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もう一人②



 「――こんにちは!!」


 尚親から”もう一人”の存在を聞いたその翌日、放課後に図書棟の一室で適当にくつろいでいた陸人と天馬の二人を、突然開かれた扉とともに元気のいい挨拶が奇襲した。


 その”もう一人”が必ずしも尚親を伴って来るとは限らないと考えていたとしても、予想外すぎる声量に二人とも少々面食らう。しかしそんな二人の様子などお構いなしといったふうにその人物は話し続けた。


 「いやぁ〜、噂のお二人とこうして実際に話せるだなんて!僕ってば幸運すぎっスよね〜!!」


 扉を閉めてにぱにぱと笑いながらそう言い放つ男は、グレーのショートレイヤーで童顔細身の美少年だった。いや、お姉様方に好かれそうな外見から美少年といった印象を受けたが、よく見ると身長は普通にヘレンやクリスティーナよりも高い。


 「……あー、っと。アンタが尚親の言ってた奴…で合ってるか?」


 やっと絞り出した質問を陸人が少年に投げかける。一応フレデリックとは呼ばずにおいた。


 「そうっス!申し遅れました、僕は篠原瑞希って言います!どうぞお気軽に瑞希と読んでください!」


 満面の笑み。陸人も天馬も愛想笑いなどはしない質なので、口角が攣らないのかと心配になる。この男の年齢など知らないが、若いなぁ、と二人は揃って思った。


 「よろしく瑞希。俺は陸人で、こっちは天馬」


 陸人は親指でピッと横にいる天馬を指す。天馬はこういった陽気の眩しいタイプの人間とは相性が悪いのだ。この少年とのコミュニケーションは大半を陸人に任せる方向性になっているなと陸人も長年の付き合いで感じ取った。


 「はい、陸人さんに天馬さんっすよね!大体はチカちゃんから聞いてるっスよ!」

 「………ちかちゃん?」


 聞き覚えがない名前だと首を傾げて聞き返した。


 「ああ!尚親、フレデリックのことっす!」

 「へ〜、渾名で呼ぶなんて随分仲が良いんだな?」

 「幼馴染みなので!」


 間髪入れず満面の笑みでそう答えた瑞希に陸人も天馬も瞠目した。

 キャラ的に対極というか、とても相性が良いようには見えないのだが。まあそれほどこの男の人柄が良いのか、仲良くはない腐れ縁ということも十分ありえるが。


 「ふーん、あと喋り方もそんな堅苦しくしなくていいぞ?」

 「…いえ!これが楽なのでっ!」

 「そ?」


 そこまで聞いたところで再び扉が開く音がした。

 何やら焦った様子の尚親が急いで駆け込んでくる。


 「瑞希、先に行くならそう言っておけ!」


 どうやら尚親は元から一緒に向かって来るつもりだったらしい。


 「ごめんって、チカちゃーん」


 顔の前で手を合わせて忘れてただけだって〜とわざとらしく謝る瑞希を見て、尚親はハッと何かに気づいたように青ざめて陸人と天馬のほうを窺い見る。


 「よう、()()()()()

 「昨日ぶりだな、()()()()()


 視線を向けた先では、美少女二人が引くほど素晴らしい笑顔でこちらに向かって手を振っている。しかし尚親からすればただの性根の曲がったニタニタ笑いにしか見えない。


 「あ゙あ゙ぁー……」


 尚親が頭を抱えて羞恥に涙ぐむ様を見て、何故二人が更にケタケタと嗤うのか分からないでいる瑞希は一人小首を傾げている。


 「僕なんかやっちゃった感じっすか?」

 「んーや、むしろナイスだぜ」


 ピッと親指を立てて笑ってやると、瑞希もやったーと分からないながらも嬉しがった。


 「…ま、チカちゃんがチカちゃんであることは一旦置いておいて、さっそく情報交換やらしましょーや」


 自分がその件で揶揄っていたことは棚に上げて、パンっと手を叩いて立ったままだった二人にソファを勧める。

 瑞希が我先にとダイブするように質の良いソファへと座り、その感触を喜んで味わっている様子を見て、尚親も納得がいかない様子ではあったが素直に座った。


 「…あ!じゃあ改めて自己紹介からいいっすか?」


 陸人と天馬が頷く。


 「僕のこっちでの名前はアビエルっす。身分的には男爵家の三男で、今はグレイノフ家の、グレイノフ・ルノア・フレデリック、つまりチカちゃんに仕える従者みたいな、側近みたいな感じっすね。ここに来る前も、チカちゃんとは幼馴染みだったんで割りと小さい頃から一緒にいることが多かったんスけど、こっちの世界でも一緒とかどんだけって感じっすよね(笑)」


 陸人と天馬は、笑って良いことなのか?と反応に困り、尚親は呆れた視線を向けつつ口を開いた。


 「俺は昨日大体言ったが、フレデリックだ。攻略対象?らしいな。この世界がオトメゲーム?の世界だってのはコイツから聞いて知ったから、この世界についての知識はほぼないに等しい。」


 昨日話したことの復習なので、二人はそこ主従なのか、と軽く驚いたあと、頷いて次に話を進める。


 「あ、そうだ。瑞希はこのゲームやったんだよな?どこらへんまで進めたんだ?」


 陸人がこの質問は必須だろうと尋ねる。ゲームをプレイしたこと即ちこの世界についての知識である。その知識によって状況は180度変化するだろう。


 「そうっすね〜。僕、中学の時に2年間くらいゲーム研究部だったんすよ。そこの先輩に一際乙女ゲーム厨だった人がいて、内容はショボいけど作画はいいからやれって言われて。…なんかめっちゃ有名な絵師さんだったらしく」

 「…ショボい」


 天馬がそのワードを復唱して、ゲームの中でそのゲームのことを貶すのは、些か危険行為ではないかと宙を見るが、数秒待てど、あのシステムっぽい”声”などが聞こえてくる気配もなかったので安心した。


 「あー、別に面白くないわけじゃないっすよ?でも内容は普通というかありきたりというか、グロもエロもない定番ファンタジーって感じだったんで、そこまで熱を入れてやってなかったんすよね。…なんでストーリーとかはほぼ覚えてない感じで、すいません。あ、でもパズルとか謎解きとかのミニゲームは得意めなんで、お任せあれっす!」


 笑顔でドンと胸を叩く瑞希に、陸人と天馬が思わず拍手を送る。


 「謎解きとか任せられるの有難すぎるわ」

 「…最高」


 正直に言うと、ゲームの細かい内容も、ストーリーの解決の鍵になってくるような推理や暗号解読もなんら覚えていなかった部分が不安要素だった二人からしてみれば、この瑞希が素晴らしく輝いてみえた。


 「いやぁっはっは!頼りになる男でしょう!」


 笑ってそう言う瑞希に、呆れ顔で尚親が訂正を入れる。


 「……いや、お前女だろう」

 「は?」

 「ん?」


 今、とんでもない台詞が聞こえた気がした。


 「あっチカちゃんそれ言っちゃあ!」


 慌てた顔で恨めし気に尚親を睨みつけるが、当の尚親は騙すつもりだったのか?と片眉を上げて首を傾げた。


 「瑞希って女なのか!?」


 陸人と天馬は驚きつつ尋ねるが、女だというのは元の世界での話だろうか、こっちでの姿が男装だという話なのだろうか。


 「こっちの世界に来る前は女だったんスよ。お二人の逆バージョンっすね〜。もー、だいぶ時間が経ってからバラしてビックリさせるつもりだったのに。相変わらず空気の読めない男っすね」


 どうやら大きめのドッキリを企んでいたらしい。

 手加減はされているようだが、瑞希にため息を吐きながら軽く肩の肉を抓られている尚親は、不服そうな表情を浮かべながらも、目の前の相手を収めるには謝るのが早いと、慣れている様子で謝罪していた。

 流石の幼馴染みと言うべきか。仲の良いこって、と陸人と天馬はその様子を静かに観察する。


 「…お前は普通に中も外も男なんだろ?」


 陸人はそう言って尚親に視線を向けた。


 「ん?ああ、俺はこの身体に入る前も男だったぞ」


 つまりこの男だけ性転換の苦難を知らないということである。普通に肯定した尚親に、それ以外の三人はやれやれと肩をすくめて、俺たちはよく頑張ってるよな、と目で会話した。その目配せに尚親は少々疎外感を感じ取ったようで、咳払いをして早く話題を変えようと話を先に進めだした。


 「陸人と天馬の自己紹介は昨日のうちに瑞希に伝えておいた。本題に入る前に俺と瑞希の意志を聞いてほしい」


 脱線して緩んだ空気が一気に真面目なものになる。陸人と天馬は続きを促すように静かに頷いた。


 「いきなり言うが、俺と瑞希はまずあっちの世界ではもう死んだものと思っている。天馬と陸人の場合は知らないが、十中八九似たような状態だろう。決めつけるのはまだ早いかもしれないが大半はその可能性が高いと思っている」


 誰一人表情を変えない。一人瑞希がカップを傾けて紅茶を一口嚥下する音が響く。


 「この世界の実態も不明で、安全性が確保できる保証はないが、可能なら時間が許す限りこの世界に留まり続ける選択肢も視野に入れている。元の世界に戻れるならそれに限ったことはないが、帰った先で元の肉体がどんな状態に陥っているのか解っていないと危険が高すぎる。…俺たちは特段元の世界に思い入れがあるわけでもないからな」

 「…主役級のお二人と違って、こっちは脇役とモブなんでその分選択肢も多いんスよね」


 先程までと打って変わって、瑞希は真面目な表情を浮かべて補足した。


 「お前たちがどんな選択をしようと可能な限り俺たちは支援するし、情報の提供も惜しまない。ただ帰るだけが全てじゃないと踏まえた上で、お前たちの意志を教えてほしい」


 陸人と天馬は尚親たちの”帰らないという方向性”に少し面食らったあと、考え込むように下を向いて、少ししたら天馬が口を開いた。


 「…俺は帰ることを目指したいという気持ちに変わりはない。ただ、そうだな…、ゲームをクリア、もしくはラスボスの討伐をしたら強制的にこの世界が終わるものとばかり思ってたからその選択肢は盲点だった。」

 「俺も天馬と一緒に帰る方法探すわ。あっちで待ってる人たちも少なくはねぇからな。帰れなかったら、それはそん時に考える」


 陸人は横に座っている天馬の肩に腕を回す。学園の良質な制服越しに、明らかにこの世界に来る前までとは異質な、細い肩とサラッとした長い髪が感ぜられるが、慣れ親しんだこの存在はたしかに天馬のものだ。

 これでも長い付き合い。”待ってる人”と言われて陸人と天馬がそれぞれどんな人達を思い浮かべるのかが互いに分かる。叶うことならコイツだけでも帰してやりたいとさえ思うが、それを口に出すほど野暮ではないのだ。陸人はその存在を確かめるように数度その濡羽色の髪をくるくると弄んだあと、そっと手を離した。


 「…そうか、了解した。さっきも言ったが、俺たちだって全力で協力するぞ」

 「そうっすよ!ドンと頼ってくださいっ!」


 尚親と瑞希が揃って柔らかく微笑む。

 こうしてみると似た者どうしにも見える。瑞希を見て最初に疑った相性の善し悪しは、全くの杞憂だったらしい。


 「ありがとよ」


 少しの間話しただけでもこの二人の人の良さは十分理解できた。普段滅多に心からは人に懐かない陸人もニカッと笑って礼を言う。

 横にいる天馬も、気づけば普段はくっきりと刻まれている眉間の皺が、少し薄くなっているような気がした。気のせいかな、と陸人が人差し指でその眉間を突付くと、普通に意味がわからんという顔で睨まれた。


 それから四人はこの世界に来てからの出来事を一人ずつ順に話し始めた。

 

 会話内容まで全部となると長くなるので割愛するが、尚親と瑞希の話を聞く限り、この世界に来てから経験した出来事はほぼほぼ陸人と天馬と似たようなものらしい。その身体の主の記憶がインストールされ、あの意味不明なチュートリアルとやらから始まり、混乱はあったものの早々に落ち着き、自分の好きに過ごそうという方針を早めにもう決めていたのだとか。しかし最後に陸人が気になって尋ねた、あの誘拐騒ぎの後に通知として来ていた”憑依者専用ショップ”の存在については知らないようだった。


 「…んー、こっちも大体似たような感じだな。…あーでも、多分俺がヒロインだからなんだが、この前ちょっとしたトラブルがあってよ」

 「トラブル…っすか?」


 陸人は天馬と顔を見合わせて、ポリポリと頭を掻く。


 「誘拐…というか、拉致か?そういうイベントらしいんだが、不覚にも捕まっちまってな。まあもちろん自力で抜け出して応戦してた所を、天馬と合流して危なげなく解決はしたんだけどな。…どうにも大分シナリオの進行具合が早まってるっぽいわ。そこら辺でアンタらにもストーリーのズレ含めて皺寄せが行く可能性もあるから先に謝っとく」


 恥ずかしい黒歴史でも公開するように恥じ入りながら説明する陸人に、尚親と瑞希が瞠目する。


 「拉致って陸人さんが!?自力で応戦って凄すぎません!?いや、天馬さんもヤバいっすね!!」

 「主人公だと、その分危険度も高いんだな…」


 しかし陸人は苦い表情を浮かべたままだ。異世界で初めての本職(双剣使い)の人間との戦闘だったとはいえ、自分が最も自身を持っていた技能(ケンカ)で、初めて圧倒的な勝利を収めることができずに幕を閉じてしまったのだ。実際の所、悔しいなんてものじゃない。次に会ったら絶対に再戦しようと心に決めている。

 そもそもがただの喧嘩好き高校生である陸人が、恐らく殺しを生業にしているであろう人間と拮抗する戦いを見せることができただけでも可怪しいことではあるのだが、この世界に来てからの身体能力の向上と、陸人本来の戦闘の才能と勘が合わさって、地球上の常識では測れないパフォーマンスが可能となっているのだ。


 そんな陸人の心情を正確に把握し、見かねた天馬が口を開く。


 「…今日はもう寮の閉門時間も近いから解散にするか?できれば今後も定期的にこうやって集まれると有り難いんだが」


 気づけば窓の外はもう暗く、図書棟の個室も鍵を閉めなければならない時間が近づいていた。ちなみに寮の閉門時間に間に合わなかったら減点だ。


 「そうだな。週に一度は、休日前の放課後に同じ部屋を抑えておくようにしよう。忙しければ来なくてもいいし、ただ寛ぐだけでも、会話したいだけでもいい。緊急の用事だったらその都度場を設けるようにしよう」


 尚親の提案に、その場の全員が頷く。


 流石、真面目な印象の通り、この男は有能だ。意図を汲んで的確に素早く話をまとめ、自ら実行も請け負ってくれるので、便利な男だなと陸人と天馬は満足げにしている。



 じゃあ帰るかー、とそれぞれが腰を浮かし、茶器を片付けるなり、カーテンを閉めるなりして退出の準備をしている時、ふと、そわそわしていた瑞希が、陸人と天馬に質問を投げかけた。


 「…あのぅ、お二人に質問よろしいでしょうか?野暮は承知なんですが、好奇心に負けてしまい…」


 何やらモジモジ、ワクワクと鼻息荒く、期待を込めたような表情で視線を彷徨わせている不審な瑞希に、二人はそろって首を傾げる。


 「ん?」

 「何だ?改まって」


 瑞希の視線がそろっと二人の手元に向かった。


 「私の視力がバグってなければ、その指輪、おそろいに見えるんスけど、…もしやお二人はそういったご関係で?」


 陸人と天馬は顔を見合わせた。確かに二人の指には昨日までは無かったはずの銀細工のリングが輝いている。

 しかし次の瞬間ブフッと吹き出して、腹を抱えて笑いだした陸人と、困ったような仏頂面で指輪を触る天馬の反応を見て、瑞希は目を瞬かせてから、思っていた反応と違うと明らかに落胆した。


 「あー、これ?…っ、ペアリングかと、っふ、思った?」

 「違うんスかー?」


 笑いすぎて出た涙を拭いながら、なおも笑い続ける陸人が説明する。


 「これな、ただの貰い物。今朝、ちょっとヤンチャで羽振りの良い先輩と、…あー、()()()な。惚、いや、尊敬?されたっぽくて、(みつ)…プレゼント、されたんだよ。これでも魔道具らしいぞ」


 所々濁して言葉を選んだ節があることに、横で耳を傾けていた尚親は気付いたが、敢えて突っ込まないでおいた。


 「魔道具っすか!ファンタジーの定番っすね〜」

 「欲しんだったら、お前らの分も貰っておこうか?」


 その今朝の先輩は、ボコボコに腫れ上がった顔面で、こちらをキラキラと崇拝するように見上げていたのを思い出す。頼んだらいくらでも貢ぎそうな勢いだったからと、陸人の気を利かせた提案に、瑞希は一瞬迷う素振りを見せて、しかし微妙な雰囲気の笑顔で首を横に振った。


 「…いえー、流石にこの面子(メンツ)でペアリングは色々とアレなんで、いいっすわー」



 …確かにそうだな、とその場の四人は揃って微妙な表情を浮かべて頷いた。




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