婚約者候補
翌日アダン殿下とジャクソン様の決勝が行われた。
勝負はジャクソン様の勝利。
男爵でありながら、政治的思惑をまったく考えず、彼は勝利した。
彼らしい。
この真っ直ぐさが邪魔になって、前のアダン殿下は彼を消してしまった。
そんなことにならないように、頑張らなきゃ。
王妃様に無事生き残ってもらわないと。
ジャクソン様の勝利でチェス大会は終わったのだけど、明日は祝賀会だ。
チェス大会の勝利者を祝うパーティで、上位八位に残った者とその家族が招待されている。
私も招待客であり、両親と共に参加した。
「カリーナ!」
会場で彼女の姿を見てすぐに近づいた。
「マノン!」
彼女も喜んでくれて私たちは抱きしめあう。ちょっとマナー違反だけどね。
遠くにヴァラリーの姿もあって、私たちは苦笑を浮かべあった。
「避けましょう」
「ええ」
お父様たちが挨拶をし合う側でカリーナが聞いてくる。
「ジャクソン様は強かったですか?」
「ええ。とても。積極的ではない動きなのに、いつの間にか追い込まれていたわ」
「私も戦ってみたかったわ」
「その機会はきっとあるわよ。だって、私たちアダン殿下の婚約者候補になるのだもの」
「え?」
「このチェス大会の上位八位の者から、婚約者候補と側近候補が選ばれるはずよ。ねぇ。カリーナはアダン殿下のこと好き?」
「す、好きなんて……」
顔を真っ赤に染めて、可愛い。
「私、応援するわ。ヴァラリーが絶対に狙ってくるから、私がそれを打ち落としてあげる」
「マ、マノン?」
「私が盾になるから」
一度目の人生では結局友人なんてできなかった。アダン殿下に心酔して、ヴァラリーといがみあっていただけ。
今は違うわ。
カリーナは私の大事な友人で、アダン殿下をきっといい方向に導いてくれる人。
私はヴァラリーの毒牙からアダン殿下を遠ざけ、王妃様の事故も未然に防いでみせる。
頑張るのよ。マノン。
私がそう心を決めている間に、祝賀会は始まる。
陛下、王妃様、アダン殿下、ユーゴ殿下、そしてマルゴ妃が姿を見せた。
マルゴ妃は派手なドレスを纏うことはないけれども、あの身に纏う宝石は豪華なもの。マルゴ妃の実家は侯爵家。古くからある御家柄で、商人たちの顔覚えもいい。対する王妃様の実家は伯爵家で、あまりぱっとしない。
陛下は恋愛結婚で王妃様と結ばれたと聞いている。
ロマンチックだけど、後ろ盾が低いから、王妃様が亡くなった後、すぐに力が弱まったのよね。陛下も気落ちしてしまって、マルゴ妃の言われるままになったみたいだし。
そんな未来にならないように頑張らなきゃ。
ユーゴ殿下も応援しているし。
陛下の挨拶の間、ちらりとユーゴ殿下に目を向けた。こちらを見ていたみたいだけど、目を逸されてしまった。
なぜ?
結局、その日、私はなんだか気持ち悪い思いを抱え、祝賀会を過ごした。
それからユーゴ殿下からの訪問は途絶えた。
まあ、途絶えたと言っても、かの君が我が家を訪れたのは三回だけだし。
そうしていると王宮から書状が届く。
それは婚約者候補として侍女見習いへのお誘いであり、王妃様からなのでほぼ王命のようなものだった。もちろん書状には他に誰が婚約者候補であるかは書かれていなくて、カリーナから手紙が来て安心した。
三日後、私は一人で王宮にへ向かう。もちろん、屋敷の馬車を使ったけど。
王宮へ着くと、すぐに王妃様の部屋に呼ばれて、そこで私はカリーナとヴァラリーに会った。本当はカリーナと色々話したかったけど、王妃様の手前だったので微笑くらいで。ヴァラリーはいつもの傲慢な態度を抑えていたみたいだけど、冷たい目線が私たちに注がれていた。もちろん、私はにっこり笑って答えたけど。
それからアダン殿下とその側近候補の方々に引き合わされた。
側近候補はジャクソン様、マックス様の二人。
ジャクソン様は落ち着いているように見えたけど、少しだけ顔色が悪かった。緊張しているのかしら。
マックス様はまた痩せたのでないかと思うくらい、頬がこけていたけど、大丈夫かしら。
今日は顔合わせだけど、明日から王宮に通うことになった。ユーゴ殿下がひょっこり現れないかと思ったけど、姿を現すことはなかった。
どうしたのかしら?
まあ、正式にアダン殿下の婚約者候補として決まってしまったので、ユーゴ殿下と親しくできないことはわかってるけど。こうも会えないと寂しい。
寂しい?
私、どうしたのかしら?
っていうか、ユーゴ殿下の希望通り婚約者候補になったけど、接触してこないってどういうこと?ほら、色々報告したりするものがあるでしょう?
私はなんだか帰りの馬車の中で苛立ちを膨らませてしまった。
翌日から王妃様の元で指導を受けながら、侍女見習いとして王宮で過ごす。おかしいくらいユーゴ殿下は会わなかったので、さりげなく先輩の侍女に聞いたけど、病気でもなく、普通に公務をこなしているということ。カリーナも姿を見かけると言っていたから、どうやら私は避けられているようだった。
……嫌われた?
今更?
おさえていた怒りが込み上げてきたのかしら?私がユーゴ殿下を殺してしまったのは事実だから。今回は絶対にそんなことがないようにするけど。
避けられているなら仕方ないわ。
私のやるべきことをするだけよ。
記憶をたぐって、王妃様の事故があった日時を思い出そうとするけど十月としか覚えていなかった。でも私が十三歳だったってことは記憶にあるので、今年の誕生日が終わった後の十月。
だから今年なのは確か。
今は四月。私の誕生日は六月。だから事故まであと六ヶ月。
しっかりしなきゃ。




