一度目の人生
「チェスをしよう」
その雰囲気を壊したのはユーゴ殿下でテーブルに二台のチェス盤が並べられた。
私とヴァラリーはルールがわからないので、まずは見学。
アダン殿下とユーゴ殿下の対局を見学することになった。お二人は私たちにわかるように教えてくださりながら、対局する。少し悔しそうにアダン殿下が勝った後、私とヴァラリーが対局することになった。
ヴァラリーがアダン殿下にねだって、アダン殿下が私たちの勝負を監督することに。
ごめんなさい。アダン殿下。
ユーゴ殿下は、カリーナ様とマックス様の対局を見学。アダン殿下もそちらを見たかったみたいなのに。
「チェックメイトです」
「ああ」
意外にもヴァラリーは弱くて、私が勝ってしまった。それは、まあ当然よね。私は二度目の人生だもの。彼女を見ているとなんとなく考えていることが予想できてしまったもの。
悔しがっているヴァラリーに気を取られていると、お二人の声が聞こえ振り向く。
「これはすごいな」
「でしょう。兄上」
ユーゴ殿下とアダン殿下はカリーナ様たちの対局を見て唸っていた。
「さあ、もう一回やりましょう!」
ヴァラリーはどうしても勝ちたいみたいで、私はカリーナ様たちの対局を見ることができなかった。アダン殿下はユーゴ殿下と一緒に目を輝かせて二人の対局を見ていて、羨ましかった。私も見たい。
だからかもしれないけど、二回目はヴァラリーに負けてしまった。悔しい。
けど三回目をするよりも、盛り上がっているカリーナ様の対局を見たかったので、勝ちに浸っているヴァラリーを置いて、そっちに目を向けた。
もう勝負がついたみたいで残念だった。勝ったのはカリーナ様で、アダン殿下が次の勝負を持ちかけていた。
そんな感じで、結局アダン殿下ともユーゴ殿下とも話すこともなくお茶会は終わってしまった!
アダン殿下はなんだかカリーナ様が気に入ったみたいね。ヴァラリーじゃなくてよかった。
あ、でも、あれ?私、アダン殿下の婚約者候補に入らなければならなかったのに〜。
帰り際、侍女に忘れ物と、見たこともないハンカチを渡された。それを返そうとしたら、ユーゴ殿下が私を見ていて、そっと仕舞い込んだ。
家に帰ってハンカチを広げてみたら、
『まったく、君は何をしているの?次はしっかりやるんだよ』
とメッセージが書かれていた。
ユーゴ殿下に決まっている。
前の人生で私はユーゴ殿下の婚約者で、手紙のやりとりもよくしていたから、彼の字はしっかり覚えていた。
その日、疲れていたので早めにベッドに入る。すると一度目の人生の夢を見た。
震えそうになる手を落ち着かせて、ユーゴ殿下のカップにお茶を注ぐ。
見た目も香りも普通のお茶と同じ。
それはそう、お茶には何も細工してないもの。お茶を注いで、砂糖とミルクを加えるときに入手した毒薬を三滴垂らす。混ぜてしまえば匂いも何も変わらない。私は通常ミルクを入れないので、二つのカップの違いは明らか。
これは一度目の人生、私の罪。
「ありがとう。マノン。君の入れるお茶が好きなんだ」
優しく笑うユーゴ殿下。
十六歳のユーゴ殿下は私よりも背がかなり高くなっていて、声も低い。喉仏もしっかりあって男らしい顔をしている。
だめ。マノン、捨てるのよ!
夢だとわかっているけど、私は私の中で叫ぶ。
だけど、夢の中の私はアダン殿下への想いに囚われていて、ゆっくりお茶を飲み干すユーゴ殿下を見ていた。
「美味しかったよ。マノン。今度は……」
殿下はそれだけ言うと、喉を掻きむしるようにして倒れる。それから動かなくなった。
それから私の記憶は曖昧だ。気がつくと家にいた気がする。
どうやって屋敷に戻ったか覚えてもいない。
私は、あの時、笑って彼を殺したの?
きっとそうね。
アダン殿下のために笑ってユーゴ殿下を殺したのだわ。
騙されているとも知らず。
ユーゴ殿下はこんな目にあったのに、アダン殿下の事も私のことも非難しない。どうして?
「涙……?」
目を覚ますと部屋はまだ薄暗かった。頬が濡れていて、泣いていたとわかる。
ベッドから立ち上がって、カーテンを開けると空がほんのり明るくなっていた。
二度寝をする気にもならなかったけど、ひどく疲れていて、ベッドの上に腰掛ける。
「ユーゴ殿下」
やり直したとはいえ、ユーゴ殿下を殺したのは事実だわ。
二度とそんなことをしないようにしなきゃ。
アダン殿下に対して、冷静になれているからよかった。このままいけばきっと……。
私がユーゴ殿下を害することはない。でも他は?
やっぱり私はアダン殿下の側でその動向を見守る必要があるわ。二度とユーゴ殿下を殺されないように。そのためにはまず王妃様が事故で死なないようにしなきゃ。
ユーゴ殿下が二度目の機会を作ってくれるようだから、それを生かしてアダン殿下の婚約者候補へ。
ヴァラリーが強敵ね。
今度こそ負けないわ。
一度目の人生で、私はユーゴ殿下の婚約者でありながらアダン殿下の婚約者に成り代わろうとして、ヴァラリーと張り合ったわ。もちろん表だってはユーゴ殿下の婚約者として振る舞っていたけど。
考えてみれば、どうしようもないわね。
……ちょっと待って、ヴァラリーに勝つと、私がアダン殿下の婚約者、そして王太子妃、王妃?この私が?無理よね?うん。
でもヴァラリーが王太子妃とかとんでもないし。そもそも、アダン殿下がさらに歪んだのはヴァラリーのせいの気がするし。だったら……。
そうだわ。あのカリーナ様。
アダン殿下とも楽しそうにチェスしていたし、控えめだけど頭は良さそう。性格は絶対にヴァラリーよりいいし。
そう。この路線よ。
ヴァラリーを蹴落として、とりあえず私とカリーナ様がアダン殿下の婚約者候補へ。
アダン殿下が王太子になった暁には、私が身を引いて……。
完璧だわ。
そうしましょう。
カリーナ様とまずは仲良くならなきゃ。
明るい光が差し込み始めた部屋で、便箋を探す。可愛らしいのがいいわね。住所は後で調べてもらいましょう。
完璧な計画だわ。