胸キュンライフ
「それと、ストーリーが始まっても定期的に会えるようにしねーとな」
ん?ちょっと意味がわからない。
「え、別行動系…?」
それはほんとに全く想像していなかった。
「考えてみろ、悪役令嬢とヒロインだぞ?それ抜きにしても公爵家と伯爵家じゃ家格が釣り合わねぇ。周りからグチグチ言われんのは良いとして、いきなり犬猿の仲の二人が仲良くなったりしたらおかしいだろ」
(ああ、たしかに…)
思えば最初もクリスティーナから水をかけられたとこから始まった。
二人はまだそこまで仲が悪くなってはいないのだろうが、中が良いとも言えない関係性だ。そんな二人がある日から急に行動を共にするようになれば当然周囲に不審がられるだろう。
「あ〜〜〜、でもまだそこまで関係は悪くないし、仲直りした感じでいけばよくね?」
「…それもそうだな」
乙女ゲームのストーリーとしては、幼少期に市井に遊びに出た第二王子が、その頃はまだ花屋で働いていたヒロインのヘレンに出会う。
第二王子はヘレンに惚れて度々会いに行っていたが、王子教育が始まりクリスティーナが婚約者に決まったことで自由な時間が無くなってしまう。そしてその間にヘレンが伯爵家の養子に取られ本格的に会えなくなるのだ。
しかし15になり学院に通うようになった時、二人の再会は果たされる――という設定。
幸いなことにヒロインが水をかけられるのは、わりと最初の方だ。
入学式が終わり何故か廊下で迷子になっていたヘレンは青い花の庭園に続く道で銀細工の小さな指輪をうっかり踏んでしまう。
だがそれは悪役令嬢クリスティーナが唯一婚約者に送ってもらったもので、とても大切にしているのは周知の事実だった。
さらに運が悪いのは、途中で落としたことに気づいて引き返してきていたクリスティーナ+取り巻きにその場面を目撃されてしまったこと。
当然だがクリスティーナはそれはもう、怒る、怒る。
そこで怒りのあまりに水魔法をぶっかけられ、恐らくそこで時が止まり陸人と天馬が二人に憑依した、とかそんな感じだ。
「適当に仲直りして、これからは仲良くしましょ的に場を収めればベストだよな?」
ヘレンの記憶だけでは心配だが、取り敢えず天馬に提案する。
「そうだな、あと寮の部屋も変えてもらおう。念の為、選択授業もなるべく同じ物にしたほうがいいな」
「部屋って変えれんの?」
ちなみに学園は全寮制だ。平民だろうが王族だろうが教師だろうが例外なく学園の敷地内で暮らしていて、年に一度の大きな休み以外は外界との接触は完全に絶たれている。
緊急外出許可証も五年ある学園生活の中で3回だけ。
だから生徒たちは学年ごとに変わる部屋割りに、わりと毎回一喜一憂している。
「公爵家だからな」
「へ〜、公爵家ってスゲーのな」
ピロン
『――本編データの読み込みが完了しました』
ちょうど良いタイミングで来た。
準備はバッチリだ。
『時間軸と対象の状態を調整します』
すると、少し時間が立って乾いてきていた服がまた最初の時のように湿った。
(うわ、ビッショビショ…)
わざわざここまでするのは、マメなのか、性格が悪いのか。
『対象の意思確認を行います。……確認しました』
え、ぜんぜんOKとか思ってないけど。
『これより、一章〜再会と新たな出会い〜を開始します』
もう始まるらしい。
意思確認については釈然としないが、この声には何を言っても無駄な気がするので広い心で流す。
『――それでは、ドキドキな胸キュンライフをお楽しみください』
(胸キュン……)
淡々と抑揚のない声で胸キュンというセリフを読まれるのは妙にツボった。




