人生でここで会っていたことを。
そうよね。だから、彼は私に殺された。
彼は私を信じていた。
「ええ。だけど嫌な場所です」
「それなのに君はここに来るんだね」
「そうですね」
馬鹿みたいだと思う。
人生をやり直しているのに、なぜこの場所を覚えているのか、自然とここにたどり着く。
「……今度はちゃんと兄上の婚約者になるんだよ。そして僕を殺さないでくれ」
「と、当然です!もう絶対に殺すなんてことは考えません」
「それならいいけど」
ユーゴ殿下は苦笑する。
なぜかちょっと悲しそうで、私の胸も痛む。
「さあ、君の仇は僕がとってあげよう。ジャクソンか。兄上のよい側近だった。それでも僕は勝つよ。君のために」
「ユーゴ殿下?」
「さあ、みんなが心配する。戻ろうか。一緒に戻ると憶測を呼ぶから、君が先に。僕はしばらくしてから戻るよ。今戻ればカリーナ嬢の勇姿を見れるはずだ」
「本当ですか?」
「ああ。早く戻ってあげて」
「そうします」
さっきまでの悔しいという気持ちはすっかり消えていて、私の心はカリーナのことでいっぱいになる。
まだ戦っているってことは苦戦しているのね。
ユーゴ殿下は勝たれてここにいらっしゃるけど。
「どうしたの?」
「いえ、なんでも。それでは先に戻ります」
ユーゴ殿下は背を向けて薔薇園の門を見つめていた。
鍵は王妃様とアダン殿下しか持たれてないはずだ。
門からでは何も見えないのだけど。
気になったけど、私はカリーナの勇姿がみたくて先を急いだ。