薔薇園
第六戦はユーゴ殿下とジャクソン様の対局だ。
私はカリーナの隣で観戦した。
私語禁止なので、ぐっと我慢して対局を見つめる。
ジャクソン様が先手を取り、積極的に動いていく。
防戦なのはユーゴ殿下だった。
ジャクソン様って好戦的なのよね。意外に。
ユーゴ様は相手の出方をみて動くので、防戦になるのは自然のなりゆきだった。
どちらとも対戦したことがある私は、二人の駒の動きに一喜一憂してしまう。
ユーゴ殿下にはいつも先を読まれていたわ。
ジャクソン様には翻弄されていた感じ。
ユーゴ殿下は私みたいに翻弄はされていないけど……。
「チェックメイト」
優勢だと思っていたのに、ジャクソン様がそう言う。
ユーゴ殿下は目を細め、チェス盤を睨んだ後、ジャクソン様を見つめた。
「参った。君の勝ちだ」
「勝者、ジャクソン・ケーブ男爵」
男爵の身分で王族に勝つなんて、本来ならばあり得ないこと。
けれども、ジャクソン様はあえて負けることをしなかった。
ユーゴ殿下も悔しさを滲ませていたけど嬉しそう。
手加減されて勝っても嬉しくないものね。
「これにて本日の対局を終了する。明日は決勝、アダン・ファリダム殿下とジャクソン・ケーブ男爵の対局となる」
審判が淡々と言い、陛下と王妃様が立ち上がった。それに追随したのはアダン殿下だ。
「二人ともよく戦った。いい勝負であった」
陛下が労いの言葉をかけ、ユーゴ殿下とジャクソン様が礼を取る。
王族の方が会場を退出してから、私たちは会場を後にする。ご両親と会場を去るカリーナを見送って、私はふと会場をもう一度振り返った。
ユーゴ殿下?
彼の姿を見かけた気がした。
ジャクソン様に負けた時、なんだかんだで慰めてもらった気がする。
彼のことだ。
私みたいにしょげていることはないと思うけど、気になる。
「お父様、お母様、少しこちらで待ってもらってもいい?」
観客のほとんどが馬車を利用していて、広い王宮の馬車乗り場だとして限度がある。それであれば何もせず待つより、ユーゴ殿下を探して話していた方がいい。
「いいわ。迷子にならないようにね」
「暗がりにはいかないように」
「はい」
王宮の庭は広い。小さな狩を行う森も隣接していて、そこには近づかないようにしようと私は両親を背に歩き出した。
一度目の人生で、ユーゴ殿下がよく利用していたのはどこだったかしら。
わからない。
思えば私が彼を探して王宮を見て回ることなんてなかったし、大概ユーゴ殿下は自室にいらした。となると、自室かしら?
呼び出されてもないのに勝手に押しかけるなんてできるわけないし。
「マノン嬢?」
また来てしまった。
しかもアダン殿下に会ってしまった。
「アダン殿下」
どうしよう。おかしいわよね。
「この薔薇園に興味があるのか?」
そう思われてもしかたないわ。
「はい」
なのでそう答えた。
「そうか。なら入るか?」
「え?」
「母上に頼まれごとをしてな。薔薇の苗を取りに入るのだ。少しであれば中に入るがいい」
「あの、」
ここで断るのはおかしいわよね。
王族の誘いだし。
っていうか、アダン殿下の周りに誰もいないってどういうこと?
周りを見渡しても助けてくれる人はいない。
少し入って、いなくなれば
「失礼します」
アダン殿下が扉を開けて、中に入る。私はその背中を追うように足を踏み入れた。
この薔薇園に入ったのは、王妃様がなくなりしばらくしてからだった。手入れもさせず、酷い有様だった。椅子やテーブルの周りだけを綺麗に刈り取っていて、後は散々だった。どう見ても素人の仕業で、そんな中でアダン殿下と私は話をしていた。
けれども今の薔薇園は綺麗に整えてあって、さまざまな薔薇が花を咲かせていて、惚れ惚れしてしまう。
「触らないように。棘があるからな」
ーー美しさを守るために棘で身を守っているのだ。触らないように
初めて荒れ果てた薔薇園に連れてこられ、足下に咲く薔薇を触ろうとしてアダン殿下にそう言われたことを思い出す。
皮肉めいた笑みを浮かべたアダン殿下は恐ろしく美しかった。
目の前のアダン殿下も少年らしさを残しているが、美しい。けれども健康的な爽やかさがある。
「見つけた。さあ、すまないがここまでだ」
すぐに何か理由をつけて薔薇園から出るつもりだったのに、どうやら考え事をしていたら、殿下の用事が済んでしまったようだ。
アダン殿下は黄色の薔薇の苗を抱えて微笑んでる。
「ありがとうございました」
殿下に続き薔薇園を出ると、彼は鍵を締めた。
「もし興味があればまた連れてこよう。今度はカリーナ嬢も一緒に」
「カリーナですか?」
思わず聞き返すと彼の頬が少し赤らむ。
アダン殿下はカリーナのことが好き、まだそこまでではないのかしら。
でも好意は持っているってことね。
「はい。カリーナも喜ぶと思います」
カリーナもアダン殿下に好意を持っている。きっと喜ぶに違いない。
「そうか」
嬉しそうに頷き、アダン殿下は苗を持って歩き出す。
私はその後を追って、待っているだろう両親の元へ急ぐ。
ユーゴ殿下を探すつもりだったのに。
きっと部屋に戻られたのね。
大丈夫だったのかしら?
私はこの時、ユーゴ殿下が私とアダン殿下のことを見ているなんて知らなかった。そして彼の抱える想いにも気が付いてなかった。




