いざ、外の世界へ
翌日、この乙女ゲームの世界は休日を迎えていた。
いわゆる土日である。
ちなみにこの世界でも週は7日間らしく、曜日も日月火水木金土と日本のそれとまったく同じで、どうせならファンタジーを求めたい二人としてはどうしても若干肩透かしを食らった感が否めないでもないが、この学園は選択教科で個人に差はあれど、基本的に週休3日制なので気持ち的にはプラスである。
「陸、外行こうぜ」
「ほほ?」
天馬の部屋で、陸人は歯ブラシを加えたまま首を傾げる。
「学園の、外」
「ほーやっへ?」
基本的にこの学園は大きな休み以外は外出禁止である。しかしカフェや図書館、ジム、大型店など大抵のものは敷地内に揃っているので、それを苦に思う学生はわりと少ないのだ。
だが、外に出ようと奮闘する生徒も毎年必ず一定数存在する。
正門は六メートルの鉄製扉と6人の現役魔法師二級以上(二級は大体1個体で1都市を単独破壊可能レベルとされている)が常時監視警護しているので、言わずもがな厳重すぎて、裏門を使おうとしたり、かく乱班を用意したり、透明化の魔法を開発したりと、日々努力を重ねてきたようだが、過去に一度も成功した例は無いのだ。
そして見つかった者は1200点以上の減点、つまりそうとうな成果をあげない限り留年は確定なほどの減点という処罰が下される。
とまぁこんな感じで外出の挑戦は学園内において一種の伝統イベントと化しているのだ。
「ほら、ゲームの中で外への隠し通路を見つけた攻略対象とヒロインが下町デートするイベントあったろ?それ使うんだよ」
「んぁ〜あっはひあふう」
陸人は首を傾げながら頷いた。
「ほう?」
「おう、思い立ったが吉日」
「ん!」
陸人は素早く親指をグッとたてる。
なんだか楽しい気配がしたのだ。
◇ ◇ ◇
「…たしか場所はここ、東側のアリャ像がある庭園」
「よく覚えてんな」
「この前学園内の地図見てたら思い出したんだよ」
図書室と会議棟の間の人気のない狭い通路を少し歩いた先にある小さな庭園。大地の乙女アリャの白い像が目印だ。
「この像の左袖だったか?………お、あった」
天馬がアリャ像が羽織っている衣の左袖の中をゴソゴソと探って取り出した物は、古びた銀色の鍵だった。
「鍵?」
「隠し通路のな」
「あ〜」
ゲーム内でこの場所は1つのイベントの攻略対象の昼寝スポットなのだ。授業をサボり度々ここを訪れていたそいつは偶然隠し通路の存在を知りよく出入りしていたのだが、その様子をヒロインに目撃され、口封じついでに共犯にと称して下町デートに連れ出し、グッと距離がちぢまる、的な感じのエピソードなのだが、それもまた先の話。今なら天馬と陸人が先客なのだ。
「次は像の右手が指す方向に5メートル」
天馬が声に出しながら植木をかき分けて歩いていくと、ちょうどそこに無数の小さな兎の像があった。
「一匹、口を隠してるやつの目線の先…」
思い出すように呟きながらずんずん歩いていく天馬の後ろを、陸人も黙ってちょこちょこと付いていく。
「…お、ガチであった」
「おぉ!」
そうして辿り着いた場所にあったのはこれまた古びた質素な扉だった。
「じゃ、開けてみるか」
「なんかいいな、こーゆー探検みたいなやつ」
「まぁこの世界にいること自体冒険じゃん」
「たしかに」
ギギギ、と錆びた音を鳴らしながら扉を開けると、真っ暗なトンネルのような通路が広がっていた。
「一気にホラー」
「うげぇ」
ピチョン、ピチョン、と雨水が滴る音が聞こえ、向こう側から流れてくる冷たい風が頬を撫でる。こうも真っ暗では何も見えないが、今にも床を這う女とかが出てきそうだ。
「電灯とかないのか?」
「さすがにあるだろ」
二人ともホラー映画が苦手なわけではないが、何せここはファンタジーなのだ。本物だって出てくる可能性がある、と躊躇せざるを得ない。
二人は一歩だけ中に入って、壁際を手で探り電灯のスイッチらしきものを探す。
「あ、これじゃね?」
陸人が見つけたのは錆びた金製のトグルスイッチだった。
「押してい?」
「…おう」
一応、電灯では無く、なんかヤバいスイッチとかだったりする可能性もあるな、と陸人は天馬に許可を求めた。
「いきまーす」
カチ、
…。普通に電灯がついた。真っ暗だった通路を程良い温かみのある光が包む。
「「おぉおーー」」
先程の緊張は杞憂であったらしい。
「行くか」
「だな」
天馬と陸人は気を取り直して歩き出す。
「……」
「……」
ヘレンやクリスティーナの記憶の中で、もちろん街は見たことがある。しかし記憶として存在するのと、実際に体験したことがあるのでは大きな差があるのだ。
今回は陸人として、天馬としての、”はじめて”なのだ。
それをこうした新鮮な緊張感の中で改めて実感する。
「あ、」
「お、」
2分ほど歩くと、再び同じような質素な扉が一つ見えた。
「これかな?」
「これだろうな」
二人は顔を見合わせて頷き合い、陸人がドアノブに手をかけた。
「…いざ、外の世界へ」
ガチャ、と短い音がして、思ったより軽い扉はブワりと外界の光を吐き出した。
「「…眩しっ」」
二人の目が光に慣れて見えた先には、本の、それこそゲームの中のような”ファンタジーな世界観”が広がっていた。
周囲の建物から察するに、ここはどこかの路地なのだろう。
路地を抜けた先にある大通りには、沢山のハロウィンで見るような服を着た人達が行き交っている。
建物や石畳はどれも西洋風で、美しい噴水や水路が輝いていることからも、この地が豊かであることがわかる。
近くで祭りでもやっているのか、楽しげな笛や太鼓の音楽も聞こえた。
「「……おおおぉぉぉ!!」」
二人は揃って感動の声をあげる。
この世界は、美しかった。




