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二度目の人生は?

 それから数日後事件は起きた。


 階段を降りていると、後ろから誰かに押された。

 咄嗟に手すりをつかんだので、落下することはなかったけど、恐怖で体がカチコチになってしまった。

 後ろを振り返っても誰もいなくて、私は恐る恐る手すりにしがみついて、階下まで降りた。


 誰が押したの?


 怖いけど、侍女見習いとして仕事はし続けた。


 すると今度は、上から鉢植えが落ちてきた。私が建物から出た瞬間を狙って落ちたそれは、狙いをわざと外したように思えた。


 誰かが私を脅している。


 ーー気をつけて


 ユーゴ殿下の声が頭で再生されて、背中が凍る思いがした。

 殿下は私がこんな目に遭うことを知っていたのかしら?

 だから休むようにすすめた。

 殿下に会って聞きましょう。

 怯えて過ごすよりずっといいわ。

 問題はどうやって会うかね。

 悩んでいるとその機会はやってきた。


「マノン様。ユーゴ殿下へ届けてほしいものがあります」


 私にいつも嫌がらせをしてくる侍女から願ってもない頼みが来た。

 王妃様からユーゴ殿下へのお菓子のお裾分けだった。

 ユーゴ殿下の部屋なら前の人生で何度も通ったことがある。今日は王妃様の使いだ。すんなり入れてもらえるはず。

 その予想は当たり、部屋の前で立っている護衛騎士へ王妃様からの使いだといえば直ぐに中にいれてもらえた。


「マノン…嬢。なぜ君がここに?」


 書類から顔を上げて、ユーゴ殿下は間抜けな顔をしていた。


「王妃様の使いで、こちらの品を」


 ユーゴ殿下は私の手元の箱を見て、わかったように頷く。


「お茶の準備を頼む」

「畏まりました」


 控えていた侍従が頷き、メイドを促して部屋を出る。

 それを確認して、ユーゴ殿下は再び口を開いた。


「これを君に渡したのはメリエル?」

「……どうしてお分かりに?」


 王妃様付きの侍女は十人。勘で当てるにしてはおかしい。


「君は、大丈夫?」


 ユーゴ殿下は椅子から立ち上がり、私に近づいてきた。


「少し痩せたみたいだ。やっぱり休んだほうがいい」

「いいえ」

「命を捨てても?」

「え?」

「君は狙われている。もうすでに何度か危ない目にあっていない?」

「なぜ、それを」

「やっぱり。マノン。お願いだ。病気でもなんでもいいから、しばらく休んでくれないか?」

「なぜ、ですか?」

「君の命が危ないからだ」

「なぜ?」


 なぜ、そんなことをユーゴ殿下は知っているの?


扉を叩く音がして話が中断された。お茶を準備した侍従とメイドが戻ってきたらしい。

 それから殿下に退室するように言われ、私はその命に従うしかなかった。


「マノン。ご苦労でしたね」


 王妃様の部屋に戻ってきた私に労いの言葉をかけてきたのはメリエルだった。

 嫌味しか言わない彼女が労いなんておかしい。

 その日、彼女は様子がおかしかった。私に嫌味をいうこともなく、どこか上機嫌だった。

 翌日彼女の様子が一変した。

 どこか怯えているようで、王妃様が心配して休むようにいったくらい。 

 その日から私の周りのおかしな事故もなくなった。


 メリエルの仕業だったのかしら?

 何のために?

 きっとユーゴ殿下がメリエルに何か話したのね。


 ☆


 嫌がらせもなくなり、侍女見習いとして落ち着いてきたある日、それは起きた。

 その日は王妃様とアダン殿下が揃って公務で、私はメリエルから用事を言い付けられた。用事を済ませて戻る途中、近道をしようと思って普段は通らない南の塔を通り過ぎた。

 どさっと音がして、目の前に何かが投げ出された。

 私は目の前に広がる光景が信じられなかった。

 ユーゴ殿下が血を流して倒れていた。


「マ、マノン。なぜ君がここに?」

「医者を呼んできます」


 それよりも叫び声を上げたほうが。


「マノン。誰も…呼ばないで。お願い…だ。私はこの瞬間を…待っていた。私はこの時死ぬべきだった。だからいいんだ」

「どういう意味ですか?」

「やっぱりそういうことだったのか。トーマス!」


 突然アダン殿下の声が聞こえ、白衣を着た人がユーゴ殿下の元へ駆けつけた。

 いつの間にか王妃様もそばにいらっしゃる


 どういうこと?


「ユーゴ殿下!」


 混乱している私の足元で、ユーゴ殿下が目を閉じる。

 死んでしまう!


「心配なさんな。道を開けて」


 半狂乱に叫ぶ私を押し退けて白衣を身につけた男、確かトーマスさんが指示をだす。そして数人の騎士がユーゴ殿下を抱き抱えて連れていった。


「ユーゴ殿下は大丈夫なんですか?!」

「大丈夫だ。私を信じろ」


 ☆


「私とユーゴ殿下だけじゃなかった?」

「ああ、記憶があるのは、君たち以外にあと二人。私とマックスだ」


 ユーゴ殿下は怪我をされたけど、命には別状はないらしい。

 殿下が眠るベッドのそばで、私はアダン殿下から真相を聞かされた。


 四年分、時が戻り、記憶を失わなかったのは、四人。

 ユーゴ殿下と、殿下を毒殺した私、それを幇助したマックス様、命じたアダン殿下の四人。

 最初は混乱し、状況を見ていたアダン殿下は、バレないようにユーゴ殿下の動向を探っていたらしい。そして王妃様の事故の真相も理解された。

 一度目の人生で、王妃様の事故死はユーゴ殿下、またはマルゴ妃の仕業だと思っていたみたいだけど、本当はユーゴ殿下を階段から突き落とそうとしたメリエルを止めようとして、王妃様が誤って転落された。メリエルは王妃様の死に際の言葉を聞き、それをひた隠した。ユーゴ殿下もそれを隠し続けたらしい。

 メリエルは王妃様の侍女なので、もし彼女がユーゴ殿下の殺害を目論んでいた場合、王妃様の罪になる。王妃様が死に、これが明らかになれば更に危機が訪れる。そう考えたみたい。

 メルエルが私を嫌っていたのは、ユーゴ殿下と懇意にしていたから。あの嫌がらせもそうだし、王妃様のお裾分けのお菓子にはなんと毒がはいっていたみたい。恐ろしい。今世でもユーゴ殿下を殺すところだったわ。


「私は間違っていた。ユーゴに謝ろうと思いつつ、勇気がでなかった。私が命じて君にユーゴを殺させたのだからな。君にも、本当にすまないことをした。私への気持ちを利用して、ユーゴを殺すように仕向、その上全ての罪を被せた」


 アダン殿下は最初の人生の姿が嘘のように、影がなかった。

 心底反省しているそんな表情で私を見ていた。


「許してくれるか?」


 今の殿下は、前の人生の殿下とはまったく異なる人に見える。

 私も、殿下が好きだった私とは違う。

 許してくれと言われても戸惑うばかりだ。


「それはユーゴ殿下に聞かれてください」

「ユーゴにか、そうだな。だが、私はあなたにも酷いことをした。あんなに慕ってくれたあなたに」

「前の人生の私は、今の私と違うと思うことにしています。というか、本当に違うんです。こんなこと言うのは失礼だと思うのですが、今はまったくアダン殿下をお慕いしておりません」

「そ、そうか」


 アダン殿下は少しショックだったようで、戸惑っていた。


「ユーゴ殿下はアダン殿下を兄として慕っていました。それは今も前もかわりません。ユーゴ殿下は王妃様を救い、アダン殿下が無事に王太子になることを願っていました」

「それで、自分を殺そうとしたのだな」

「……」


 ユーゴ殿下は酷い。

 結局私をアダン殿下の婚約者候補になるように仕向けたのはなんだったのかしら。

 死ぬ気だったなんて。


「う、」


 唸り声がして、ユーゴ殿下の目が開いた。

 私たち二人を見て、目を丸くしている。


「ユーゴ。じっとしてろ」


 起きあがろうとしたようで、アダン殿下がすぐに止めた。


「兄上、マノン。なぜここに。僕は、まだ生きているのですね」

「そうだ。生きている。馬鹿なことを考えやがって」

「……そういえばなぜ兄上があそこに?」

「お前の動きは見張らせてもらっていた。後な、私も記憶を持っている。本当にすまなかった。お前を殺すなんてどうかしている。母上のことだって」

「え?記憶。どういうことですか?!」

「起きるな。ユーゴ。私は全て知っている。マノン嬢に先ほど説明したところだ。マノン嬢は私のことをまったく何も思っていないらしい」

「え、え?」

「ア、アダン殿下何をおっしゃって!」

「違うのか?」

「違いませんけど」

「だったらいいじゃないか。ユーゴ。私からの詫びはあとでじっくりとする。とりあえずマノン嬢とゆっくり話せ」


 アダン殿下は言いたいことは言ったとばかり、部屋を出て行ってしまった。


「あの、えっと」

「……マノン。もう少し近くにきてもらっていい?」

「はい」


 私はベッドの直ぐ近くまで移動する。


「兄上も記憶を持っていたんだね」

「はい。それでユーゴ殿下の死を止めようとしたみたいです」

「そうか。兄上は全部知っていて」

「私に謝罪されました。あと許してくれと」

「許したの?」

「……」


 許すと言う意味がいまいちわからなかった。私と前の人生の私は本当に違う人間みたいに思えるから。


「僕は兄上のことは許すよ。詫びもいらない。前の人生で王妃陛下が亡くなってしまったのは、事故といえども僕のせいだから。だから、君の手にかかって死ぬのは本当に嬉しかった」

「え?」

「僕は兄上の計画を知っていた。君が毒入りのお茶をいれるのも」

「……なぜ」

「君の手で死んで、やり直したかったんだ。王妃陛下の代わりに死にたかった。僕の存在は、王妃陛下と兄上にとって邪魔だ。いないほうがいいんだよ」

「そんなことありません!」

「マノン?」

「私、私はユーゴ殿下に生きていて欲しいです。一度目の人生であなたを殺した私がそう言うのはおかしいですけど」

「確かにおかしいね。でも本当に?」

「はい」

「マノン。君が兄上のことを慕ってないというのは本当?」

「はい」

「あれだけ好きだったのに?」

「それは」


 あの時は本当にアダン殿下のことを好きだったはずだ。

 だから、ユーゴ殿下を毒殺した。

 信じてもらえないだろうけど。


「だったら、もう一度、僕の婚約者になってくれないか」

「それは」


 嬉しい。だけど、怖い。


「君になら、もう一度殺されてもいい」

「殺しません!」

「僕は君のことをずっと好きだった。僕が死んで、君が愛する兄上と結ばれればと思ったんだ」

「そんな、酷いです」

「酷い?」

「ええ。私はアダン殿下のこと、まったく何にも思っていないですし。ユーゴ殿下が死ぬなんて、いやです!」

「嫌?僕が死んだら、君は悲しい?」

「とても」

「一度目の人生で僕を殺したのに?」

「はい」


 信じられないだろうけど、そう。

 ユーゴ殿下には生きていてほしい。

 そしてこうして私とまた話してほしい。


「まだ僕たち十二歳か。ゆっくりやろうかな」

「ん?」

「こっちの話。とりあえず、僕の婚約者になって。ずっとそばにいて。そして今度こそ僕を殺さないでね」

「殺しません!」


 ユーゴ殿下は面白そうに笑う。でもやっぱり体は痛いみたいで直ぐに顔をしかめてしまった。


 こうして私の二度目の人生は続く。

 この後、ユーゴ殿下とアダン殿下は手を取り合って、王宮の掃除を始める。ユーゴ派とアダン派の過激勢力を刈った後、三年後にアダン殿下が王太子になって、カリーナが王太子妃に。そしてお子が誕生して、ユーゴ殿下は王位継承権を放棄して、公爵になった。

 私は公爵夫人となり、王都から離れた領地でゆっくりと暮らしている。


 領地の暮らしはとても退屈だけど、ゆっくり愛に満ちた生活だ。


(おしまい)













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