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顔面の凶器さよ








 「――なぁ、お前さ…さっそくまた何かやらかしただろ?」


 コーネリアがヘレンに元婚約者から救われた翌日、学園生活が始まって二日目の朝、陸人は天馬に疑わしげな目で見られていた。


 「あー、なんのことだか…」


 思い当たる節はいくつかあるが、有力なのは昨日たまたま見かけた暴漢クズをボッコボコにしたことだろうか。


 しかし天馬にそれを話した覚えはないので、何故知っているのだろうと不思議に思う。


 「お前、俺に隠し事とかできねーくせに…、無駄なことすんな」


 どうやら天馬はほぼ確信を持っているらしい。


 「…どっから聞いたんだ?」


 あのクズがヘレンの凶暴さを広めて回ったのだろうか。しかし見た感じですぐに分かるあのプライド高そうなタイプはそんなことはしないだろう。だとするとあの被害者の女生徒が広めて回ったのか。


 「昨日の夕方教員室の前で会話が聞こえてきたんだよ、初日から暴力沙汰は学園も困るってな」

 「…あちゃー」


 しかし暴力は悪いと言えど、完全に非はあちらにあるので、陸人は大して悲観しない。


 「凶暴な可愛い新入生ってお前しかいねぇと思ったわ」

 「他にも似たようなのはいそうだけどな?」


 少し喧嘩っ早くて、強くて、美少女で、新入生で、人に重傷を負わせることに戸惑わない生徒。探せば何人かいるだろう。…うん、いるはずだ。


 「過小評価はよくねぇぞ」

 「うっせ」


 天馬が小さくwwwと、からかってくる。


 「あ、天馬もわりと殴って解決するタイプだよな?人のこと言えねぇじゃん」

 「…お前ほどじゃない」


 天馬が心から不服そうに眉根を寄せる。





 「「クリスティーナ様!ヘレン様!おはようございます!!」」


 同じクラスの女子二人が、歩いていたこちらに近づいてきた。


 「あら、おはようございます」

 「おはようございます!良いお天気ですね!」


 天馬も陸人も瞬時に切り替え、口調を正す。


 「はい!お二人は授業の選択、もう決めてらっしゃいますか?」

 「私達は今日から始まる授業が楽しみで選べなかったんですの!皆さんの選択を参考にさせていただこうと思って、よろしければお教えくださいませんか?」


 昨日の自己紹介で気軽に話しかけてきて欲しいとは言っていたものの、目立つ容姿をしているからか近寄りがたさを感じさせる自分たちに話しかけてきてくれたのは正直予想以上に嬉しかった。


 初等部や中等部が存在せず、家庭教師だけに教わるのが普通だった彼女たちにとっては初めて通う”学校”が楽しくて仕方がないのだろう。


 「申し訳ないのだけど、私達もまだ決めてはいないのよ。あなた達はどこで迷っているの?」


 クリスティーナが申し訳無さそうに微笑む。


 (こう見るとマジで天馬じゃねーな…)


 女神のような微笑みを浮かべている天馬は、陸人の完璧ドストライクだ。


 (中身が天馬じゃなかったらなぁ…)


 「私達は古代語研究と、芸術魔法と、馬術で迷っていますわ。馬術以外の私達が興味を持った教科はどこも課題が多いと噂の所ばかりなので付いて行けるのか心配で…」

 「女子生徒は器楽や刺繍、詩歌を選ぶ人たちが多いので参考にできる方たちも少なくて…」


 (あ、や…でも、中身が天馬な分触っても合法だよな…)


 陸人がそんな風に最低なことを考えている間にも、会話は穏やかに進んでいく。


 「たしか必修は、算学、魔法理論、宗教文化、歴史言語、魔生物…よね?古代語も芸術の魔法も必修での分野の発展になっていて楽しそうね。馬術は私達も検討していたから、もしかしたら同じになるかもしれないわね」

 「そうなんですか!」

 「クリスティーナ様も馬に興味を持ったりするのですね!少し以外でしたわ」


 (あれ、今何の話してんだっけ?…あ、授業選択か)


 「ええ、馬に乗ってのんびり走るのが好きなんですの。お兄様たちには似合わないって笑われてしまうのですけどね」


 クリスティーナがいかにも、周りに反対されながらも自由を求めている少女、のような笑みを浮かべている。


 元々天馬はバイクに乗るのが好きだったので、馬に乗るのも同様に好きだという設定にしたのだろうか。


 (でも俺、本物の馬見たことねぇんだよなぁ…。クリスティーナの実家ってやっぱ、いっぱい馬とか持ってんだろーなー…)


 ヘレンの記憶では平民でいる時期の方が多く、屋敷でも馬を見る機会はなかった。伯爵邸から学園に来るまでの道も、馬車ではなくワープゲートだったので馬どころか小動物以外見た記憶がない。


 その点クリスティーナは生粋の貴族であるため、家で乗馬などを習ってでもいたのだろう。


 「…クリスティーナさんはご自身の馬を持ってるんですか?」


 ほんのりと、乗せて貰えたりするかななどと期待を込めてクリスティーナに尋ねてみる。


 「ええ、私は昔から馬が大好きだったもので恥ずかしながら幼い頃からよく父にねだっていたんです。別荘には私専用の馬小屋や管理人もいますのよ」

 「わぁ!羨ましいです。実は私あまり屋敷から出なかったもので本物の馬を見たことがないんです」


 きゅるんと上目遣いで天馬に向かってアピールする。


 「あら、でしたらヘレンも馬術の授業を選択すると楽しいかもしれませんわね!」


 伝わらなかったのか、伝わった上でスルーされたのか知らないが目論見通りとはいかなかった。


 しかしなるほど、と黙考する。


 (おお…こんな感じで話を合わせてけば自然と一緒にいれる時間も長くなるのか…、さすが天馬)


 やはりいきなり出会ったばかりの二人が「私たち、親友だもんね☆」みたいなノリで終始一緒に行動していたら怪しいのだろう。貴族社会はなんか派閥とか家系とかいろいろあるらしく、些細なことでも気を配らねばならない魔物の巣窟なのだ。


 「そうですね!皆さんと一緒に授業を受けることができればさらに楽しいはずですし、私も馬術に興味が湧いてきました!」


 キラキラとした花がほころぶような笑みを女子生徒に向けると、二人は途端に頬を染めて口元を手で覆いうつむいた。


 「へ、ヘレン様にそのようにおっしゃっていただけるなんて光栄ですわっ、あの、申し訳ありませんが体調を崩してしまったようでっ、このあたりで失礼します!」

 「わ、私も何故か動悸が止まらなくてっ、相談を聞いてくださりありがとうございました!」


 今にも鼻血が吹き出そうなほど顔を真っ赤に染めている。


 (ありゃ、刺激が強すぎたっぽい…)


 陸人ははじめて鏡で自分(ヘレンの顔)を見た時を思い出した。


 (俺もはじめてこの顔見たときはこんな感じだったわ、ヒロインの顔って反則だもんな)


 陸人はその時、呆気に取られて鏡の前から小一時間ほど動けなかったほどである。あの美貌の満面の笑みにあてられて彼女たちがこういった反応を示すのも仕方がないし、さっきのはやりすぎだったなと少々申し訳ないとさえ思う。


 しかし悪役令嬢クリスティーナの顔も負けていない。負けていないどころか二人で世界をとれるレベルの美貌。学園でも周りからの視線ばかりがうるさい。三人に一人は腰が砕けてさえいるのだ。最初の方は気分が良かったが二時間ほどで飽き、今ではただただ面倒くさいので気にしないのが吉なのだ。


 「まあ大変!医務室まで同行しましょうか?」


 とまあ陸人が考えに浸っている間にクリスティーナの顔面によって二人はさらに「「ぐはっ」」と悪化していた。


 「い、いえ大丈夫ですわ。すぐ近くですし」

 「お二人はもう授業もはじまりますし、お先に教室へ!」


 天馬もこれ以上話すのは危険だと判断したのか引き下がる。


 「そうですか…、お大事になさってくださいね」


 そしてすかさず陸人もヒロインらしく良い子をやっておく。


 「イカルド先生へは私から報告しておくのでご安心ください!」


 笑顔は控えめに。


 「「…あ、ありがとうございます」」


 …本当に体調悪そう。




 陸人と天馬は二人を見送ったあと顔を見合わせてなんとも言えない顔をする。すぎた美貌はあまりに毒なのだ。


 「あんまこの顔面をまわりに振りまき続けるのも危険だな」

 「そうだな、これからは慎ましめにいこう」

 「ああ」


 二人は神妙に頷きあった。



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