再び
二度目の休日。
陸人と天馬は、再び同じように隠し通路を使って学園の外に出ていた。
「…あ、これ結構ウマい」
「一口くれ」
前回と同様に、下町に並ぶ屋台で買った物を大量に口に含んでいる。が、しかし二人には前回と大きく違う点がある。
「ほれ」
「ん、………うま、」
柔らかいピンクブロンドと、濡れ羽色の美しい髪と柔らかいピンクブロンドが穏やかな風に合わせて揺れ、白くきめ細かい肌が映える端正な顔立ちは、すれ違う全ての人々を魅了する。だが、二人のその上質な糸のような髪は、肩より上にまで短くなり、背丈も随分と伸び、柔らかかった少女の体つきとは打って変わって、バランスの良いしなやかな筋肉に包まれている。
顔も、主なパーツの形や位置には変化のないものの、別人かと問われれば別人に見えるほど中性的になり、その身を包む衣服も、完全に男性用の物を着用していた。
そう。わかりやすく言うなら、二人は一晩にして美少女から美男子に変貌していたのだ。
「これ、ちょっと味が日本思い出すよな」
「確かに和風だな」
かといって本人たちにその変化を気にした様子は見られない。むしろ久しぶりに男性の肉体で過ごしていることで、この世界に来て一番と言っても過言ではない程、余裕に満ちているようにも見える。
まあ、こうして急に姿が変わったことは、別に呪いの類いや、突発的なエラーなど、不可思議なものではない。いや、ファンタジーな代物である時点で、不可思議なものには該当するかもしれないが、意図的と言えば意図的。要因は、先日伸した先輩に献上された、例の指輪型魔道具の効果だった。
「…それにしても、マジでこれ凄ぇやつだったんだな」
陸人が、固く、長く変貌した自信の指に嵌まる指輪を撫でる。指の太さが変わってもなお、元々そのサイズであったかのように、指輪はピッタリと丁度良い大きさに変化していた。
「失敗作っつってたから、ここまで使えたのは予想外だよな」
天馬も同様に、銀細工の指輪に視線を落とす。
件の先輩はどうやら、この国で最も有名な魔道具制作一家の次男坊であるらしく(技術を身に着けた一家全員が、日本で言う人間国宝にあたるほど何か凄い人達らしい。)、先輩自信も在学中に、数々の高級魔道具を制作しているのだとか。
この指輪はそのうちの一つの試作品で、効果は「人族に限り、性別を反転させることができる」こと。しかし、込められた術式が闇属性に限定され、おまけに対価となる魔力量が規定ラインを数百倍ほど超えてしまうため、先輩からは失敗作として見られていた。
しかし、偶然なのか運命なのか。天馬ことクリスティーナは、国内に片手の指ほどもいないような闇属性の使い手で、魔力量も国が記録する最高ランクに位置するほど高いのだ。
もし、使用上の条件が存在せず、一般的な魔力量の人間がこの指輪を使えたとしても、持続時間は精々が二分程度だろうが、クリスティーナならば、それを半日は難なく維持できる。
先輩はヘレンとクリスティーナに、ただの銀細工の指輪としてこれをくれたのだろう。だが陸人と天馬は、これが使えることを見越して、一番欲しい効果だったこの指輪を選んだ。巡り合わせと、彼が殴られて悦ぶ質であったことに感謝をしなければならない。
「…去り際にさ、今度はもっと性能を上げたのを持ってくる、とか言ってたよな?」
「あー、言ってた気ぃするわ…」
この魔道具は失敗作前提で作られていたとは言え、込められている術式も相当な代物だ。
自身の体を触ってみた感触では、これは幻影魔法の類いではないと分かる。ならば恐らくだが、身体の再構成に近いことをやってのけているのではないか。もちろん細胞がとか、遺伝子がとかは、フィクションでファンタジーな力によってどうにかなっているのであろうが、それにしても髪の長さまで調節されているあたり、込められた情報量は、魔道具制作未経験の陸人たちでは想像もつかないほど膨大な物なのだろう。
殴られて悦ぶ変態とは言え、あの先輩は紛れもなく天才なのだ。
それにしても、先日の誘拐犯の一味である前髪男に加えて、乙女ゲームの舞台であるはずの学園の先輩まで”殴られて悦ぶ質”だとは。この世界に来てから自分たちは変態遭遇率が異様に高くて困る。
「流石に次は金払わねぇとな…」
足で器用に石を跳ねさせながら、陸人が呟く。
喧嘩に明け暮れていた不良といえど、日本育ちの勉学に励む学生だ。あまりにも高額なものを複数回貰うのは少しばかり気が引けるし、普通に、国宝レベルの高価な物には慣れていない。
「…ぶっちゃけ、どんくらいの値段すんだろ」
そんな陸人の素朴な疑問に、天馬が少し考える素振りを見せてから答える。
「……んー、まあ、この性能だったら最低でも、小国の城くらいなら建つ金額で取引きされてるだろうな」
「うおわ、マジか。前言撤回。友人価格にしてもらわねぇと破産だな」
すぐに前言撤回した陸人の反応を見て、天馬が予想通りのリアクションだったのか、ふはっと相好を崩す。
笑われても、陸人は全く悪い気にはならず、むしろ自然な笑顔を見て、思わず頬を緩めた。
「……おや?」
ふと、すれ違いざま、一人の男が立ち止まり、二度見したかと思えば、食い入るように陸人と天馬の顔を覗き込んできた。
((…あ))
二人はその人物に見覚えがあったので一瞬固まるが、今の自分たちは外見が変わっていることを思い直す。
「………、………………………先日のお嬢さん方…ですよね?」
まっすぐにこちらを見つめたまま、何かを自問自答するような黙考の後、その男は自分の中で結論が出たのか、こちらに問いかけてきた。
「…人違いでは?」
「俺達はお嬢さんって柄じゃねぇだろ」
天馬と陸人が続けて返答する。だが、残念ながらこの男は顔見知り。件の前髪男である。
「わー、やっぱりそうだ。…随分と雰囲気を変えられましたねぇ?…いやぁ、しかしお二方とも相変わらずお美しい」
こちらの引き気味な態度など目に入らないのか、男はまるで親しい間柄であるかのように話しかけてくる。しかし、何故か確信があるようで、陸人も天馬も観念してため息をついた。
「テメェも相変わらずのうぜってぇ前髪ぶら下げてんなぁ」
「お前、性別まで変わってんのを雰囲気で済ませんなよ」
二人は虫にも向けないような嫌悪の視線を送る。
「はは、どうされたんですか?そんなに見つめられると顔に穴が空きます」
チッ
陸人のものか、天馬のものか。冷めた舌打ちが聞こえ、前髪男は空気を読んで口をチャックした。
「…なんで俺達がこの前のだって分かったんだよ?」
陸人が問うが、自分で自分のことを”女の子”だとか”拉致の被害者”だと言うのは恥ずかしかったので、”この前の”と濁した。
それでもちゃんと伝わったのか、前髪男は間髪入れず答える。
「まあ、私の鼻は誤魔化せませんよ」
つまり匂いで人を判別している、ということだろうか。
「「え、キモ」」
つい陸人と天馬の反応が重なる。二人は腹の底から湧く嫌悪感を知った。
「うわぁ美形に言われるとシンプルに傷つく…。普通にものの例えですよ、姿勢や歩幅、歩き方の他にも、視線の動きとか第六感も含めて、諸々を総合した判断を鼻に例えただけです。決して匂いを嗅いでるわけでは…いや、それも否定はできませんが」
「うん、十分キモい。更にキモい。3メートル以内に入るな頼むから」
「普通にって、どこが普通だよ。あと結局嗅いでんじゃねぇか」
よよよ、と胡散臭く涙を拭うジェスチャーをしてみせる前髪男は、数秒経つとケロッとした様子で立ち直す。
「それはそうと、本日のご予定は?…もし再び先週のあの場にお越しになられるのでしたら、実行犯の者たちも、武力で貴女たちに敵わないことを理解した上で謝罪の準備はしているようなんで、事情だけでも聞いてやってほしいんですがねぇ」
「言われなくても今日行く予定だったわ」
陸人は当然のように答えるが、天馬はまだ納得がいっていないのか、ぶすっと唇を尖らせて横で黙っている。
しかし、止めるような台詞が出てこないあたり、陸人の意思を尊重してくれているようで、陸人も苦笑して、天馬の少し高い位置にある頭をかき混ぜた。
「それはそれは、寛大なご対応に感謝します」
前髪男はポリポリと首を掻きながら、そんな二人の様子を緊張感のない面持ちで眺めている。
陸人も天馬も、やっぱりコイツ嫌いだな…、と舌打ちをした。
「…じゃ、行くかー」
「おう、おいお前、適度に離れて案内しろよ」
「……アイアイサー」
それでは元気に、いざ。『シナリオ誘拐編』へ。




