旅愁
夜、クリスティーナの部屋にて、陸人は分かる範囲で事の経緯を天馬に説明していた。
「――……ってな感じよ」
天馬は終始黙って聞いた後、コクりと小さく頷いた。
「…なるほどな、取り敢えずお前が無事で良かったわ」
天馬は、普段なら言わないそんなセリフを恥ずかしげもなく言って、陸人の頭をグリグリと撫でる。
「痛てて、無事って大げさだな」
陸人は傷に当たって痛かったので手を押しのけた。
「大げさじゃないだろ、気を失ってる間にレイプされるとか、最悪殺されてたかもしれないんだぞ」
「レイプ?俺が?」
陸人は鼻で笑う。
「はぁ?今のお前は女だろ、それも特別面の良い女だ」
天馬は呆れて返した。この馬鹿は危機感が足りなすぎるのだ。
「…つっても俺だぞ?」
「いいから、お前は今後もう少し気をつけろ」
天馬はため息をついて、有無を言わさずといった雰囲気で眼力強く言いつけた。
「…うぃ」
「それと、この世界じゃ何があるかわからねぇんだから、今までみたいに突っ走んな」
「えー、俺がじっとしてる質だと思う?」
「突っ走んな」
「…うぃ」
「暴れたいときは俺がいる時にしろよ」
「うぃっすー」
「破った時のペナルティーも考えとくからな」
「僕は!天馬がいない場所で!無茶な暴れ方はしないと!誓います!」
「……はぁ」
陸人も長年の経験から、天馬にこういう場面で言い返しても碌なことにならないと知っていたので、素直に元気よく誓いをたてて、項垂れるようにソファにもたれかかった。
天馬もこういうやり取りは慣れっこなので、深くため息を吐いて終わらせる。
「あ、そいえばさ、今日ちょっとできたんだぜ。身体強化」
「…早くね?」
陸人がそういや言ってなかったな、と思い出して喜々として報告すると、天馬は眉を片方上げて少し驚いた風に返した。
「一回だけだけどな、手を強化してみたら縛ってた縄が引き千切れたんだよ」
「すげぇじゃん」
素直に感心する天馬に、陸人は得意げな顔をして胸を張る。天馬はふいっと目をそらした。
「流石ヒロイン、このまま行けば上達するのは早そうだな」
「ヒロインってか、俺の努力もあると思うんだけど!」
「はいはい偉い偉い」
陸人は頬を膨らませてむくれる。
「―――……あぁぁ!!!」
何かに気づいたように、陸人が急に叫んだ。
「どしたんだよ、急に」
「見ろよこれ!あ、そっちには見えないのか」
そう言って陸人は、自らの眼前を指さした。
「なんかこのゲームウィンドウ?っぽいやつに新規マークみたいなの付いてて」
陸人は必死に身振り手振りで説明する。
ゲームウィンドウっぽいやつとは、攻略対象が出てきた時に現れた選択肢などが空中に表示されるやつだ。
「ああ」
天馬もゲームウィンドウで通じたようで、頷いて続きを促した。
「なんか新しいメッセージが来てたんだよ!」
「…なんて?ヤバいことでも書かれてんの?」
「いや、そういう感じじゃないけど、…読むぞ?」
陸人は宙に浮いている新しいメッセージを、難しい顔をしながら読み上げる。
「『おめでとうございます!貴方様はシナリオ誘拐編へ突入し、初ミッション「危機からの脱出」をクリアしました。報酬として、スキル光魔法の制限、第一段階が解除されます。加えて、異例の速さで初ミッションをクリアした特別報酬として、憑依者専用ショップの閲覧・購入権限と、ショップ内コイン700相当が追加されました。なお、今回のミッションに攻略対象の関与は見られなかったため、好感度数値に変動はありません。』だって…」
一気に読み終えた陸人は困惑の表情をする。天馬も同じく、目頭を揉みほぐしながら理解を追いつかせようと頭を回していた。
「……つまり、なんだ、これは乙女ゲームのイベントだったのか」
「…ぽいな。しかも誘拐編へ突入し、ってことはなんかまだ終わってねぇんじゃねーの?」
陸人と天馬は嫌なことに気づいた、と苦い顔をする。
「面倒くさ」
「それな」
「俺あんまシナリオの攻略法とか詳しく覚えてないぞ…ぜったい推理とかいるやつじゃねぇか…」
「ゲームの時はこういうのネットで答え調べて飛ばしてたもんなぁ」
二人で揃って大きなため息をついた。
「てか、この、なんだよ?憑依者専用ショップ…初耳なんだけど」
陸人が空中で指をスイッスイッと動かして、押してみたら説明書きが出てきたりしねぇかな、と試してみるが、期待虚しく何も反応が返ってこないウィンドウに、諦めて頭をソファにグリグリと押し付けながら疑問を口に出した。
「憑依者って、俺らのことだろ?」
「だろうなー」
「ショップがあるってことは俺たちの他にも”憑依者”がいたりして」
「あー、たしかに」
陸人は上に顔を向けて頷いた。
「……まぁショップが何であれ、今すぐどうこうってのは無理そうだし、いつかは役立つ時が来るんでしょうよ」
「そうだな。取り敢えず今は、放置で」
二人でうん、と何とも言えない顔で頷きあう。
それから数分、沈黙が落ちる。
別に気まずい系の沈黙じゃない。少し虚しい心ゆえの、なんとなくの沈黙だ。
「―…あ、あとさ」
陸人が沈黙を切るように口を開いた。
「ん?」
「今日改めて思ったんだけど」
陸人は起き上がって天馬の顔を見、今まで頭の中をグルグルと回っていた思考を口に出した。
「この世界の住人ってNPCって感じはしねぇんだよな」
「あー、それな」
(※ NPC: Non Player Character の略称。ゲーム上でプレイヤーが操作しないキャラクターのこと。)
陸人も天馬も、今日自分の目で見て、実際に会話した街の人達を思い出した。
「街の人も、屋台のおっちゃんも、誘拐犯たちも、普通に会話は通じたし、なんか自分の意思で動いてて本当に人間みたいだったんだよな」
「それを言えば学園の奴らも攻略対象もだよな、コマンドとかプログラミングで動いてるっていうより、その人その人の人生を感じる」
陸人は、わかるぅ〜!と激しく頷く。
しかし、元をたどれば、陸人と天馬がヘレンとクリスティーナの人生の記憶を追体験した時から可怪しかったのだ。
あの記憶は作られたものにしては量が膨大すぎた。1日24時間もある時間を、人が生きた年数分、記憶として物語のように作るのは正気の沙汰ではないと思うのだ。
まるでここは本当に存在する異世界のようではないか。
それは、今までの自分たちの世界の方が夢か何かだったのではないか…と錯覚するほどであった。
陸人も天馬もそこまで考えて、馬鹿な思考だと振り払い、それでもなお短い沈黙が落ちる。
「………なぁ」
「ん?」
天馬が呟くように口を開いた。
「早く帰ろうな」
元の世界に…、と続ける。
「………おう」
ゲームの中のキャラクターに憑依する。そんな小説やアニメではありふれた話を、実際に体験するという奇妙な現象。
二人は、焦っていながらも、心のどこかで恐らくはもう戻れないことを理解している。
しかし、それでも一縷の望みを持って、諦めず祈るしかないのだ。
大抵の物語はハッピーエンドで終わるのだから。
乙女ゲームなら、無理矢理にでも幸せな結末に持っていくべきだろう。
「取り敢えず今日は寝ようぜ、お互い疲れたっしょ」
「……そうだな」
クリスティーナの部屋の灯は消え、綺麗なゲームの世界は、静かに深い闇に包まれた。
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