誰でもいいから殴りたい。そして不良はみなサンドバッグ。
2日間の休みが明け、陸人と天馬は普通に寮から学園に登校していた。
ちなみに陸人の怪我はすでに完治している。
もう不思議現象の連続に諦めて、考えたら負けだと思っている二人は、何やら先日の”光魔法の制限解除”とやらがきな臭いと思っているが、深く考えては駄目なのだ。ファンタジーだから。
しかしまぁ、陸人が陸人だったころも、普通の常人よりも怪我の治りが異常に早い方ではあったので、いつも通りと言えばいつも通りではある。
「ん?」
ピンクブロンドの髪をふわふわとなびかせて歩いていた陸人が、チラッと校舎裏の隅を見て立ち止まった。
「どうかした?」
「いえ、何か叫び声のような、脅し文句のようなものが聞こえたような気がしたものですから」
陸人は取り繕ってしとやかに微笑んではいるが、内心ワクワクして今にも飛んでいきたい気持ちを抑えているのだろう。天馬は知っている。
先日の自分との約束、無茶な暴れ方はしないというのを守ってか、足はうずうずしながらもきちんと我慢しているのが見て取れた。
「あら、朝から物騒ね」
天馬は辺りを二度三度見回し、自分たちの他に人がいないことを確認する。
「見に行くわよ」
「はい!」
先日の約束の内容は、”天馬のいない場所で無茶な暴れ方はしない”というもの。つまり天馬と一緒なら喧嘩はアリだ。
加えて言うなら、天馬も陸人に負けず、喧嘩は大好物である。
「「ふふ♪」」
二人はそろって目を細めて嗜虐的な笑みを浮かべた。
見た目だけで言えばここが花畑でもおかしくないような世界観のごとき可愛さな笑みだが、中身はてんで小動物を狩る密猟者である。
二人はスキップでもする勢いで声が聞こえる校舎裏へと歩いていく。
会話が聞き取れるほどに近づいてきた二人は、一度、どんなもんかと様子を伺った。
「俺メロンパン買ってこいって言ったよなァ!」
「えぇ!?言われた通りメロンパン買ってきたじゃないか!僕は朝早くから並んで買ってきたのに」
日本のヤンキー漫画でお馴染みのこのセリフが乙女ゲームで聞けるとは。実に良い。
「てめぇ、頭腐ってんのか?メロンパンってのはなァ、上にツブツブがかかってるからメロンパンたりえるんだよ!このツブツブがてめぇの手の熱で完全に溶けたコレはもう!メロンパンじゃねぇ!!」
謎にメロンパンへの熱が強い不良さんらしい。
「君が急いで来いって言うから走ってきたんだ!しょうがないでしょ!」
「口答えすんな!買い直してこい!」
「そんな無茶な、絶対もう売り切れてるよ!」
不良は怒りながら腕を振り上げ、弱そうな不細工男がヒイィっと縮こまる。
二人ともボタンの色は翠。どうやら先輩方であるようだ。
陸人と天馬は顔を見合わせて目で合図しあい、スタスタと軽い足取りで歩きだした。
「あの〜、私達、入学したばかりで迷ってしまったんですけどぉ〜」
「先輩たちに教室までの道をお伺いしたくてぇ〜」
二人は煽るように、棒読みで下手な可愛こぶった演技をする。
「あっれれ〜?お取り込み中でしたかぁ?」
陸人が顎に人差し指をあて、首をこてんと傾げた。
「もしかしてぇ、恐喝ってやつですか〜?きゃー、こわい!」
天馬もノリノリだ。
ニコニコ笑顔から一転、目をうるっとさせて、くねくねキャピキャピとオネエポーズである。
公爵令嬢モードの時とは全く別のキャラだが、周りに人の目がないことは確認済みなので問題はない。
「…な、何だよテメェら!ナメてんのか!?」
ヤンキーはこちらを見て頬を染めつつ、噛みながら威圧する。
「きゃー!オークみたいな顔で睨んできたぁ!!」
「犯されるぅ〜!!」
二人の挑発に、不良はビキリと額に青筋を浮かべる。
「随分と怖いもの知らずな新入生たちだなァ、オイ。痛い目見てぇのか?」
陸人と天馬は不良が怒りだしたことを確認し、テテテっと近寄っていく。
「ヘレンこわぁ〜い」
陸人が不良の腕を持ち上げる。
「…まぁ、今すぐ謝れば許s――…、は?」
陸人が不良の腕を持ち上げて、天馬の肩にちょんっと当てた。
「何やってんだ、?」
不良は戸惑って疑問の声をあげるが、その瞬間、天馬が大げさにのけぞった。
「うーわ、うーわうーわ、殴られたんだけど!いったーい!」
天馬は可愛い女の子の演技から一転、急に真顔になって目をガンびらきにする。普通に陸人から見ても怖い。
「えー!いたそう!おんなのこに手を挙げるとか最悪だね!」
「え?」
「それな!いくら怒ってるからって女の子殴るのはちがくない??」
「…え?」
「ドン引きぃ〜」
もはや、たちの悪いギャルである。
「…な、!?お前らが勝手に!」
不良先輩も予想外の事態に狼狽している。
「これって、か弱い女の子としては身を守るために抵抗するべきだよね!」
「うん!せいとーぼーえい、だよ!こわいけど私も協力する!!」
陸人と天馬は握りこぶしを作って、うん!と頷きあった。
ここだけ見ると友情ドラマのワンシーンのような光景だが、中身は最悪なギャルぶった不良たちの意地悪である。二人は性格が悪いので、最高に気持ちがいい。
「えいっ」
ドゴッ。
「よいしょっ」
バキョッ。
不良先輩の腹に、天馬は重い拳を。陸人は重い膝蹴りを入れる。
先輩は抵抗する間もなく崩れ落ちた。
「まったく!これにこりたらもう悪さするんじゃないぞっ」
陸人が先輩の鼻を人差し指で弾いた。しかし、ノリでやったものの「ぅぇ、ばっちぃ」と言って地面の砂で拭いた。理不尽なそれに涙目になる不良がさすがに不憫に見えなくもない。
「あ」
「あ」
陸人と天馬は、今までのそれを固まって見ていたもう一人の先輩の存在に気づいた。
「…あ、あの…」
メロンパンを買わされていた方の先輩は、突然入ってきて理不尽に不良を叩きのめした美少女二人の視線が自分に向いたことに狼狽える。
すかさず天馬がにこっと微笑んで、黙ったままジェスチャーを使った。
ジェスチャーの意味は『このことは誰にも言うな』『言ったら殺す』『見張っているからな』主にこの3つだ。
目潰しの要領で2本の指を数度往復させ、美麗な顔で一見慈愛の笑みにも見えるような笑顔を作った。
先輩はヒッと震えて、大きく何度も頷いた。
天馬はニコっともう一度微笑んで、不良の方の先輩に向き直る。
「貴方も、私達のことを誰かに言ったら八割殺しにます。もしこれを誰かが見ていて後日私達の噂が広まっていたとしても貴方の責任になると思うこと。目撃者は貴方がなんとかしなさい。貴方が学園の外に逃げたとしても、私達の全てをもって、貴方の人生と貴方の家族の人生を台無しにしに行きます」
不良先輩と被害者の先輩は、罰重すぎじゃない?と揃って口を開けているが、有無を言わさない雰囲気から口答えもできずに頷いた。
陸人も続いて不良先輩に向かって微笑む。
「先輩。私達は先輩の再戦はいつでも受け付けます。周りに人がいない時ならいつでもかかってきてください。悪いことを普段からやっているお友達を引き連れてくるのも歓迎します。いや、引き連れてきてください。明日にでも。ただし無関係の普段から品行方正な方々を巻き込んだら、ぶっ飛ばします」
先輩は、迫力のある命令とも言えるそれに、激しくコクコクと何度も頷いた。言う通りにしなければ本当に殺されはしなくとも、今より酷い目には必ずあうと理解したのだ。
可哀想なことに不良先輩には、明日必ず負けると分かっていても、不良仲間を引き連れてこの怖い新入生たちを襲撃しなければならないという宿題が課された。
憐れ。メロンパンを購入させられていた先輩でさえ同情の目を送る。
「では、先輩方、道を教えてくださってありがとうございました。私達はお先に失礼します」
「ご機嫌よう」
当初の設定だったものを思い出したように取ってつけ、二人はもう一度上品に微笑んでから、ヒラリと身を翻しその場から立ち去っていった。
残された先輩二人は、その後数分呆気にとられたまま思考停止し、目を見合わせたままなんとも言えない表情で、今日はついてないなぁ、などと呆然と思った。




